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『融国』-「本編」制作⑧ -蹶起〈下〉‐


ハルゼー邸では事前に入手した設計図にあった通り、緊急用地下通路の入り口を発見した。恐らくここに出入りしていたアメリカ兵は誰もこの存在を知らなかったであろう。ついに脱出路は確保された。

詰所を制圧した攻撃班が合流すると、次は近隣の住宅にいるアメリカ軍高級将校らを殺害すべく準備を進めた。

今頃東京は酷い騒ぎになっているだろうが、この辺り一帯の電話線は切断してある。緊急の連絡も就寝中の将校達には届かない。不審に思った敵部隊が駆けつける前に殺戮の限りを尽くさねばならない。

離れた住宅は奪い取ったパトロール用ジープで一帯を周りながら攻撃し、近隣は徒歩移動で襲撃をかける。予定ではこの攻撃の後、敵部隊が続々と駆けつけてくるだろう。敵と交戦しつつ、地下通路を使って脱出、ハルゼー邸は爆薬で爆破して跡形もなく吹き飛ばして自爆したように偽装するという計画である。

攻撃班は3組に分かれ、1組は桐島と共に残りハルゼー邸を防衛。残り二組は工作班と共にそれぞれの目標に向かい散っていった。

狗戒はハルゼー邸の屋根の上に陣取って九九式軽機関銃を構えた。その隣には機関銃予備弾薬を携えて篠原がいる。

「アメ公ども、なかなか来ないな」

「この嵐だからな、予想より遅れて来るんじゃないか」

「畜生、来るならさっさと来やがれってんだ」


東京湾に浮かぶイギリス艦隊旗艦キングジョージ5世の船内でスナイダー中佐が頭を抱えていた。この軍艦がこの日のパーティ会場である。ハルゼー提督は泥酔してすっかり寝込んでしまった。この酔っ払い親父を担ぎ出して、なんとか邸宅まで送り届けなくてはならない。

「閣下! 起きてください!」

必死の呼びかけも虚しく偉大なる提督は一向に起きる気配がない。

「閣下もお疲れでしょう。しばらく艦内でお休みされていかれては」

イギリス海軍の士官に気を使われ、恥を忍んで士官用の寝室を少し借りることにした。

やっとの思いでベッドにハルゼーを押し込めると、スナイダーは部下達と共に一旦艦を降りた。

「お姫様になんと言うかな」

アメリアの待つ邸宅に連絡しなければ。事務室に向かうと、兵士たちが何やら電話の前で話し込んでいる。

「どうした?」

「中佐殿、どうやら嵐で電話線が何箇所か切断されてしまったようなのです。第一検問所から定時連絡があったのですが、第二検問所が不通です。そこから住宅地方面もダメです」

「ハルゼー閣下の邸宅もか」

「ダメです。この嵐ですから、どこが切れてもおかしくありません。今から復旧工事に向かっても切断箇所を見つけるのは難しいでしょう」

「嵐の中で作業するのは危険だ。二次災害になりかねん。電話線は明日、嵐が通り過ぎたら復旧させろ」

「了解」

こうなれば仕方ない。ハルゼー提督がすぐに動けるとは到底思えないし、ここからハルゼー邸までは車で十分ほどの距離だ。もう遅いしアメリア嬢はお休みかもしれないが、嵐を理由に連絡を面倒がってはお叱りをうけるだろう。

「仕方ない。提督は任せたぞ。私は念の為お姫様にご報告に向かう」

「こんな時間にですか?」

「報告してもしなくても、お姫様はご立腹になるだろうね。これが軍人の辛いところだ」

とはいえ、スナイダーもすっかり疲れていた。少しくらい休んでも構うまい。部下達とコーヒーを一杯飲みながら、時計を見た。もうとっくに日付が変わっている。おっと、ゆっくりしすぎたかな、そう思った時だった。事務室の電話機がけたたましく鳴った。部下が受話器をとると慌てた様子で叫んだ。

