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男子柔道部 対 女子空手部 〜Defeat the phantom〜 Part 4

 第三試合が始まる。 「麗菜!彩乃!今度は私にやらせてくれ!」  口から炎でも吐き出しそうな勢いで佳奈が立ち上がった。麗菜、彩乃も特に異論は無いようだ。彩乃は敵に対しての憐れみを込めた表情で、佳奈に言った。 「佳奈さん。いくら二人の敵討ちと言っても、相手を殺してしまってはさすがに面倒ですわ。ほら、ごらんなさい。あんな華奢な殿方が相手では、抱擁しただけでも絞め殺してしまいかねませんわ」  彩乃が指し示した先では、いかにもひ弱そうな男子が一人、仲間達から生贄に差し出される様に押し出されていた。 「え、俺、マジであれと戦うの?え?嫌なんだけど……絶対殺されるじゃん」  そんな彼を、真也はニコニコとしながら送り出していた。 「仕方ないだろ、柳。俺は彩乃ちゃんとヤルとして、だったら誰が行くかってなると……お前か信彦しかいない。でも信彦は信彦でまだあんな調子だし……」  真也が促した先にいたのは、試合が進むにつれてどんどん顔色が悪くなっていく信彦だった。柳はそんな彼をまじまじと見つめる。 「お前……もしかして、ビビってんのか?」  柳のその一言に、信彦はハッと顔色を変えた。 「い、いや……そんなわけじゃ……」  いや、誰がどう見ても図星だったらしい。 「俺、信彦と出会ってまだ間もないからさ、まだお前の事あんまり知らないけど――」  柳はいつになく真剣な様子で信彦に語りかけた。 「お前って、普段はプライドが高くて、人一倍、誰よりも努力するくせに、なぜか女子が相手だといつも決まって自信を失うんだ。そして本来の力も発揮できずに、何もできなくなる……」  信彦はただ黙って受け止めていた。 「……過去に、何かあったの?」 「…………」  柳が問いかけるも、信彦は何も答えない。すると柳は諦めたように前を向き直った。 「ま、言いたくないなら別にいいよ。でも――」  そして、彼はさらに真剣な声で言った。 「お前が“女子”って生物に対して、どんな恐怖心を抱えてようが、もうサイコロは振られちまってるんだ。だから、アンタの番が来るまで俺達が証明し続けてやるよ……『俺達の方が強い』ってな」  そう言い放った柳。小柄な彼の背中は、どことなく大きく見えた。  そんな柳の見据える先、そこには―― 「…………」  いかにも屈強そうな女が威風堂々と、仁王立ちしていた。 「いや、前言撤回。やっぱ俺だけ負けると思うわ……体格差有りすぎだろ、あれ」  柳はすぐに踵を返して胸の前で手をフルフルと振ってみせた。 「だいじょ~ぶだぁ~、やなぎ~!じゅうどうは力持ちのほうがかつんだよ!」 「いや、だったら尚更無理だろ!」  元気づけているとは到底思えない幸太郎の言葉に、柳は彼らしくない大声でツッコミを入れる。 「ハッ、本当は私があのうすらデカいのとやりたかったのだがな。観念して出てこい!風華の時とは逆の立場にしてやる!」  佳奈はやる気満々のようだ。いよいよ逃げられなくなった柳。彼はゲンナリしながら中央へと進み出た。 「じゃあ~、三試合目~行くぞ~」  柔道ルールの審判は、柳に変わり幸太郎が務める事になった。 「中堅戦、始め~!」  試合が始まった―― 「おい、モヤシ野郎。私はお前たち男子のような卑怯者とは違う。こうしてここに立っててやるから、一発自由に技を掛けてこい」  彼女は試合前と変わらないポーズで大腕を組み、どっしりとその場に突っ立った。 「いや、柔道にも“階級制”というものがあってだな……純粋な力がモノをいうって要素があるんですよね~」  柳はやる前から諦観気味に、しょんぼりと人差し指で頬の辺りを掻いていた。 「ハッハッハッ!違いない!お仲間さんも言ってたもんな!『じゅうどうは力持ちのほうがかつ』って!