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戦闘員の日ーRemake 3

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過去作 remake

トッポギさんという方に過去作をリメイクして頂きました! 以下、トッポギさんのTwitterリンクです! https://twitter.com/goripogi

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戦闘員の日ーRemake 2

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くノ一の日 Remake

過去に作った短いやつをプロの方にリメイク依頼してみました。 想像してたよりもかなり完成度が高かったです! 以下、その方の名前とpixivアカウントです。 tigerfly 様 リンク:https://www.pixiv.net/users/900055

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戦闘員の日ーRemake 1

以前公開した、『戦闘員の日シリーズ』を手書き漫画にてリメイクしました。この漫画は、別の人に有料で描いて頂いており、FANBOXでの投稿も許可頂いております。

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青山 みかん 6

よろしければ「いいね」やコメントの方をお願いします!

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エクスプロージョン・ガールズ(裏設定) ネオ・エデン

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エクスプロージョン・ガールズ(裏設定) ガールズ・クラブ

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青山 みかん 4

戦闘命令が出ているときは恐れずに戦う彼女たちですが、恐怖心がないわけではないので、撤退許可が出たとたん少女らしく逃げまどいます。

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青山 みかん 3

女ザコはなるべくカッコ悪く死ぬほうがいい。カッコ悪さとカッコ良さは紙一重(例:カッコつけてるときに失敗したらダサいっていう法則)。つまり、女ザコはなるべくカッコ良く見せ、そして死ぬとかなり興奮する。 あと、僕の作品で男が死ぬのはめちゃくちゃ珍しい。

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青山 みかん 2

めんどくさいんでこれも無料公開にします。1話についてはpixivをご覧ください。https://www.pixiv.net/artworks/97059253

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潰走

いつものスク水戦闘員とは違い、少々装備が充実しております。

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後ろ蹴り

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character and scene mods

ご依頼があったため、投稿します。

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FANBOXでの活動1周年記念

 5月1日をもちまして、去年の同じ日にFANBOXでの活動を開始した日から、ちょうど1年になります。

 もともとは、私が小説家を目指す中で、このpixivでの活動はせいぜい『息抜き』感覚のつもりでした。しかし、思ってた以上に多くの人たちから支持をしていただいた私は、その事実に少しばかり、『もったいない』と思うようになりました。

 将来への不安もあり、何とかしてクリエイター活動に専念したいと思っていたところ、ある一人のユーザーからこのFANBOXを勧められたのです。


 その後、さまざまな人たちから、考えられないくらいの援助を受けました。そして、小説だけではなく、イラスト制作、illusionイラストの制作、いろいろな経験をさせていただき、その結果、私は『自分の作品でお金を得る喜び』というかけがえのない経験をさせてもらったのです。

 2019年の過去の私は、今の私の姿を見てどう思うでしょうか。たぶん、想像もつかなかったと思います。あの頃の私はただ与えてもらうばかり。いつかクリエイター側に回りたいと思ってはいても、何も行動を起こすことができないでいる無気力な人間でした。

 でもこの一年は、今までの人生はとまるで違いました。人に支援してもらい、人に感謝し、そして人のために作品を作るーーそういったことをこのFANBOXを通じて学ぶことができたのです。


 私は、いま小説家を目指しています。pixivとは別の表アカウントで、いわゆる普通の小説を書いています。しかしその道は険しく、どれだけ時間をかけ、魂を込めて小説を書いても、誰にも相手にされません。分かってはいたのですが、いざその現実を目の前に突きつけられると、つい心が折れそうになります。

 そんな時は、その度に私はここに戻ってきます。『僕の作品を見てくれている人がいる』、『僕の作品にお金を支援してくれる人がいる』、その事実によって、なんとか私は正気を保つことができるのです。


 表アカウントでの活動は、本当に辛いです。だから、ときどき思うのです。

ーーFANBOXがあったから、正気を保つことができた。

 思えばちゃんと言葉にして伝えてなかったと思いますので、今この場を借りてちゃんと伝えようと思います。


 支援してくださる皆様、運営の皆様方、私にいろいろ教えてくれる他のクリエイターの方々、本当に、感謝しています。私がここまで創作活動を続けてこられたのは、あなた達のおかげです。


 最後に、今現在は、表アカウントでの小説執筆にかかりっきりになっており、なかなか裏アカ(pixiv及びFANBOX)での活動ができていない状態ですが、もう数日で今書いてる長編小説も完成します。それが終われば、またこちらでの活動も再開させて頂きます。この事についてもちゃんとお伝えしてなかったので、この場を借りてお詫びしようと思います。


 それでは、こんな私ではありますが、今後ともよろしくお願いします。




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男子柔道部 対 女子空手部 〜Defeat the phantom〜 Part6