「スナイダー中佐、大変です! 皇居付近で大きな爆発があったと」

「なんだと! 何があったんだ」

「詳しいことはまだわかりません。テロの可能性があるとのことです!」

テロ、と聞いて悪寒を感じた。

「まさかとは思うが…」

アメリカ軍がこれほど多い地域で何か起きるとは考えにくいが、ここは日本なのだ。ボロ着を着て、地べたに座り込んでいた戦災孤児、裸足で日雇い労働に励む復員兵、こちらに気づくと足早に去っていった老婆。日本人の憎悪に満ちた視線を思い出した。

「誰かフェルチを呼んでくれ! それから一個分隊を叩き起こしてトラックに乗せろ! M3を借りるぞ! 機関銃を撃てるようにしておけ!」

そう叫ぶとスナイダーは飲みかけのコーヒーを置いて事務室から走り出た。

 M3ハーフトラックは兵員輸送用の装甲車である。主な武装としてブローニングM2重機関銃がある。

装甲車2台、後に続くジープにスナイダーは飛び乗った。

第一検問所は何事もなかったかのようにゲートを開けた。

スナイダーは検問所の兵士に叫んだ。

「第二検問所からは誰も来てないのか!」

「来ておりません!」

「誰か様子を見にいかせたか!」

「いえ、誰も行っておりません!」

「クソ野郎! なぜだ!」

「嵐がひどくて…」

「なんだって!」

「嵐がひどかったので、誰もいかせておりません!」

「のんびりしやがって! 雨が降ったらコーヒーブレイクしてもいいってか! 貴様それでも軍人か!」

どんどんひどくなる嵐の轟音にかき消されまいと、スナイダーは声をはった。

そしてすぐに第二検問所へ向かった。おかしい。ゲートが開いたままだ。検問所から誰も出てこない。

「全く我が軍の規律はどうなっているんだ!」

スナイダーが怒鳴った瞬間、前方でドン!と大きな爆発音がした。

まるでスローモションでも見ているかのように、スナイダーの前で先頭を走っていた装甲車が宙に浮いていた。

続いて大きな音を立てて装甲車が地面に叩きつけられ、スナイダーを乗せたジープも地面を大きく跳ねて停止した。

全身を強く打ち付けられたスナイダーは、足を引きずりながら外へ出た。

「地雷か」

先頭の装甲車は横転し炎上していた。何人かが外に放り出されている。運転手は火の中だ。検問所には誰もいない。詰所を除いてみると、惨たらしい死体が何体もあった。

「なんだこれは…」

襲撃だ。まずいことになった。

「ジープに負傷者を乗せて帰れ! 襲撃があったことを通報しろ! 私は装甲車でアメリア少尉を救出に向かう!」

スナイダーは部下に指示を出し。もう一台の装甲車に乗り込んだ。

「フェルチ、急ぐぞ!」

「イエッサー!」

フェルチはM2重機関銃に弾薬を装填した。

装甲車は敵の待ち伏せを警戒しながらアメリアの元へ急いだ。


パトロール用のジープがとある高級将校の邸宅前で止まった。乗っているのは工作班の3名だ。

「廣瀬、この家は家族連れだぞ。上陸して間もないのに在日外国人の妻とその連れ子がいるらしい。一人でやれるか」

岩崎が廣瀬の顔を覗き込みながら確認した。

「大丈夫だ。覚悟はとうの昔に出来ている。女子供だろうと全員ぶっ殺してやる」

「小さい女の子だそうだぞ」

「疑うか岩崎。実はな、俺はここに来る前、母親をこの手にかけてきたんだ。もうなんの未練もない。俺は鬼だ」

祖父、父、そして兄弟を戦争で失った廣瀬にとって、母親は最後の肉親であり、たった一つの未練だった。それを自らの手で断ち切ってきた。

「廣瀬! 貴様惚れ直したぞ! 貴様こそ護国の鬼よ!」

三人はジープから降りるとそれぞれの目標へ向かった。

