「誰も作ったことのないものを発明したい」というマデンスが倒錯した末に辿り着いた結論は、
「倫理の壁を越えてしまう」というものだった。
マデンスはもとより、ヴィクターだった頃の種族であるイールデ人や、
彼らの共有する倫理観に苦しめられた過去から、それらに対する憎しみのようなものがあった。
それでも親に刷り込まれた「どんな人にも優しくあれ」という言葉が呪いとなり、
自己満足の追求と、発明品に意義を持たせることへの葛藤に悩まされていた。
マデンスの相談を受けたパシンは
「人を傷つけるのはいつだって優しさなんだ。
優しさを全て自分に向けた人は他人に冷たく振る舞うし、
優しさを誰かに向けても、それを向けられなかった人間や
自分自身が知らぬ間に傷ついているものさ。
自分と他人の優先順位で悩んだら、まずは自分の好きにやってみるといいよ。」
と助言した。
パシンの持論にマデンスは人間の持つ加害性の本質を見出した気がした。
食べ物を盗むコソ泥にネットリンチを行う善良な人間まで、意識の有無に関わらず、
彼らの持つ加害性は防衛本能からくるものではないかと仮定した。
「人は誰かを傷つけなくては生きていけないのなら、人の形をした"人でないもの"が必要だ」
そんな結論に至ったマデンスは、パシンのデザイン協力のもと、少女型の人造人間を発明した。
人造人間は、羨望から憎悪など、人間の持つ全ての感情や欲望を吸収する存在の象徴として
「アイドル」に設計され「こみやにくる」という名前を与えられた。
にくるは純粋で心優しく、単純でやや感情的な、
マデンスから見たイールデ人の印象をモデルにした人格を持ち、
マデンスを慕いながらも、時々マデンスの機嫌を損ねるような発言をするように設定された。
これはマデンスのイールデ人に対する深い失望の中に、
再び人間を愛せるようになるかもしれないという
わずかな期待のあらわれだったのかもしれない。
人間を模した、本物の魂を持たないにくるは、
人間の無意識から呪いに至るまでのあらゆる加害性を、
本物の人間の代わりに受け、1人でも多くの人間を救う目的で運用が開始された。
しかし、人類が孕む加害性の大きさとは、
ひとりの人間サイズのサンドバッグが受け止めるにはあまりにも大きすぎた。