 ポツン――と、一人ぼっちでたたずむ少女がそこに居た。彼女はもう、裸の王様だ。プライドが高く、気かキツそうに吊り上った顔も、今はどこか不安げで……まるで借りてきた猫の様に大人しかった。 「残るはアンタだけだぜ」  そんな麗菜に、雄二が言った。その言葉を受けた彼女は、活力を取り戻した様にキッと男子たちを睨み付けた。 「アタシたちは負けないわ……たとえ最後の一人になっても、アタシは絶対に諦めないッ……」  意地を張り通そうとする彼女に、柳は呆れたように呟いた。 「いや、負けないも何も……もうここまで負けこんでるんだからアンタらの負けは決まってるも同然なんだが……」  麗菜はその呟きに過剰に反応して叫んだ。 「もうこれは練習場所うんぬんの話じゃない!これは……アタシの誇りを掛けた闘いよ!」  彼女のその言葉を借りるようにして、真也は隣にたたずむ信彦に告げた。 「……だってよ。あれはあれであの子の言う通りかもしれないな。これはもう練習場所うんぬんの話じゃない。これは……俺達をここまで引っ張ってきたお前の……誇りを掛けた勝負なんだ」 「…………」  信彦も、彼もまた彼女と同じだった。彼もまた、どこか不安げで、借りてきた猫の様に大人しかった。真也は続けた。 「お前の過去に何があったのかは知らねえ。だがな、お前はいったい何の為に柔道を始めたんだ?」  その問いかけに、信彦は一瞬ハッとなると、ますますその表情を曇らせた。 「いくら柔道が強くなっても……お前がその“過去”を乗り越えねえ限りは、いつまでたってもお前は“弱っちい”まんまだ」  『弱っちい』――その言葉を聞いたとき、信彦の顔から血の気が引いた。その言葉は、何か思い出したくない彼の記憶を抉りだしたかのようだった。  しばらく黙り込んだ後――彼はひとりでに、誰に言う事も無く、語りだした。 「俺――」 真也は黙って耳を傾けた。 「小学生のころ、女子に負けたことがあったんだよ」 「負けた?」 「……空手でな。腹に強烈な蹴りをもらったよ。そしてその子に言われた。『男のくせになんでこんなに弱っちいんだ?』ってな」 「……」 「不平等だって……思ったよ。男が勝っても当たり前、それなのに、男が負けたら、それ以上の仕打ちが待っている。男としての尊厳をズタズタにされて……周囲からは笑われて……」  真也は黙っていた。 「真也……本当はさ。柔道がやりたいって言ったのは、ただの“代替案”だったんだ。本当は空手をやりたいクセに、過去のトラウマが邪魔して俺に空手を選ばせなかった。俺さ、本当は空手の方が好きだったんだ。柔道よりも……空手の方が好きだったんだよ」  信彦は、半ば自棄的になっていた。 「ははっ……殴ってくれよ。こんな俺が柔道をする資格なんてねえだろ?真也、柔道経験者のお前なら腹立つだろうな。こんな柔道を愚弄してる柔道部主将なんざ……笑い話にも出来やしねえ」  普段からニコニコしている真也の顔が、このときばかりは真剣なものになった。 「信彦……」  彼は、ただ一言そう言って――  その手を振り上げる。  信彦は、ギュッとその目を閉じた。 「…………ッ」  信彦に触れたもの、それは、痛みでは無く――  そっと肩に乗せられた暖かい手。  真也は、彼の肩を優しく包んでいたのだった。 「信彦、それでもお前は――だれよりも柔道に打ち込んでいた」 「……へ?」 「たしかにお前にとっちゃ、ただ消去法で柔道を選んだだけかもしれねえ。でもお前は、過去の幻想に打ち勝とうと、必死で努力したんだよ。たとえそこが逃げ道だったとしても、そこから這い上がるためにな」  真也の言葉は優しかった。だからこそ、信彦の心を打った。  また、別の方からも声が掛けられた。  柳の声だ。 「柔道の創始者、嘉納治五郎は、もともとは柔術家だったんだ。彼は柔術で、ある先輩にどうしても勝てなかった。だから彼は努力した。人体の仕組みについて学んだ。そして彼はついに、のちに『肩車』と言われる技でその先輩を倒したんだ」 「あ!それおれがきょう一試合目にやったやつだ!ボディースラムだろ⁉」 「肩車だ何度も言わせるな。お前アレ出来ないと一生白帯のままだからな」  いきなり割り込んできた幸太郎にすかさずツッコむ柳。それはそうとして、彼は続けた。 「そして柔術家だった彼は、それをもとにして柔道を創った。柔術家から、柔道家へと転向したんだ。お前はかつて負けた空手に勝つために、柔道を始めたんだよ」  今度は真也が引き継いだ。 「俺達柔道家が、空手に勝つところ、もう何度も見ただろ?」 「俺の二試合目も見てただろ⁉鮮やかな柔道技で相手をぶちのめしたじゃねえか!」  横から雄二が割り込んできた。 「いや、お前のはただのケンカだったじゃねえか……」  真也がすかさず遮る。そして――  信彦はそんな彼らを見渡した後、やっと口を開くと…… 「いまでも俺は、柔道部の主将であっていいのかな?」  彼のその様子は、先ほどの不安げなものとは違って見えた。  一瞬、マジマジと信彦の顔を見つめていた4人は、口を揃えて言った。 「「もちろん!」」  ――ありがとう  小さく、そう呟くと、彼は覚悟を決めて前に向き直る――目の前に立ちはだかる、自らのその“幻想”に対して。 「アタシは男子なんて怖くないわ!」  麗菜は突き刺す様に叫んだ。  そして信彦に対し、続けて言った。  その言葉は、彼女にとってはあくまで“意気込み”のつもりだった。  しかし、その一言に、信彦はピタリと反応を示した―― 「得意の中段蹴りで、アンタなんか一発で仕留めてやる!」  『得意の中段蹴り』  なぜかその言葉を聞いたとき、信彦自身の中で、彼の記憶のピースが全てつながったような、そんな感覚を覚えた。 「中段……蹴り……?」 「……?」  