ハルゼー邸の二階の窓から、桐島は周囲を見渡していた。

時折嵐の音に混ざって銃声や悲鳴が聞こえる。

「…」

遠藤が第二班からの報告を伝えてきた。

「報告します! 工作部隊各班は予定通り行動開始、予定通り進行中。皇居半蔵門炎上中であります! 報告終わり!」

「よし」

もうすぐだ。もうすぐこの世界は地獄の業火に包まれる。神風は吹く。奇跡の瞬間をこの目で見たいものだ。

國枝、青山は音もなく将校を惨殺してまわった。後には首や腕が散乱した。

滝、津田は容赦無く手榴弾を屋内に投げ込み、逃げ出てきたものは短機関銃で蜂の巣にした。

岩崎、守屋は青酸ガス入りのガラス製手投げ弾を投げ込んだ。

就寝中の者はそのまま二度と目覚めることはなかった。

廣瀬は邸宅の広い寝室に入った。半裸の白人の大男と、ネグリジェ姿の美しい妻、そしてその間に抱かれて小さな少女が眠っていた。

これが、我々が鬼畜米英と呼んでいた者の正体か…。

安らかな家族の寝室。もう廣瀬には辿り着けない別世界。

廣瀬はブローニングオート5をベッドへ向けた。同時に全弾を叩き込むと、真っ白なベッドは血の海になった。

返り血にまみれた護国の鬼達が、道の中心を堂々と歩きながらハルゼー邸へ戻ってくる。

桐島はそれを愛おしそうに見下ろした。

魑魅魍魎の百鬼夜行に桐島は目を奪われた。

その幸福な時間を一瞬で奪い去るように、少し離れたところから、ドン!という爆発音が響いた。

「もう来たのか!」

屋根の上にいる狗戒が叫ぶ。

「敵襲! 敵襲! 第二検問所方向から敵装甲車一両接近中!」

「よし! 迎撃するぞ!」

桐島は一階へ駆け降りた。予想外の敵の反応。しかし数は少ない。

「遠藤! 第二班に連絡! 工作部隊全班に通達せよ、工作部隊は全兵力を持って攻撃開始されたし!」

「了解! 第二班に連絡します!」

遠藤は無線機を操作して第二班に繋いだ。第二班は無線の電波を拾えるギリギリの位置に潜伏しており、大型の無線機で工作部隊に合図を送っていた。

そこへ天内が悪い知らせを持ってくる。

「教官殿! 脱出路を偵察して参りました!」

「問題はなかったか?」

「老朽化のためか一部崩落! 障害を除去しなければ通れそうにありません!」

「奪いとったジープに土工具があったな。岩崎と二人で頼めるか」

「地下通路は狭いので二人いれば十分であります!」

「よし、頼んだぞ」

天内は岩崎の元へ走った。

岩崎はスコップと十字鍬をジープから下ろした。

「廣瀬、守屋は通りの角まで下がって車両を隠せ。そのまま角から援護しろ」

「了解」

岩崎は自分の両頬を叩いて気合を入れた。

「装甲車一台で何ができる。かの義烈空挺隊は何百という飛行機を吹き飛ばしたんだ、自分だって」

敵の装甲車はこちらの攻撃を警戒してかゆっくり近づいてきた。明らかにハルゼー邸を目指している。目的はアメリアだ。桐島は即座にそう判断した。

「車載機関銃が厄介だ。できるだけ引き寄せてから粉砕せよ!」

竹下から青山が三式戦車地雷を受け取りながら返事をした。

「自分がやります!」

その凛々しい姿は士官学校時代の青山そのものだった。彼は死中にあって自分を見つけることができた。

竹下はそんな青山を見て涙した。参謀本部勤務の父、竹下啓介中佐と叔父である宮本を得意のおべっかでそそのかし、この蹶起に協力させた功績で軽機関銃を任された。狗戒の軽機関銃と冨永の八九式重擲弾筒が我が桐島隊の要である。しかし、竹下には特段優れた才能もなく、自信は全くなかった。本当はすぐにでも逃げ出したいほどに度胸もない。青山の美しい姿を見て感動し、また自分が情けなくて涙が出るのだ。