投げる事が出来ないならさっきの不良の様に殴りかかってきても良いんだぞ!」  豪快に笑う佳奈。柳は渋々ながらも佳奈のもとへと歩いて行った。 「はいはい、わかりましたよ。せっかく好きな技掛けさせてくれるってんで、お言葉に甘えさせていただきますよ」  ブツブツふて腐れながら佳奈の襟と裾を掴む柳。佳奈もそれに応じるように自信満々な表情で力を込めた。いつ、どんな技を掛けられようが、対応できるように…… 「それでは……」  すると――  ふいに柳の身体がとてつもない勢いで反転した。佳奈の身体はグンと前に引っ張られた。  ――背負い投げだ。 「フン――ッ!」  しかし彼女の上半身が前に折れる事はない。柳の力に反発する様に、余裕の力を持って後ろに体重を掛ける事で彼女は踏ん張った。 「私の背筋力を舐めるな。そんな力じゃ私を投げ飛ばすなど一生かかっても出来んぞ」  さて反撃だ――佳奈は目の前で懸命に自分を背負い上げようとしている蟻を捻りつぶそうと、手を上げた。  しかしその時―― 「――と見せかけて『大内刈り』ッ!」 「あ」  その時、佳奈が感じたのは不思議な感覚だった。  特別強い力で押された訳でもない。体当たりの様にぶつかってきた柳の身体が特別重かった訳でもなかった。ただ感じたのは――  ――重力に従うように、吸い込まれるように仰向けに倒れていく自らの巨体と、ビックリするくらい簡単に滑り取られていった自らの左足だった…… 「きゃっ――」  ――ストン  投げられた、倒された、というより――コケた。彼女は無意識に可愛らしい悲鳴を漏らすとともに、尻餅を付いていた。狐につままれたような顔をしていた。 「有効!」  軽く転んだだけなので大きなポイントは取れない。柳はすぐさま寝技に持ち込んだ。 「あっ……あっ……」  彼の動きは特に俊敏という訳では無かった。ただスルスルと佳奈の上半身に乗っかり、何ら無抵抗の佳奈を押し倒した。まるで彼女は柳に従うかのようになされるがままになった。――そして気が付けばそこに、『袈裟固め』が完成していた。   「抑え込み!」  幸太郎が宣言する。瞬く間に起きたこの不可解な出来事。空手部をはじめ、女子たちはみな理解が追いつかなかった。 「麗菜さん!これはいったい何事でございますか⁉」 「解んないわよそんなの!佳奈!ちょっとアンタ、何をふざけているのよ!」  まず理解できなかったのは最初の『大内刈り』だ。上半身をぶつけ、相手の股に右足を差し込み、そのまま相手の左足を外に刈り取る技だ。もちろん相手を仰向けに転ばせるには十分な技ではあるが、かなりの体格差がある佳奈相手にそれが通用するとはとても思えない。それなのに佳奈はあっけなく倒れた。いや、尻から崩れる様なその不格好な倒れ方は、どこか大人が子供の為に戯れで倒れてあげているような、そんな風に見えて仕方が無かった。  その後も酷かった。わざと柳に抑え込まれて“あげた”ような形に見えた。観戦している女子からもブーイングの声が上がる。 「佳奈先輩!まじめにやってください!」 「遊んでないでさっさとやっつけちゃってくださいよ!」  彼女たちの声が聞こえ、やっと佳奈は正気を取り戻した。 「ハッ⁉……フッ!……むんッ!」  上に乗っかる柳を押しのけようと力を込める。 「やっと状況が把握できたみたいですね」  しかし、彼女がいくら頑張ってもひ弱な柳の身体を押しのける事が出来ない。――なぜか?――分からない。――だって、相手の身体はちっとも重いとは思わなかったから。  彼女は気付くことも出来なかった――自分が彼に対して力を加えるたびに、柳は体をよじって力を逃がしている事に。  彼は独り言のように続けた。 「掛けられた事の無い技を掛けられると――人間ってビックリするんですよ。ましてや普段から転ぶ練習をしていない素人さんともなると尚更です。人間、びっくりすると、思考が止まる。