突如、マジマジと麗菜を見つめだした信彦。麗菜は怪訝な様子で彼を見返した。 「きみさ……」  信彦は、おもむろに彼女に問いかける。 「この街の近くの、空手道場に……通ってたことある?」  要領を得ない、彼の急な質問。  一瞬、彼女は訝しむ。しかし少し記憶を巡らせたあと、思い出した様に彼女は言った。 「え?……え、ええ。そういえばそうね。小学生の時、下町のあの空手道場で空手を習い始めたわね」  それを聞いた信彦は、すべてのパズルがハマった時の様に、その顔を緩ませる。 「……レイナ?……そうか……そうだったんだ……まるで別人だったから……今まで気が付かなかった……」  目をギラギラさせてただ一人で呟く信彦。麗菜はますます不審に思った。  そして信彦は尚も尋ねた。 「キミはその時……乱取り中に、一人の男子を……その、中段蹴りで倒さなかったかい?」  麗菜はしばし思案してみるも、すぐに諦めたように鼻を鳴らす。  そして何でもない事のように、軽々しい口調で言ってのけた。 「覚えてないわよ、そんな事。ただアタシはそのころから誰にも負けなかったわ。もちろん、アンタらの様な男子にもね」  全てをはねつける様な彼女の視線。信彦はどこか虚しそうな笑みで、それを受け止めた。 「……そうか。僕は勝手に、自分を“過去”に縛りつけていただけだったんだな。……なんて馬鹿馬鹿しい」  自嘲する信彦。麗菜には彼のその様子を理解する素振りは一切ない。 「ハァ?ワケ分かんない!バッカじゃないの⁉早く始めるわよ!一分で決めてやるわ!」  彼女はすでに試合場中央で息巻いていた。  信彦もそれに応じて前に進み出ようとした時、柳が背後から声を掛ける。 「信彦。お前、空手はどれくらいやってた?」 「小学校1年から、4年生まで。新しく入ったばかりの女の子に負けるまでだよ……」  彼の声には、すでに先ほどの様な暗さは見受けられなかった。 「じゃあ四年間か?」 「いや、実はそのあとも、道場を辞めた後も諦めきれなくて……自分ひとりでこっそり空手の稽古はしてたんだ」  彼の答えに、柳はわずかに顔をにやつかせた。 「そうか。だったらお前も十分空手が出来るな」  信彦は訝しむ。 「……どういうことだ?相手は空手家として相当な実力者だぞ?いくら俺が空手を練習していたところで彼女に勝てるわけがない」  すると柳は、さらに声を沈めて言った。まるで麗菜には聞かれまいとするように…… 「信彦、よく聞け。別に空手で勝てなくてもいい。“渡り合え”さえすればそれでいいんだ」 「渡り……合う……?」 「すでに知っている通り、グラップラー(組み技系の格闘家)の最大の弱点は、打撃だ。俺や真也、あと一応幸太郎みたいに、“掴めば即、投げられる”ような、絶対的自信があれば話は別だが、並みのグラップラーなら、掴む前に距離を取られながらボコボコに殴られるってパターンも珍しくない。しかも完全に投げ技を警戒している相手を投げるのは意外に難しいもんだ、掴んでもがむしゃらに逃げられるからな」 「だからって空手で勝負するのは……」  困惑気に言った信彦を、柳は遮った。 「“勝負”じゃない。ちょっと“付き合ってあげる”だけでいいんだ」 「空手に、付き合う?」 「そう、ただ付き合うだけだ。要するに、こちらも空手技を繰り出して相手を牽制する。あくまで牽制だ、倒すためではない。そうすれば少なくとも、相手はお前の事を、“ただ無防備に歩いてくるサンドバッグ”だとは見ないはずだ」 「なるほど……だが、結局はどうする?いつかは距離を詰めなければならない」  信彦の問いかけに、柳は核心を付くように言った。 「信彦、俺は柔道しかやってこなかったけど……立ち技ってものには、“呼吸”というものがある」 「呼吸?」 「例えば柔道でも長くやってると……『相手が何を仕掛けてくるか』、またはその『タイミング』、そして時には相手のその呼吸を読み取る事で返し技を狙う……まあボクシングとかでいえば『カウンター』って言うのか?」  信彦は遠い、昔の記憶を呼び起こした。毎日毎日、向かい合う相手と殴り合った小学校時代…… 「……わかる……なんとなく……わかるよ……あれは……呼吸だったんだ」  信彦の瞳は、徐々に澄んでいった。 「分かるか?きっと打撃戦においても呼吸というものはあるはずなんだ」  柳がそこまで言うと、信彦はもう合点がいったようだ。 「……返し技……カウンター!」 「そうだッ……攻撃を避けつつ接近しろ……そして組み付け!お前は俺達と違って動体視力が鍛えられているはずだ。打撃の呼吸が分かるはずだ。お前は相手の打撃を察知できる……ともすれば目で捉える事も出来るはずだ!」  信彦は、目を真ん丸くさせて呟いた。 「俺だから……できる?」 「そうだ!お前だからできるんだ!空手をやっていたお前だからこそ、できるんだ!」  その時、信彦の心に、沸々と湧き上がる感情があった。  なんだか分からない。今までの“過去”が、全て洗い流されていくような……暗かったモノクロの“過去”に、彩りが射した様な……  そして、なんだか分からないその感情の正体は、つぎの柳の一言ですべて明らかになった―― 「お前の“過去”は…………間違ってなかったんだッ」  真ん丸くさせた信彦の目から、涙が零れ落ちた――  泣いている、自覚も無い。ただ勝手に、涙が零れ落ちた。 「小学校の時に通ってた道場は……?」 「呼吸というのは相手と向き合う事で徐々に身についていく……決して間違ってなかった」  毎日道場に通っていた記憶に、色が差した。 「あの時……新しく入って来たばかりの女の子に、負けたことは……?」 「挫折を知ったお前はさらに努力する事を覚えた。同時に空手を諦めた結果、今は柔道をしている。