全員が固唾を飲んで敵を待っていると、敵はハルゼー邸から距離をとった地点で停車した。滝は焦った。

「こっちの待ち伏せに気付いているのか!」

装甲車からは敵兵が次々に降りてくる。一網打尽にするつもりが、散り散りになられては厄介だ。それに装甲車の機関銃はできれば車両ごと無力化したかった。

「撃ち方はじめ!」

桐島が号令をかけた。

冨永が八九式重擲弾筒を発射した。ポン、という軽い発射音のあと、装甲車付近で炸裂音がした。八九式重擲弾筒は、日本陸軍が誇る小型の迫撃砲と言える携帯火器である。手榴弾や専用の弾薬、発煙弾などを発射可能である。

擲弾筒の攻撃を受けて敵はパニックになった。そこへ竹下が軽機関銃を撃ちまくった。

倉坂が冨永に指示を出す。

「いいぞ! あと二メートル右だ!」

うまく装甲車を無力化したい。着弾位置を誘導しなければ。

すると敵の装甲車は突然アクセルを踏み込んで前進してきた。

同時に車載機関銃を撃ちまくってくる。

ドッドッドッドッ! 明らかに他とは違う重い発射音だ。闇雲に撃たれた弾は道路を抉り、屋敷の塀を、外壁を砕き、庭木を粉砕した。

「クソッ! 奴を近づけさせるな!」

「動きを止めろ!」

屋根の上から狗戒、篠原が、塀によじ登って倉坂が、その下で冨永が、正門前で竹下が、装甲車へ向けて撃ちまくった。しかし装甲車は止まることなく機関銃を撃ちながら突っ込んでくる。

機関銃の弾が竹下に直撃してめちゃめちゃに吹っ飛んだ。地雷を装甲車に投げ込もうと、塀の影から青山が飛び出した。

装甲車の後ろにいるアメリカ兵たちも道路上に伏せて発砲してくる。

青山は何発も撃ち込まれ地面に倒れ込んだ。持っていた地雷も叩きつけられ、凄まじい爆発と共に青山の姿は見えなくなった。

その時、反対側からジープが突っ込んでくる。運転しているのは守屋だ。

「教官殿に近づけてたまるか!」

正面から装甲車に激しくぶつかり、ようやく装甲車が止まった。

ジープを追って廣瀬が走ってくる。

「守屋!」

しかしジープの運転席は機関銃弾の直撃を受け、守屋の体は上半分が肉塊と化していた。

廣瀬は怒り狂いながら装甲車の運転席に散弾銃を撃ち込むと、弾込めせず打ち捨て、小太刀を抜いて装甲車によじ登った。機関銃を撃っていたフェルチは、よろめきながら立ち上がり、再び機関銃を撃とうとしたが、そこへ廣瀬が吶喊しながら飛びかかってきた。

「薄汚いジャップめ、俺に触るな!」

フェルチは身長190センチある巨漢で、体格差が歴然としていた。

フェルチの強烈なパンチをくらって廣瀬は吹き飛ばされた。そこにフェルチは拳銃を抜いて撃ち込んでくる。廣瀬は血を吐きながら、非常時の通信用に携行していた十年式信号拳銃を抜いた。

「喰らえ!」

激しい閃光を上げながら、信号弾がフェルチの腹に刺さった。

フェルチは苦しみ悶えながら倒れた。

そこへ匍匐前進で接近してきた津田が手投火炎瓶に点火し、装甲車の車内へ投げ込んだ。装甲車は激しい炎に包まれた。

ハルゼー邸の中では、遠藤が第二班からの連絡を桐島に伝えていた。

「第一班、成功したようです。川口放送所にて現在関東全域に向けラジオ放送中です。しかし…」

「どうした」

「ラジオ放送で、この放送のために同志2名が名誉の戦死を遂げ、この放送も長くは続けられないと言っていたそうで…」

「いや、充分だ。よくやってくれた。放送で話しているのは誰か」

「音質が悪くわからなかったようです」

「そうか」

「第三班はやはり状況不明だそうですが、浦賀の復員船数隻に動きありとのことです。続いて第四班も状況不明、第五班は現在皇居周辺の戦闘誘発に成功、現在各勢力が戦闘中、これに呼応して東部軍、憲兵隊が治安出動を名目に行動を開始したとの」