ほんのコンマ数秒ですが、止まるんですよ。でもそれだけあれば十分です。その間のあなたは何をされても反応できない。何をされても対応できないんです」  彼女は、今度は柳の背中をバシバシと殴り始めた。 「ゔっ、ゔっ……か、顔は殴らないでくださいね。……ゔっ、反則になりますから……」  しかし柳は彼女を抑え込むことを止めようとしない。佳奈は、本当はもっと“効果的”な部位を殴りたかった。腹を殴りたかった……その方がダメージは大きいだろう――しかし位置的に柳の身体前面を殴れる右腕は、彼によって自由を奪われていた。――なら左手は?左手で殴れるのは、後頭部か背中。……ほとんどダメージを与えられない、背中しかなかったのだ。 「いくらあなたが“力持ち”でも、その体勢でパンチ打っても全く効かないんだよなぁ……。あ、ちなみに抑え込みって20秒経てば“一本”ですから……もうすぐ10秒になりますね」  ちょうどそのタイミングで、審判が声を上げた。 「有効!」    彼にポイントが与えられた。 「ほらね、こうやってポイントが積み重なっていくんですよ、ちなみにあと五秒経てば次は“技有り”が入ります」  佳奈は必死でもがきあげる。彼女は足をばたつかせた。全く意味は無い。するとやがて彼女は両足を勢いよく天に突き上げ、下半身が浮き上がった反動を使って思い切り両足を地面に叩きつけた。ほんの少し、その衝撃で二人の身体が振動した。しかし抑え込みを脱するまでには至らなかった。しかし彼女は何度も何度もバッタンバッタンと両足を上げては叩きつける……。  これは、袈裟固めをされた人間が本能的にしてしまう動作だった。しかし、図体のデカい彼女がそれをすると可哀想なほど滑稽に見えた。陸に打ち上げられた魚に見えた。周りの女子たちの間では、思わず口元を緩ませてしまっている者さえいた。 「技有り!」  15秒が立った。あと5秒で一本だ。  ――もう終わりだ。誰もがそう確信した。  幸太郎が手を振り上げ、一本を宣言しようとした、その瞬間―― 「ウガァッー‼」  獣の様な雄叫び。彼女は最後の死力を振り絞った。 「え、ええッ⁉」  そして、あり得ない事が起こった。その出来事に、柳は彼らしくない戸惑いの声を上げてしまう。  柳によってしっかりと握られ、掴まれていたはずの彼女の道着の奥襟、裾。しかし、捕まえていたはずの道着から、彼女の姿が消えた。  ――ズルッ  まるで脱皮だ。上着を脱ぎ捨ててまで脱出した彼女。ハッと柳が頭を上げた先には――  ブラジャー姿の佳奈の姿があった。 「か、佳奈⁉」  道場中が驚愕に包まれた。 「……」  柳は何も声を発する事が出来ない。目を真ん丸と見開き、ただ目の前に映るピンク色の可愛らしいブラジャーを見つめていた。彼女の腹筋は綺麗なシックスパックに割れていた。 「ウガァッ!」  さきほどと同じような雄叫びと共に、彼女は我を忘れて柳に襲い掛かる。 「うわっ⁉」  かろうじて食い止めた柳。二人はがっぷりと手四つに組み合った―― 「ちょッ、お姉さん!服!服!」  狼狽した柳は、押し込んでくる彼女のパワーに耐えながらもオロオロしながら叫んだ。しかし当の本人は気にする素振りは一切ない。 「主将!どうしますか⁉」  審判の女子部員が麗菜の指示を仰いだ。 「麗菜ッ!止めてくれるなァ!この男を捻りつぶす!」  麗菜は一瞬逡巡した。今の彼女はひどい格好だ。空手部だけならまだしも、今この場には自分たちを慕ってくれている一般の生徒たちもいるのだ。しかし……  麗菜は道場の隅に目を遣った。そこにはいまだ気絶したまま打ち捨てられた風華と、その隣では仰向けに寝転がる、鼻から二本の包めたティッシュを生やした水羅。 「……ッ!」  麗菜は悟った。身なりの酷さはともかく、今は絶好のチャンスだ。佳奈は柳と両手同士を組ませ合い、圧し潰そうとしている。  彼女は決断した。 「佳奈!ひと思いにやってしまいなさい!」  