複数の格闘技を収める事はトータルファイターとして絶対的な事だ……だから、あれで良かったんだ」  目の前に立つ少女。“あの時”よりもずいぶんと小さく感じる少女が、今はそんなに恐ろしく感じなかった。 「俺……でも、道場辞めてからも、ずっと中途半端に空手を続けてきた。練習相手もいないまま、筋力トレーニングばかりして……」 「成長期に筋力トレーニングをすることは基本中の基本だ。身長が大きければリーチも違う。フィジカルが強ければ攻撃の重さも違う……決して、無駄な事では無かった」  体操服に身を包み、一人で、公園で稽古を続けた日々。『男のくせに女子に負けた』と、友人たちから笑われながらも稽古を続けたあの白黒の記憶に――  ――綺麗に彩られた。 「なあ柳」  そして信彦は最後に尋ねた。 「俺が柔道を始めたのって……正しかったのかな?」  背後から、自信たっぷりの声が、彼の背中を押した。 「ぜったい……正しかったッ」 「よしッ……」  小さく笑った信彦。彼は試合場の中央へと進み出た。  そして麗菜の前に、堂々と立った。 「覚悟は出来たかしら……」 「ああ」  落ち着いて答える信彦。その様子に、麗菜は先ほどまでとは明らかに彼の雰囲気が違う事を感じ取った。 「たしかにアンタの仲間は、みんな何かしらの“強み”を持ってたみたいね。アタシたちも油断していたとはいえ、不覚を取ったわ……」  しかし彼女はあくまでも強気の姿勢を崩さなかった。 「でもアンタは違うようね。アンタからはなにも目立った“強み”は感じられない。ハッキリ言って……負ける気がしないわ!」  侮蔑した目を向ける麗菜。しかし信彦は動じない。それどころか自分より小さなこの少女を、澄んだ目で眺めていた。 「やっぱり、女の子って……小さくなるんだな。前見た時はあんなにも、俺よりも身体が大きかったのに……」  あくまで独り言のつもりで言った信彦の言葉に、麗菜の眉がヒクヒクと震えた。 「女だからって甘く見てたら痛い目見るわよ……さっき小耳に挟んだんだけど、アンタ空手やってたんだってね」 「ああ。女子に負けてからは恥ずかしくて道場に行けなくなったな……それからも未練がましく一人で練習してたよ」 「一人で⁉」  彼女は噴き出した。そんな麗菜の態度にも、信彦は腹を立てる様子もなかった。 「ああ。公園でな。だけど……高校に入ってからはそんな自分に嫌気が差して、柔道を始めたんだ。ハッキリ言って空手から逃げるためだ」 「そんな中途半端な生き方をしてる奴が、このアタシに勝てると思ってんの?」  鼻で笑う麗菜に、信彦はうっすらと笑みを湛えて言った。 「ああ……今なら、勝てそうだ」  もう相手にするのもバカらしくなったのか、それっきり彼女は何も言わなくなった。  そして最終試合――大将戦が始まる。 「それより、いまから第五試合を開始する」  両者は静かに構えた。信彦は、空手の構えを取った。 「始めッ!」  女子部員、審判の合図とともに――試合は静かに始まった。 「……」 「……」  二人は動かない。皆が固唾を呑んで見守った。 「……」  今は審判に回った柳。彼は今だけは、公平な審判という立場に身を置いている。  しばらくして、じりじりと二人は間合いを詰める。 「……」  信彦は、ふいに“あの時”の事を思い出した。  “あの時”の少女、彼女の“呼吸”が、鮮明に脳裏によみがえってきた。 「……」  そして――  彼女の体が、ピクリと動いた――ように感じ取った。  信彦は走馬灯のように蘇る記憶の中、冷えた頭で感じていた。    ――ああ、やっぱりだ。  ――やっぱり“あの時”のように、中段蹴りが来た。  ――付き合ってあげよう……付き合ってあげよう……  そして信彦は、彼女の動きに呼応する様に、同じように中段蹴りを放つ。  両者、何気なく、打ち込んだ中段蹴り。信彦の脳内では、この後の試合展開――打撃戦にて、スキを見つけ次第に組み付く算段を、すでに立てていたのだった。 「……ッ⁉」  二人の蹴りが交差した。  麗菜の放った中段蹴りは浅かった。  一方、信彦の放った中段蹴りは、深く、彼女の脇腹に突き刺さった。  男女の身長差からくる、リーチの差がそこに表れていた。 「……ッ」  まずは先手を取られた麗菜。すぐに反撃を企てる。 「……?」  しかしその時だった。 「……ッ!」  突如、麗菜の顔に苦悶が満ちた。  彼女の肝臓から、想像を絶する苦しみが、後から遅れてやってきた。 「~~~~ッ‼」  まるでスローモーションのように脇腹を押さえ、崩れ落ちる麗菜。  彼女は悶絶した。  男女の体格差からくる、“力”の差が歴然とそこに表れていた。 「…………」  信彦は構えたまま、ポカンと口を開ける。  ただ目の前で起きた事態が呑み込めないままに、ただ脇腹を押さえながらゴロゴロと転がりまわる彼女をボーっと眺めていた。 「~~~ッッ!」  麗菜は声も上げない代わりに、ただその苦しみを、顔面と身体全身を駆使して、全力で表現していた。 「……」  信彦はゆっくりと構えを解く。  ただ今の状況に困惑して、ゆっくりと、審判の方を見た。 「……」  視線を向けられた柳。彼もただ黙っており、判断を求めるように、隣にいるもう一人の審判――女子部員に目をやった。 「ァ……ァ……」  審判であるはずの女子部員は、ただ口をパクパクとさせていた。  一本勝ちの判定を下す余裕など無く、ただ自分たちの大将がこんなにも呆気なくヤラれてしまった事に、ただただ絶句していた。  柳は諦めたように、もう一度信彦の方へと目をやった。そして首を傾けて彼に目配せした。  ――続けろ。  ……と、いう事らしい。審判が判定しない以上、試合は続行だ。 「……」  信彦は目の前で転がる、この哀れな少女を見下ろした。ただ、突っ立っていた。  