途中まで言いかけたところで外からの流れ弾が窓を割り屋内に飛び込んできた。敵が予想以上にしぶとい。

桐島は地下通路の方へ向かって叫んだ。

「天内! 岩崎! あとどれくらいかかるか!」

「あと十分、いえ、五分でやってみせます!」

岩崎が答えた。彼の鍛え上げられた屈強な肉体が、機関車の如く動いて土砂を掻き出している。反対側はもう見えているのだ。

「屋根の上の機関銃を黙らせろ!」

スナイダーが叫んだ。必死の突撃に失敗し、戦友であるフェルチを目の前で失ってしまった。アメリアがもし生きているとすれば、敵は人質に使うか、あるいは道連れに自爆するかもしれない。なんとしてもアメリアをこの手で救出するか、せめて応援が来るまで持ち堪えなければ。身を隠す障害物のない道路上で、憎たらしい擲弾筒と屋根上の機関銃により味方がバタバタと倒れていった。なんとか無力化しなくては。一度後退して二手に分かれるしかない。

「分隊! 後退するぞ! ローン、援護射撃!」

「了解!」

ローンが屋敷の屋根にM1小銃を1弾倉7発を一気に撃ち込む。

その間に道路に伏せていた味方が後方へ走り抜けた。

「下がれ! 下がれ!」

スナイダーは部下を引き連れて後退した。

生き残ったのはスワンソン、ローン、ウェルズ、ケンドール、それに自分を入れてわずか5名だ。

五人は全速力で後退して建物の影へ身を潜めた。

「ジャップが何人いたか見えたか? ものすごい人数だ。応援を待とう!」

「落ち着けローン、敵は見たところ大した人数じゃない。それに4人か5人はやったはずだ」

弱音を吐くローンをスワンソンがなだめた。

「クソ! フェルチまでやられちまった。もう戦争は終わってるってのに」

「中佐殿、残念ですがアメリア少尉殿はもう殺されていますよ! このまま後退しましょう!」

ウェルズとケンドールも狼狽えている。いいなあ、こいつらは。責任がないのだから。

「では諸君らは見捨てるというのか」

「それは…」

「ハルゼー提督のご息女が、まだ生きているかもしれないのだぞ。こうしている間にも殺害されるか、拉致されるかもしれないのだ。そうなったらどうするつもりだ?」

全員が黙り込んだ。

「わかるよ! わかってるよ! クソ! 俺だって嫌さ! 俺たちはカウボーイじゃない! ヒーローじゃあないんだ! だが軍人だ。責務を果たさなくちゃならん。あの狂った小鬼共の戦いぶりを見ただろう。奴らだってきっと同じさ。必死なんだ。必死な奴らには必死になってかかっていかなきゃ勝てるものも勝てん。 まあ勝つのは無理としてもだな、せめてお姫様の無事は確かめようじゃないか。交渉の余地があるなら交渉したって良い。その間に味方が助けに来るさ」

なんとも格好の悪いスピーチだったが、これまでに聞いたスナイダーの言葉でもっとも兵士たちに響いたものだった。

5人は立ち上がり、再びハルゼー邸へ向かった。



ハルゼー邸は轟々と燃える装甲車の炎に照らされていた。

桐島は倉坂からの報告を聞いた。報告の内容は遠藤が記録し、第二班に伝えられた。

桐島隊は装甲車を含む敵の攻撃を受けこれを迎撃。装甲車、敵兵多数を撃破し残敵は後退。我が方の損害、戦死4。青山、竹下、守屋、廣瀬の4名なり。

「うおおおおお!」

岩崎が涙を流しながら地下道を掘り進めている。地下通路はまもなく開通する。崩落の原因は、どうやら老朽化したところにこの嵐の影響があったようだ。地下通路にはかなり水が流れ込んでいた。