その声に応ずるように、佳奈の口元がニヤリと歪められた。 「クッ……うぅッ……」  柳はなんとか堪えていた。 「ね、ねえ……そういえばなんですけど……」  彼は額に汗を浮かべながら佳奈に話しかける。 「まだあなたに……ひとつめの魔法についてタネ明かしをしていなかったですよね?」 「ひとつめの魔法……?」 「アナタを難なく大内刈りで倒せた理由ですよ」 「ハッ、ふざけたことを!さっきは油断していて倒れただけだ!」  強がる佳奈に、柳はフッと苦しみながらも笑みを漏らす。 「たしかに……幸太郎の筋肉バカも言っていた様に……柔道ってのは力持ちの方が強いんですよ。ですけどね……やっぱり柔道の基本は“柔よく剛を制す”――ですよ」 「笑わせるな!そんなのまやかしだ!現にお前は最初、私を投げられなかったじゃないか!」  たしかに佳奈は初っ端、柳が掛けた“背負い投げ”を耐えきった。 「ところがどっこい……あの“背負い投げ”がミソなんですよね」 「なにッ⁉」  彼女には彼の言っている意味が分からない。 「柔道ってね……基本的に、“普通に突っ立っている人間”を投げる事は出来ないんですよ――」  佳奈はただ黙って彼の続きを待った。 「なぜなら柔道技の根底にあるものは全て“相手の力を利用して”倒す事。その為には、何かしら相手に力を加えさせないといけないんですよ」  彼の言っている事は、佳奈にはいまだに意味がよく分からなかった。しかし、その言葉を聞いたとき、彼女はなぜだか背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。 「ほら、柔道ってどういうイメージ有ります?なんかこう……お互いが掴みあってダンスしている印象がありませんか?まあ、たしかに柔道知らない人から見たら『何してるんだアレ?』ってなりますよね?」  苦笑交じりに言う彼の説明は分かりやすかった。佳奈も昔、テレビでたまたま放送されていた柔道の試合を見たことがあった。彼女はその時の“柔道”を見て思った――武道じゃない、ただのフォークダンスだ、と。絶対空手の方がカッコいいと思ったし、強そうだと思った。  柳の言葉は、佳奈に鮮明にその記憶を呼び起こさせた。 「たしかにカッコ悪いですよね?早く技仕掛けろよって……思いますよね?でもね、あれはね、押したり引いたりすることで、相手に力を加えさせているんですよ。人間、押されれば無意識に、前に体重を掛けます。反対に、人間は前に引っ張られると嫌でも、後ろに体重を掛けるんです」 「後ろに体重を……。……ッ⁉」  そこまで言って、彼女はハッとなった。何に気が付いたのか、まるで柳は読み取ったようにニヤリと笑う。 「そうです。だからこその“背負い投げ”ですよ。あなたが耐えようとしたのか、はたまた無意識か、どちらにしろ作用反作用の力は働く。あなたは――後ろに体重を掛けたのですよ」  そして彼は意地悪い笑みを浮かべ、わざと皮肉な物言いで告げた。 「つまりはね、“力持ち”のあなたは……自分の“力”をもってして倒れたんです。僕の大内刈りは――そんなあなたをチョイっと手助けしてあげただけなんです」 「この……バカにしやがって……ッ!」  佳奈は悔しそうに歯噛みする。いまこそ、憎きこの、力無き男を捻りつぶさんと、両腕にありったけの力を込めた。 「はぁ……ホンット、あなたって、脳筋ですよね」  キリキリと押さえつけられながらも呆れるようにため息を吐いた柳。彼の挑発に、佳奈はさらに憤った。 「キッッッサッッッマァ~~ッ‼」  佳奈が大声で怒鳴りつける……  しかし――  彼女の叫びは――  つぎの一言によってピタリと止んだ―― 「アナタ今――自分がどんな体勢になってるか、分かってます?」 「……へ?」  そう言われて、彼女は初めて自覚した。 佳奈の全体重は――前方に傾ききっていたのだった…… 「――よっと」  くるり。  彼はスッと身体を引き、両手を捻る様に回した。