なぜなら、どうしていいのかが分からなかったから。信彦の頭の中ではいろいろな事が飛び交って、ごちゃごちゃになっていた。  彼は“あの時”から、ひそかに“この時”の事を考え続けていた。無論、実際彼は“あの時”の少女の顔など忘れてしまっていたし、まさかこういう形でリベンジマッチが実現するなど思いもしなかったのだ。  しかし彼はずっと“この時”の事をイメージし続けていた。なぜならそれが、彼のモチベーションだったから。  実現するかどうかは問題では無い。ただ病的にその事を意識し続けることで、正気を保っていた。努力を、続けていたのだ。  いろんな練習をした。“彼女”の不意を衝くため、胴回し回転蹴りの練習も重ねた。もっと強い蹴りを繰り出す為に、後ろ蹴りの練習も重ねた。それこそ“彼女”の得意技、中段蹴りを防ぐ対処法もいくつも編み出した。高校に入ってからは柔道も始めた。――もし今“あの時”の女子が現れたら……なんて妄想をしながら、柔道技で対抗する手段を模索した。実に……いろんなことをした。  しかし―― 「ぅ~~~ッ‼」  そのほとんどが無意味だった。  いくら“あの時”から、男子と女子の力の差が開いたからと言って――  たった一発で終わってしまった。それも、彼女の得意技であるはずの、中段蹴りで。もちろん、試合前に柳に授けられたアドバイスなど、実践する余地も無かった。  彼の身体中は、何とも言えぬ脱力感に見舞われた。 「…………」  要するに――虚しさだけが残ったのだ。  正直、復讐心に身を任せ、追い打ちをかける気にはなれなかった。もうこのまま“一本勝ち”の判定を待とうとも思った。 「…………」  しかし、この静かな時間は、彼の考えを何度も何度も改めさせた。優柔不断そのものだった。  そして彼は考え直した。  ――やっぱり……少しくらいは、追い打ちをかけておくか……と。 「……」  黙って、彼女の前へと歩き出す。  転がりまわっていた彼女は、今は死んだ虫のように四肢を丸め、仰向けでひっくり返っていた。  彼女の顔を上から覗き込む。  彼女の顔は陣痛に苦しむ妊婦のように汗まみれで、可愛らしい顔をこれでもかというくらいにしかめていた。彼女の綺麗で小さな歯は、むき出しになっていた。  彼は―― 「……」  半ば無理矢理に、過去の記憶を思い返した。さきほど彩られたあの“過去”を、無理矢理また、白黒に塗り替えた。  なぜなら、そうしないと、“やる気”が起こらないから。  彼はもはや“復讐心”というよりは、“損得勘定”で動いていた。たった一発で終わらすには勿体ない。こんな呆気ない幕切れ、今までの血のにじむような努力には見合わないと思った。  信彦が静かに足を振り上げた時――  麗菜と目があった。 「~~~ッ‼」  彼女は悶絶しながらも、自分を見下ろす信彦を睨み付けていた。鈍痛に苦しみながらも、その目は闘志を失っていなかった。    そして――  クシャ  信彦は足を踏み下ろした。軽く、踏み下ろした。 「……ッ!」  彼女の頭は地面にたたきつけられた。  足をどかせてみると、彼女の鼻からは、しずかに血が溢れ出た。  もう一度、踏んづけてみた。さっきよりももう少しだけ、強く。  クシャ 「ぶっ……!」  真っ赤な血を見ていると、なんだか体中が熱くたぎってくるような感覚に見舞われる。  その感覚に身を任せ、もう一度踏んづける。  もう一度踏んづける。  もう一度踏んづける。 「……ンッ!……ンッ!……ンッ!」  気づけば信彦の口からは、声が漏れていた。踏んづけるたびに、声が漏れた。  そして――  気づけば彼女の体は、ぐったりと沈み込んでいた。  動かなくなっていた。  しかし――  それでも彼は踏みつけた。  何度も、何度も、何度も…… 「おおおおおおおおおおおおおおッ‼」  気づけば彼の心は、“復讐心”に満たされていた―― 「……このアマッ!……このアマッ!」  彼は踏みつけながら、ひとりでに叫んでいた。 「苛めやがって……ッ!散々俺達の事を……ッ!苛めやがって……ッ!」  彼の声など、もう麗菜には届いてはいない。 「お前のせいで……ッ!俺は……ッ!女性恐怖症に……ッ!なっちまったんだぞ……ッ!あの時から……ッ!散々女子に……ッ!苛められて……ッ!こんな悩み……ッ!恥ずかしくて……ッ!相談すらできねえんだ……ッ!」  彼はもうなりふり構わず、自らの心の奥底に眠る泥を、吐き出した。それはずっと彼が抱えていた、コンプレックスだった。 「何とか……ッ!克服しようと……ッ!女子に慣れようと……ッ!この学園に入学したのに……ッ!ここでも俺達の事を苛めやがって……ッ!このアマ……ッ!このアマ……ッ!」  柳が静かに、彼に向かって歩み出した。 「俺は……ッ!本当は……ッ!空手がしたかった……ッ!でも……ッ!お前らが……ッ!怖かった……ッ!何だよ……ッ!お前ら……ッ!本当はこんなに……ッ!本当はこんなに……ッ!」  そして柳は、彼をヒシと抱きしめた…… 「もういい……信彦」  信彦は、泣きじゃくっていた。情けない泣き顔を隠しもしないままに、天を仰いでいた。  そして彼は、しゃくりあげながら、吐き出す様に呟いた。 「本当に……何なんだよ……こいつら……本当はこんなに…………“弱っちい”んじゃねえかッ……」  踏みしめられた麗菜の顔面から、信彦の足がズルリと滑り落ちた。  彼女は半開きの目で虚空を見つめ、失神していた。 「ううッ……ううっ……」  泣きじゃくり、呻く信彦を抱きしめながら――  柳は優しい声で呟いた。 「一本、それまで。勝者、信彦……お前の勝ちだ」  男子柔道部 対 女子空手部――練習場を賭けたこの特殊な男女混合戦は――  男子側の全勝で幕を閉じたのだった……