桐島は部下たち全員に聴こえるよう叫んだ。

「聞け! 間もなく地下通路は開通する! もう少しの辛抱だ! 別働隊も現在奮戦してくれている! 戦友達の犠牲を決して無駄にするな!」

スナイダーは四人の部下を引き連れ、ハルゼー邸を目指した。今度は遠回りをして裏口側から接近している。

裏からまわれば屋根上の機関銃はともかく、正面に陣取っている擲弾筒はかわせるはずだ。裏口からそっと中を見てさっさと引き上げるしかない。部下の手前、少し良い気分になって格好つけてしまったが、敵との交渉なんて無理だ。なぜって俺は日本語なんて喋れない…。

歴史に汚名を残す結果にだけはなりたくない、その強い思いが彼を突き動かしていた。なぜなら、艦を降りてすぐにアメリアの方へ向かっていたらこの状況はなかったかもしれないのだ。

スナイダーは部下がついてきているか確認しようと、ふと振り返った。すると、路地から何者かが飛び出してきて、後から追いかけてきた。

「なん…」

鬼神の如く走ってきたのは、桐島隊攻撃班班長、滝だった。

滝は走りながら百式短機関銃を構えるとこちらに向かって猛烈な射撃を加えてきた。

ダダダダダダダダ!

後ろから撃ち抜かれてケンドールが倒れた。

「追撃してきたってのか!」

「グレネード!」

スワンソンが手榴弾を投げた。爆発で敵が倒せたかどうか確認する間もなく、四人は必死に走って逃げた。

どうやら追ってきていない。

「やったか!」

振り返ることなく、スナイダーはそのままハルゼー邸裏口付近まで走り抜いた。

兵員輸送車の列がハルゼー邸に向かっていた。篠原が屋根の上でそれを確認すると、桐島に聴こえるよう大声で叫んだ。

「敵、一個小隊規模接近中! 間もなく到着します!」

「よし! 正念場だぞ! ほんの数分でいい! 時間を稼いでくれ!」

外では次々にアメリカ兵達が到着し、ハルゼー邸を包囲し始めていた。装甲車を先頭に、じわりじわりと近づいてくる。

「見えたぞ! 敵襲!」

狗戒が軽機関銃を撃ちまくる。撃ち尽くすとすぐに弾倉をかえ、また撃ちまくる。篠原は空になった弾倉に再び弾薬を装填する。

たちまちアメリカ兵達は倒され、更に装甲車の真上に擲弾筒の一撃が命中、動きが止まった。

「今度は命中だ!」

「当然だ!」

「次が来るぞ!」

冨永と倉坂がうまく擲弾筒を使い敵を翻弄するが、もう残弾が少ない。

破壊された装甲車が轟々と燃えながら道路を塞ぎ、アメリカ兵は身を隠しながら猛烈に射撃を加えてくる。だが、突入もできないでいる。

裏口に回り込んだスナイダー達は、匍匐前進で接近、背後から屋根上の機関銃手を撃とうとした。それに篠原が気づく。

「後ろだ!」

篠原は九九式短小銃を構えローンと正面から撃ち合いになった。

ローンのM1ライフルは半自動式で、弾薬を一発ずつ装填して発射する九九式短小銃とは連射速度が比べ物にならない。しかしローンの姿勢が不安定で、篠原の位置が高いためにうまく狙えず、銃口が跳ねてうまく狙えない。ローンが7発全弾を撃ち切ったところで、篠原が撃った五発目の弾丸がローンの額を打ち抜いた。

「ローン!」

倒れたローンにスナイダーが呼びかけたが反応がない。

篠原は腹に数発被弾していた。体から力が抜けていく。

「篠原!」

「こりゃいかん…狗戒、先に行くぞ」

篠原は手榴弾を両手に掴み、安全栓の紐を口で引き抜いて吐き捨てた。そして信管を鉄帽に叩きつけて発火させると、裏口の方へ飛び込んでいった。

「天皇陛下万歳!」

激しい爆発音と共に、篠原は爆発四散した。

スナイダーは破片を幾らかくらったが致命傷ではなかった。

「スワンソン!」

「大丈夫だ…畜生!」

スワンソンは左半身が血で真っ赤に染まっていたがまだ生きている。

「ウェルチ!」

ウェルチは伏せたまま動かない。

「ウェルチはダメだ。スナイダー、先に行ってくれ」

スワンソンが背後に向け銃を構えた。

「後ろから誰か来る…さっきのやつだ」

滝は再び短機関銃を撃ちながら突っ込んでくる。

「すまん、任せた!」

スナイダーは裏口を開けると、手榴弾を投げ込んだ。

ドン!