途端、彼一身に向けられていた佳奈の絶大なパワーは、柳の身体を滑りぬけるようにして、何もない空間に放り出された。 「おわッ⁉」  思わず声が出た佳奈。何も特別な事はされていない。技らしい技なども掛けられていない。ちょっと身を引いて手を捻られた――たったそれだけの動作で、彼女の巨体はまるで物理法則を無視したかのように、フワッと飛んで空中で一回転した。  彼女の身体が、背中から地面に落ちた。  まるで魔法のようだった。みんな目の前で起きた事実を素直に呑み込めないようだった。 「いま……何が起こったの?何もしてないのに、急に佳奈さんの体が飛んだ……」 「佳奈先輩……なんで今自分から転んだの?」  しかしそんな中、男子側だけは大いに盛り上がりを見せていた。 「す、すごい……あれが『空気投げ』……初めて生で見た……」 「あれ⁉空気投げって、実戦で出来るもんなの⁉ヤラセじゃないと不可能な技じゃなかったっけ⁉」  幻でも見るかの様に呟く信彦と、興奮してはしゃぐ雄二。しかし柔道経験者である真也だけはいくらか落ち着いていた。 「いや、めちゃめちゃ実力差があったら出来るよ。タイミングがバッチリハマったらたま~に成功する」  しかしそんな彼もいつも以上にニコニコして興奮を隠しきれないようだ。 「――とは言っても狙って出来る事じゃないけどね。ほとんどマグレじゃないと出来ない」  綺麗に、完全に大の字になった佳奈。仰向けになったまま見上げると、その先には自分より二回りも小さな体の柳がそこに立っていた。 「『柔道は力持ちの方が強い』――これは、あくまで柔道としての技術がお互いに互角だった時の話です。ある程度実力差がある場合は、柔道って……自分より何倍もデカい相手でも投げ飛ばすことが出来るんですよ」  そして彼は、いまだ呆気に取られたままの彼女に言った。 「ね?柔道って、面白いでしょ?」  彼女はスッと目を閉じた。完全なる一本だ。これほどないまでに、完璧な。  そして、審判である幸太郎は判定を下す。 「有効!」 「…………ええッ⁉」  全員が大声を上げた。見ると幸太郎は片腕を斜め下に大きく伸ばしている。あれは“有効”のジェスチャーだ。 「おい!幸太郎!今のは一本だろうが!あれほど見事な技はねえだろ!」  柳は珍しく取り乱し、審判に詰め寄る。しかし幸太郎は、彼の言う事に同意する様に、大きく頷いて言った。 「うん!あれは見事な技だった!あれほど敵に対して“有効”な技も無い!」 「“有効”な技って……」 「うん!だから“有効”だ!」  一瞬呆然と言葉を失った柳。そして―― 「お前まだ柔道のルール憶えてないのか~ッ!」  あまりに激しく抗議するあまり、幸太郎は身の危険を感じて抵抗した。 「ちょッ……なに怒ってるんだ!“有効”もらったからいいじゃないか⁉“一本”よりもすばらしいじゃないか⁉」  男子たちは呆れかえっている。 「そうだった……忘れてたよ……アイツ……バカなんだった……」 「誰だよ……アイツに審判行かせたやつ……」  信彦と雄二が呆れかえり、真也はただ面白そうにニコニコしていた。 「佳奈!まだ試合は終わってないわ!今すぐ立ち上がりなさい!」  女子陣から湧いて出た麗菜の言葉に、柳はビクッと身を震わす。 「捕まれば勝ち目はありませんわ!早く立ち上がって打撃で勝負するのです!」  続いた彩乃の言葉に、佳奈はハッと正気を取り戻した。柳は焦りに焦った。彼はすぐさま幸太郎への抗議を中断し、今まさに起き上がろうとしている佳奈のもとへと走った。 「いろいろ喋りすぎて手のうち明かし過ぎちまったじゃねえかァァッ!」  彼女が立ち上がれば、もう彼女には触れさせてもくれないだろう。掴む前に強烈な一撃を食らって倒されるに違いない。  だから彼は飛び込んだ――  彼女が起き上がる前に、寝技に持ちこねばならなかった。 「フグォッ!」  