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男子柔道部 対 女子空手部 〜Defeat the phantom〜 Part 4

 第三試合が始まる。 「麗菜!彩乃!今度は私にやらせてくれ!」  口から炎でも吐き出しそうな勢いで佳奈が立ち上がった。麗菜、彩乃も特に異論は無いようだ。彩乃は敵に対しての憐れみを込めた表情で、佳奈に言った。 「佳奈さん。いくら二人の敵討ちと言っても、相手を殺してしまってはさすがに面倒ですわ。ほら、ごらんなさい。あんな華奢な殿方が相手では、抱擁しただけでも絞め殺してしまいかねませんわ」  彩乃が指し示した先では、いかにもひ弱そうな男子が一人、仲間達から生贄に差し出される様に押し出されていた。 「え、俺、マジであれと戦うの?え?嫌なんだけど……絶対殺されるじゃん」  そんな彼を、真也はニコニコとしながら送り出していた。 「仕方ないだろ、柳。俺は彩乃ちゃんとヤルとして、だったら誰が行くかってなると……お前か信彦しかいない。でも信彦は信彦でまだあんな調子だし……」  真也が促した先にいたのは、試合が進むにつれてどんどん顔色が悪くなっていく信彦だった。柳はそんな彼をまじまじと見つめる。 「お前……もしかして、ビビってんのか?」  柳のその一言に、信彦はハッと顔色を変えた。 「い、いや……そんなわけじゃ……」  いや、誰がどう見ても図星だったらしい。 「俺、信彦と出会ってまだ間もないからさ、まだお前の事あんまり知らないけど――」  柳はいつになく真剣な様子で信彦に語りかけた。 「お前って、普段はプライドが高くて、人一倍、誰よりも努力するくせに、なぜか女子が相手だといつも決まって自信を失うんだ。そして本来の力も発揮できずに、何もできなくなる……」  信彦はただ黙って受け止めていた。 「……過去に、何かあったの?」 「…………」  柳が問いかけるも、信彦は何も答えない。すると柳は諦めたように前を向き直った。 「ま、言いたくないなら別にいいよ。でも――」  そして、彼はさらに真剣な声で言った。 「お前が“女子”って生物に対して、どんな恐怖心を抱えてようが、もうサイコロは振られちまってるんだ。だから、アンタの番が来るまで俺達が証明し続けてやるよ……『俺達の方が強い』ってな」  そう言い放った柳。小柄な彼の背中は、どことなく大きく見えた。  そんな柳の見据える先、そこには―― 「…………」  いかにも屈強そうな女が威風堂々と、仁王立ちしていた。 「いや、前言撤回。やっぱ俺だけ負けると思うわ……体格差有りすぎだろ、あれ」  柳はすぐに踵を返して胸の前で手をフルフルと振ってみせた。 「だいじょ~ぶだぁ~、やなぎ~!じゅうどうは力持ちのほうがかつんだよ!」 「いや、だったら尚更無理だろ!」  元気づけているとは到底思えない幸太郎の言葉に、柳は彼らしくない大声でツッコミを入れる。 「ハッ、本当は私があのうすらデカいのとやりたかったのだがな。観念して出てこい!風華の時とは逆の立場にしてやる!」  佳奈はやる気満々のようだ。いよいよ逃げられなくなった柳。彼はゲンナリしながら中央へと進み出た。 「じゃあ~、三試合目~行くぞ~」  柔道ルールの審判は、柳に変わり幸太郎が務める事になった。 「中堅戦、始め~!」  試合が始まった―― 「おい、モヤシ野郎。私はお前たち男子のような卑怯者とは違う。こうしてここに立っててやるから、一発自由に技を掛けてこい」  彼女は試合前と変わらないポーズで大腕を組み、どっしりとその場に突っ立った。 「いや、柔道にも“階級制”というものがあってだな……純粋な力がモノをいうって要素があるんですよね~」  柳はやる前から諦観気味に、しょんぼりと人差し指で頬の辺りを掻いていた。 「ハッハッハッ!違いない!お仲間さんも言ってたもんな!『じゅうどうは力持ちのほうがかつ』って!投げる事が出来ないならさっきの不良の様に殴りかかってきても良いんだぞ!」  豪快に笑う佳奈。柳は渋々ながらも佳奈のもとへと歩いて行った。 「はいはい、わかりましたよ。せっかく好きな技掛けさせてくれるってんで、お言葉に甘えさせていただきますよ」  ブツブツふて腐れながら佳奈の襟と裾を掴む柳。佳奈もそれに応じるように自信満々な表情で力を込めた。いつ、どんな技を掛けられようが、対応できるように…… 「それでは……」  すると――  ふいに柳の身体がとてつもない勢いで反転した。佳奈の身体はグンと前に引っ張られた。  ――背負い投げだ。 「フン――ッ!」  しかし彼女の上半身が前に折れる事はない。