続けてもう一発投げ込む。

ドン!

二発投げ込んでから、しまったと思った。アメリアを吹き飛ばしたなんてことはないだろうか。

拳銃を構えながら、ゆっくりと室内に入っていく。

「動くな!」

英語だった。一人の日本人が、アメリアを盾に拳銃を構えている。

「スナイダー中佐! 逃げて!」

「アメリア少尉! 無事ですか!」

不幸中の幸い、彼女は無傷だ。見たところこの日本人が最後の一人。おまけに英語が多少できそうときた。

スナイダーは息を整えた。

「銃を捨てろ! これ以上の抵抗は無駄だ!」

「この娘を撃つぞ」

「よせ! 君は完全に包囲されている! 諦めてその子をこちらに渡すんだ! そうすれば命は助けてやる!」

スナイダーはアメリアの目を見た。

「逃げなさい!」

「もう心配はいらないよ、アメリア!」

「逃げて!」

瞬間、突然視界がぐらついた。

「――!」

アメリアの悲鳴が響く。

スナイダーの頭は床をゴロゴロと転がっていった。血飛沫を上げながらスナイダーの体はその場に倒れた。

背後には國枝が立っている。その後から滝が戻ってきた。裏口ではスワンソンが横たわっている。

桐島はゴミでも見るかのようにスナイダーを見下ろして、吐き捨てるように言った。

「救いようのない愚か者だ」

地下通路から天内、岩崎が出てくる。

「教官殿! 開通しました! 急いでください!」

「よし! 遠藤! 第二班に連絡! 桐島隊脱出に成功せり!」

「了解!」

遠藤は第二班に連絡をすると、無線機を破壊して処分した。

岩崎が土に塗れながらアメリアを抱き抱える。アメリアは抵抗したが、岩崎が強烈なパンチを叩き込むと意識を失った。

「かなり狭いので這いながら進んでください!」

「よくやった! 貴様らも後に続け!」

桐島は地下通路へ入った。崩落箇所を這いながら突破すると、アメリアをロープで引き寄せて反対側へ連れ出した。

滝は外で奮戦している仲間に向かって叫んだ。

「全員集まれ!」

しかし猛烈な銃声がその音を掻き消した。たちまち滝の周辺にも弾が飛んできて、滝は地面に伏せた。

アメリカ兵は手榴弾を投げ込んできた。爆発の後、次々に突撃してくる。

それを屋根上から身を乗り出して狗戒が撃ちまくる。

「地獄に叩き落としてやる!」

血飛沫を上げながら敵はバタバタと倒れていく。

しかし狗戒も何発も被弾し、屋根からガラガラと音を立てて転げ落ちた。

「狗戒!」

滝が叫ぶのも虚しく、敵の手榴弾が再び投げ込まれ狗戒の死体は吹き飛ばされてしまった。

擲弾筒を撃ち尽くした冨永は銃剣を抜いた。倉坂も短機関銃を撃ち尽くし、銃剣を着剣した。

「冨永」

「なんだ」

「貴様とはよく喧嘩したな…すまなかった」

「倉坂…」

「靖国で会おう――」

突撃してくる敵に二人は飛びかかっていった。敵と激しく格闘するが、敵はそこへ手榴弾を投げ込んできた。アメリカ兵もろとも爆発に巻き込まれ、二人は散っていった。

アメリカ兵はいよいよ正面、裏口から室内に突入してくる。遠藤、滝、津田、國枝が拳銃で応戦した。

岩崎が叫ぶ。

「教官殿と小娘は脱出させたぞ! お前達も急げ! 爆薬に点火する!」

あとは自爆に偽装するため屋敷中に仕掛けた爆弾に点火する。最後に地下通路の出入り口を吹き飛ばせば追手も来ない。

「津田、こんな状況だが頼んだぞ」

「ああ、任せてくれよ。せいぜい暴れてやるさ」

津田はここから別行動になる。敵の目を欺いて囮になるためだ。

その時、敵の猛烈な攻撃が開始された。トンプソンサブマシンガンを撃ちまくりながら正面、裏口、同時に突入してきたのである。