いくら体重の軽い柳とはいえ、勢いよくのしかかられた佳奈の体にはそれなりに衝撃が掛かった。  彼はお互いに逆さの状態で彼女を抑え込む。 「おッ、あれ知ってる!シックスナインだろ?」 「上四方固めだよ!」  雄二が鼻の下を伸ばしながら出した卑猥な発言に、信彦はすぐさまツッコんだ。しかし、雄二の表現した“それ”も、あながち間違いでは無かった。 「……ウッ……くそッ……汚らわしい……」  抑え込まれた佳奈。今ちょうど、彼女の目と鼻の先には柳の下半身があった。いや――下半身よりももっと具体的に言うと、そこには柳の股間部があったのだ。 「抑え込み!」  幸太郎が宣言する。  佳奈は必死でもがいた。負けたくない――というより、男の股間を押し付けられるというこの地獄の苦しみから解放されたかった。  彼女は必死でもがいた。彼女は足で地を蹴り、足で地を蹴り、そうしてズルズルと、上部へ上部へと身体を引きずっていく。しかしそこは巧者の柳だ。抜け出されないように、彼も巧みに佳奈の動きについて行った。  その状態が続いた。そんな時―― 「あ……あれ?」  それは、佳奈の身体が上部に移動していくにつれて起こった。 女子生徒の一人がふとある部分を指さした。  地面を引きずる佳奈の体。見ると、ピンク色のブラジャーは畳に擦れるあまり、外れてしまっていた。 「おお!あれ!おっぱいだ!」  雄二たちが喜んだ。 「ちょっ……柳!お前じゃまだ!どけ!お前のせいで見えねえよ!」  雄二が乱暴に彼に指図した。信彦はそんな雄二をジトッとした目で見ていたが、それでも顔を赤らめていた。真也はスケベな顔でニヤニヤしていた。  いま佳奈の乳房は、柳の体によって守られているのだった。  そして―― 「おお!今度はズボンも脱げてきてんぞ!」  身体を頭側へと引きずるあまり、空手着の下衣がどんどんと下がっていく。そしてやがて、彼女のピンク色の下着が顔を出した。 「え?……く、熊⁉」  勝利しようと必死になっている最中に、柳はつい全く別の事で驚愕してしまう。 可愛らしい熊さんの顔がイラストされた彼女のパンツは、それほどに衝撃的だったのだ。  そのデザインは、そもそもピンク色といい――全くもって彼女のイメージに合わない趣味だった。 「ウガァァ‼」  自らのそんな状況に気付いていないのか、熊の様な雄叫びを上げる佳奈。そのがむしゃらさは、やがて彼女にとっての最後の砦までを陥落させようとしていた。 「おお!すげぇ!パンツも脱げんぞ!」  まるで泥沼に嵌まっていくようだった。  彼女が今の状況を脱出しようと足掻けば足掻くほど、ズリズリと最後の一枚までがめくれ落ちていく。いくら無欲そうに見える柳でも思春期の男子だ。彼は試合中にもかかわらず、目の前で起ころうとしている出来事に、ひそかに期待した。 「有効!」 幸太郎の判定が飛ぶ。あと五秒経てば、二本目の技有りで柳の勝利だ。 しかしその時、とうとう柳の目と鼻の先に―― 「……あ」  佳奈の秘部が姿を現した。  むくむく……  柳の股間が、むっくりと盛り上がる。 そして道着越しだが確かな硬さを帯びた彼の“モノ”は――  ――呼吸を荒げていた佳奈の口にすっぽりとハマりこんだ。 「…………」  彼女は案外すぐに理解した。自分の口に含まれた。この硬い物は何だろう――と。  理解すると同時に、泣きたくなった。するとなぜか――    ――括約筋が緩んだ。  柳は固まっていた。何秒経っただろうか?――五秒経ったか?いや、五秒経てば審判の宣告があるはず。――じゃあ五秒未満?それは信じられなかった。だって彼にとってはもう既に10分以上経っているような気がしたからだ。  初めて見る女子のアソコ。柳はかつて見たアダルト雑誌より、アダルトビデオより、鮮明に、かつ間近でそれを見た。ただ凝視した。細部までこまごまと見た。そして、あのプックリと出っ張っているのは何か?可愛らしい、この小さなふくらみ。