柳の力に反発する様に、余裕の力を持って後ろに体重を掛ける事で彼女は踏ん張った。 「私の背筋力を舐めるな。そんな力じゃ私を投げ飛ばすなど一生かかっても出来んぞ」  さて反撃だ――佳奈は目の前で懸命に自分を背負い上げようとしている蟻を捻りつぶそうと、手を上げた。  しかしその時―― 「――と見せかけて『大内刈り』ッ!」 「あ」  その時、佳奈が感じたのは不思議な感覚だった。  特別強い力で押された訳でもない。体当たりの様にぶつかってきた柳の身体が特別重かった訳でもなかった。ただ感じたのは――  ――重力に従うように、吸い込まれるように仰向けに倒れていく自らの巨体と、ビックリするくらい簡単に滑り取られていった自らの左足だった…… 「きゃっ――」  ――ストン  投げられた、倒された、というより――コケた。彼女は無意識に可愛らしい悲鳴を漏らすとともに、尻餅を付いていた。狐につままれたような顔をしていた。 「有効!」  軽く転んだだけなので大きなポイントは取れない。柳はすぐさま寝技に持ち込んだ。 「あっ……あっ……」  彼の動きは特に俊敏という訳では無かった。ただスルスルと佳奈の上半身に乗っかり、何ら無抵抗の佳奈を押し倒した。まるで彼女は柳に従うかのようになされるがままになった。――そして気が付けばそこに、『袈裟固め』が完成していた。   「抑え込み!」  幸太郎が宣言する。瞬く間に起きたこの不可解な出来事。空手部をはじめ、女子たちはみな理解が追いつかなかった。 「麗菜さん!これはいったい何事でございますか⁉」 「解んないわよそんなの!佳奈!ちょっとアンタ、何をふざけているのよ!」  まず理解できなかったのは最初の『大内刈り』だ。上半身をぶつけ、相手の股に右足を差し込み、そのまま相手の左足を外に刈り取る技だ。もちろん相手を仰向けに転ばせるには十分な技ではあるが、かなりの体格差がある佳奈相手にそれが通用するとはとても思えない。それなのに佳奈はあっけなく倒れた。いや、尻から崩れる様なその不格好な倒れ方は、どこか大人が子供の為に戯れで倒れてあげているような、そんな風に見えて仕方が無かった。  その後も酷かった。わざと柳に抑え込まれて“あげた”ような形に見えた。観戦している女子からもブーイングの声が上がる。 「佳奈先輩!まじめにやってください!」 「遊んでないでさっさとやっつけちゃってくださいよ!」  彼女たちの声が聞こえ、やっと佳奈は正気を取り戻した。 「ハッ⁉……フッ!……むんッ!」  上に乗っかる柳を押しのけようと力を込める。 「やっと状況が把握できたみたいですね」  しかし、彼女がいくら頑張ってもひ弱な柳の身体を押しのける事が出来ない。――なぜか?――分からない。――だって、相手の身体はちっとも重いとは思わなかったから。  彼女は気付くことも出来なかった――自分が彼に対して力を加えるたびに、柳は体をよじって力を逃がしている事に。  彼は独り言のように続けた。 「掛けられた事の無い技を掛けられると――人間ってビックリするんですよ。ましてや普段から転ぶ練習をしていない素人さんともなると尚更です。人間、びっくりすると、思考が止まる。ほんのコンマ数秒ですが、止まるんですよ。でもそれだけあれば十分です。その間のあなたは何をされても反応できない。何をされても対応できないんです」  彼女は、今度は柳の背中をバシバシと殴り始めた。 「ゔっ、ゔっ……か、顔は殴らないでくださいね。……ゔっ、反則になりますから……」  しかし柳は彼女を抑え込むことを止めようとしない。佳奈は、本当はもっと“効果的”な部位を殴りたかった。腹を殴りたかった……その方がダメージは大きいだろう――しかし位置的に柳の身体前面を殴れる右腕は、彼によって自由を奪われていた。――なら左手は?左手で殴れるのは、後頭部か背中。……ほとんどダメージを与えられない、背中しかなかったのだ。 「いくらあなたが“力持ち”でも、その体勢でパンチ打っても全く効かないんだよなぁ……。あ、ちなみに抑え込みって20秒経てば“一本”ですから……もうすぐ10秒になりますね」  ちょうどそのタイミングで、審判が声を上げた。 「有効!」    彼にポイントが与えられた。 「ほらね、こうやってポイントが積み重なっていくんですよ、ちなみにあと五秒経てば次は“技有り”が入ります」  佳奈は必死でもがきあげる。彼女は足をばたつかせた。全く意味は無い。するとやがて彼女は両足を勢いよく天に突き上げ、下半身が浮き上がった反動を使って思い切り両足を地面に叩きつけた。ほんの少し、その衝撃で二人の身体が振動した。しかし抑え込みを脱するまでには至らなかった。