津田は火炎瓶を投げつけた。玄関はたちまち火の海になり敵は火だるまになった。

遠藤は何十発も撃たれその場に崩れ落ちた。

「畜生、遠藤がやられた」

岩崎は腹を撃たれ床を這いながら下がってきた。

國枝が津田を呼ぶ

「津田! ここまでだ。俺が突破口を開く! 上手く抜けろ!」

しかし津田の返事がない。

「津田! やられたか!」

津田は血を流しながら地下通路入り口に向かっていた。

「天内、俺の代わりはお前がやってくれ」

「津田!」

「最初から無茶な話だったんだ…どうかしてる。教官殿を助けるのはお前の役目だ」

津田は壁にもたれかかると、天内にいくつかのメモと筆記具などを渡した。

「湊川だ…」

津田がゆっくり息を吐くように呟くと、そのまま動かなくなった。

天内は地下通路に向かって叫んだ。

「教官殿! お世話になりました! 我々はここまでです! 教官殿だけでも脱出してください!」

桐島は這って元きた道を戻ろうとするが、天内は入り口を閉じた。

「天内!」

叫び声は地下通路の中で反響した。

「天内! 返事をしてくれ! 天内!」

「教官殿! 爆破します! 急いでください!」

天内は裏口へ向かった。

「津田の任務は俺が引き継ぐ! 裏口の側溝に入るまででいい! 援護してくれ!」

「津田はどうした!」

「やられた…」

國枝は父の形見の拳銃、アストラ二十連発を滝に渡すと、蘇州虎鉄をすらりと抜いた。

敵が再び突入してくる。滝が二丁拳銃でそれを迎え撃つ。

國枝が敵の中に飛び込んで斬りまくる。

天内も外へ飛び出して津田が用意していた脱出路、側溝へ飛び込んだ。

敵のM2機関銃が火を吹く。

國枝の軍刀がぐにゃりと曲がった。

「無念!」

直撃を受けて國枝はバラバラに吹き飛んだ。

岩崎は這って点火装置の時限信管を外し、通常の点火具に差し替えた。

「とうとう俺たちだけになっちまったな、滝」

滝は裏口を向いて仁王立ちしている。

「滝、聞いてるか。今から何もかも吹き飛ばすぜ」

滝の返事はない。床には血溜まりができていた。滝は立ったまま死んでいた。

「ハハ、傑作だ。貴様、弁慶になっちまったな」

岩崎は点火器具に手をかけた。

「大日本帝国! 万歳!」




強烈な爆発がハルゼー邸を周囲に殺到するアメリカ兵ごと吹き飛ばした。桐島は地下通路を抜けると、あらかじめ用意していた自動車にアメリアを乗せ、神奈川邸宅へ向かった。

東京の街がまだ燃えている。

時折爆発音や銃声が聞こえる。まだ誰かが戦っているのだ。

このまま戦いが拡大してくれれば、日本は再び戦争の業火に包まれるだろう。

ハルゼー提督の拉致には失敗した。部下も全員散華した。

工作部隊はほとんどが消息不明だが、必ずや獅子奮迅の活躍ぶりを見せていることだろう。

そして今、手中にアメリア・ハルゼーがある。

「天内、貴様らは全てを大義に捧げた。私は貴様達を育てたことを誇りに思う。貴様達こそ真の日本軍人だ。日本人のあるべき姿なのだ。必ずや神風は吹く。必ずや陛下の神通力が日本を救ってくださる」

天皇は宇宙唯一の最高神、宇宙統治の最高神である。


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今回の文章は、拙作に協力してくださっている方がプロットとして執筆してくださったものです。

『融国』-「本編」制作⑧ -蹶起〈下〉‐

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