それが気になり、彼がクリトリスの観察を始めようとしたその時―― ――突如その突起物から何かが発射された。 「ブアッ⁉」  まず感じたのは、“熱”だった。心地よい熱さの液体…… しかし次に感じたのは、不快感だった。生臭さ、酸っぱさ、アンモニア臭……アンモニア臭?  それが分かった時、柳は初めて自分の顔面に何をぶっかけられたのかを理解した。 「くっそ!こいつ!」  佳奈は、なぜか急に自分を放してくれた柳に対して疑問を持つ余裕もなく、すぐさま立ち上がる。彼女にとって、今は勝つことしか頭になかった。  すぐさま彼女は目の前の男に向き直った。 拳を構える。  しかし、その当の相手はどこか様子がおかしい。相手は顔を両手でしきりに拭いながら、唾をペッペと吐き出していた。 「きったねぇ!小便だ!小便漏らしやがったこいつ!」  その時、初めて彼女は自分が何をしたのかを悟った。ついでに、今の自分自身の姿にも気が付いた。  彼女の今の姿は、逞しく鍛えあげた肉体を露わに晒し上げた、一糸まとう事無い姿だった。ほどよく膨らんだ胸は体の中で唯一柔らかみを持っており、ギュッと引き締まった腹には綺麗に刻まれたシックスパック。そして野太い硬質の太ももに支えられるように、もじゃもじゃの毛に包まれた未使用の秘所があった。 「きゃあっ……」  堂々と構えた空手のフォームから、瞬時に自らの裸体を覆い隠す乙女のポーズへと変化させた佳奈。戦う誇り高き女戦士から、いたいけな少女へと姿を変えた。  大きな図体には似合わないその姿は、一種のギャップを生みだし、周りの人間たちをポカンとさせた。 「…………」  ポカンと口を開けた人々の一員だった柳。 「……ッ!いまだ!」  ハッと我に返るとすぐに彼女に踊りかかった。佳奈を倒すには、もう今しかない。思えばとっくに勝っているはずの試合だった。なんで自分はこんなにてこずっているのか、思い返すほどよく分からなかった。  ほぼ体当たりに近い勢いで彼女に組み付く。その力に反発するように、彼女の体重が前へと掛かった。 彼はその力に逆らわず、勢いよく反転しながら彼女の右腕を引っ張りこんだ――『一本背負い』だ。 「よいしょうッ!」  彼の掛け声とともに、グルンッと面白いように彼女の体は回転した。ビタンッと彼女の体が叩きつけられた。まぎれも無く一本だ。 しかし柳は動きを止めなかった。 「有効!」  幸太郎の声が響きわたる。  しかし柳はもう彼の声には耳も傾けていない。いまだ柔道のルールがよく分かっていないこの審判のせいで柳はいまこんな目に遭っているのだ。  彼は佳奈を投げると同時に、すぐさま寝技に持ち込んだ。しかし今回は抑え込みにはいかない。  彼は座った体勢の佳奈の背中に張り付いた。  そして彼は両足を佳奈の前に巻き付け、さらには彼女の太ももに絡みついて開脚させた。  目の前の一般女子生徒たちに見せつけるように、晒された佳奈の秘所。しかし柳にとって、それは彼女を辱める目的にしたことでは無かった。 「……ッ⁉……ッ⁉」  彼女はなぜか立ち上がれなかった。背中に軽量の男子一人背負ったくらい、彼女にとっては何でもないはずだった。しかし何故か立ち上がれなかった。  彼女の身体は、日常、いつもこうやって座っている時はどうやって立ち上がっていたかを必死で思い出そうとしていた。それは佳奈の脳内で考えている事では無い。身体の細胞たちが考えていることである。  主に二つあった。  一つは、伸ばしている足を曲げ、折り畳み、そして軽く手で地面を押して起き上がる方法――  ――ダメだった。  現在、自らの両足は柳の両足が邪魔をして、折りたたむことが出来なかったのだ。  次に、二つ目の方法を考えた。一度体を裏返してみる事だ。四つん這いの状態になれば、そのまま立ち上がる事が出来る。だから一度うつむけに転がってみよう――  ――ダメだった。  現在、柳の両足によって大きく開脚させられた自らの両足が邪魔をして、自らの身体をひっくり返す事が出来なかったのだ。 「はぁ……はぁ……」  体勢の都合から、彼女は斜め上の中空を仰いでいた。ちょうどそこには傾きかけた夕陽が窓越しに映っていた。――敵はどこにいる?――敵は後ろにいる。なんとかこの憎き敵を懲らしめてやろうと、彼女はその者目掛けて手を伸ばした。  しかし届かない――いや、敵は自分の可動域の死角に居るのだ。 何とか捕まえてやろうと手を動かした。 しかし気が付けば、自らの手は自分の意志とは無関係に目の前の中空ばかりを仰いでいた。  クルクルクルクル、空中に何かを描いていた。そこに敵はいない。居るのは夕陽だけだ。  しかしそれでも彼女は、マヌケな顔をしながら手で宙をかき混ぜるしかなかったのだ。  目の前で見ていた女子たち。いま、勇猛果敢、筋骨隆々で知られる彼女が全裸姿になっていた。強く、豪快で男らしい彼女は、この学園の女子生徒の中では憧れの存在だった。女子ながら恋心を寄せる者も少なくは無かった。  そんな彼女が、今はどうだろう。まるでソファーに縛りつけられた精神病患者の様に無駄と分かりながらも全く意味の無い所に手を伸ばし、敵を見据える事も無く、あさっての方向ばかりを眺めていた。  バカみたいだった。彼女の鍛えに鍛えたその筋肉は、まったく役に立ってなかった。 「いまから、あなたの首を絞めます」  柳が宣言した。 「だから無理せずギブアップしてください」  そして彼は、佳奈に対して裸締め(バックチョーク)を掛けた。 「~~~ッ!」  宙をさまよっていた彼女の両手は、今度はチョークに抗う為に使用された。彼女の顔がみるみる赤く染まる。  本能的に引き締めたアゴ。それは、二重あごの様になって中性的な彼女の顔を超絶な不細工へと変えた。 「早く、ギブアップしてください」  柳が促すも、彼女は苦しそうに顔を歪めているが、一向にタップアウトをする気配はない。それどころか彼女はますますその腕に力を込め、彼の腕を引き剥がそうとした。  そんな様子を見た柳――  彼は大きなため息を一つ吐いた。そして、なにやら彼は言いにくそうな口調で、彼女にこう告げた。 「あの~……言おうかどうか迷っていたんですが……」  彼の表情はむしろ憐れみの色を帯びていた。 「あなた……言うほどそんなに……パワーありませんでしたよ?」 「……ッ⁉」  彼女の目が見開かれる。 「あ、いや、女子にしてはもちろん強いです。僕よりちょっと強いかな~ってくらいです。でも……僕、男子の中でも力弱い方ですし、そう考えると、いくらあんたが身体を鍛えた所で……男の力には敵わないんじゃないのかな~……って思うんですよね」 「……」  彼女の目に涙が浮かんだ。柳は尚も続ける。 「だって、あの時だってそうじゃないですか。あの~力比べみたいな感じで組み合った時。あのとき僕、めっちゃ長々と喋ってたでしょ?投げ技の基本は~とかって言ってたでしょ?あの時だって、まあそりゃ力は強かったけど耐えられないほどでは無かった」  彼の言葉に、今まで佳奈が積み重ねてきたトレーニングの記憶が彼女の脳内を走馬灯のように駆け巡った。彼女は本来、男に生まれたかった。女であることに、昔からコンプレックスを持っていた。  女の立場なんていつもそうだったから。 『女は男に守られる立場』 『女は男に襲われる立場』 『女はか弱い立場』 『女はいつだって力が弱い立場』  それが嫌だった。――なんで女は強くちゃいけないんだ?だから彼女は鍛えた。空手を始めた。負けぬよう。せめて男に負けぬよう。  それでも…… 「……」  やはり男の力には、敵わなかった。   彼女が目を閉じると――その隙間から一筋の涙が零れ落ちた。  彼女の秘所からは――再び大量の噴水が、目の前の女子たちにキラキラと降り注いだ。


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