しかし彼女は何度も何度もバッタンバッタンと両足を上げては叩きつける……。  これは、袈裟固めをされた人間が本能的にしてしまう動作だった。しかし、図体のデカい彼女がそれをすると可哀想なほど滑稽に見えた。陸に打ち上げられた魚に見えた。周りの女子たちの間では、思わず口元を緩ませてしまっている者さえいた。 「技有り!」  15秒が立った。あと5秒で一本だ。  ――もう終わりだ。誰もがそう確信した。  幸太郎が手を振り上げ、一本を宣言しようとした、その瞬間―― 「ウガァッー‼」  獣の様な雄叫び。彼女は最後の死力を振り絞った。 「え、ええッ⁉」  そして、あり得ない事が起こった。その出来事に、柳は彼らしくない戸惑いの声を上げてしまう。  柳によってしっかりと握られ、掴まれていたはずの彼女の道着の奥襟、裾。しかし、捕まえていたはずの道着から、彼女の姿が消えた。  ――ズルッ  まるで脱皮だ。上着を脱ぎ捨ててまで脱出した彼女。ハッと柳が頭を上げた先には――  ブラジャー姿の佳奈の姿があった。 「か、佳奈⁉」  道場中が驚愕に包まれた。 「……」  柳は何も声を発する事が出来ない。目を真ん丸と見開き、ただ目の前に映るピンク色の可愛らしいブラジャーを見つめていた。彼女の腹筋は綺麗なシックスパックに割れていた。 「ウガァッ!」  さきほどと同じような雄叫びと共に、彼女は我を忘れて柳に襲い掛かる。 「うわっ⁉」  かろうじて食い止めた柳。二人はがっぷりと手四つに組み合った―― 「ちょッ、お姉さん!服!服!」  狼狽した柳は、押し込んでくる彼女のパワーに耐えながらもオロオロしながら叫んだ。しかし当の本人は気にする素振りは一切ない。 「主将!どうしますか⁉」  審判の女子部員が麗菜の指示を仰いだ。 「麗菜ッ!止めてくれるなァ!この男を捻りつぶす!」  麗菜は一瞬逡巡した。今の彼女はひどい格好だ。空手部だけならまだしも、今この場には自分たちを慕ってくれている一般の生徒たちもいるのだ。しかし……  麗菜は道場の隅に目を遣った。そこにはいまだ気絶したまま打ち捨てられた風華と、その隣では仰向けに寝転がる、鼻から二本の包めたティッシュを生やした水羅。 「……ッ!」  麗菜は悟った。身なりの酷さはともかく、今は絶好のチャンスだ。佳奈は柳と両手同士を組ませ合い、圧し潰そうとしている。  彼女は決断した。 「佳奈!ひと思いにやってしまいなさい!」  その声に応ずるように、佳奈の口元がニヤリと歪められた。 「クッ……うぅッ……」  柳はなんとか堪えていた。 「ね、ねえ……そういえばなんですけど……」  彼は額に汗を浮かべながら佳奈に話しかける。 「まだあなたに……ひとつめの魔法についてタネ明かしをしていなかったですよね?」 「ひとつめの魔法……?」 「アナタを難なく大内刈りで倒せた理由ですよ」 「ハッ、ふざけたことを!さっきは油断していて倒れただけだ!」  強がる佳奈に、柳はフッと苦しみながらも笑みを漏らす。 「たしかに……幸太郎の筋肉バカも言っていた様に……柔道ってのは力持ちの方が強いんですよ。ですけどね……やっぱり柔道の基本は“柔よく剛を制す”――ですよ」 「笑わせるな!そんなのまやかしだ!現にお前は最初、私を投げられなかったじゃないか!」  たしかに佳奈は初っ端、柳が掛けた“背負い投げ”を耐えきった。 「ところがどっこい……あの“背負い投げ”がミソなんですよね」 「なにッ⁉」  彼女には彼の言っている意味が分からない。 「柔道ってね……基本的に、“普通に突っ立っている人間”を投げる事は出来ないんですよ――」  佳奈はただ黙って彼の続きを待った。 「なぜなら柔道技の根底にあるものは全て“相手の力を利用して”倒す事。その為には、何かしら相手に力を加えさせないといけないんですよ」  彼の言っている事は、佳奈にはいまだに意味がよく分からなかった。しかし、その言葉を聞いたとき、彼女はなぜだか背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。 「ほら、柔道ってどういうイメージ有ります?なんかこう……お互いが掴みあってダンスしている印象がありませんか?まあ、たしかに柔道知らない人から見たら『何してるんだアレ?』ってなりますよね?」  苦笑交じりに言う彼の説明は分かりやすかった。佳奈も昔、テレビでたまたま放送されていた柔道の試合を見たことがあった。彼女はその時の“柔道”を見て思った――武道じゃない、ただのフォークダンスだ、と。絶対空手の方がカッコいいと思ったし、強そうだと思った。  柳の言葉は、佳奈に鮮明にその記憶を呼び起こさせた。 「たしかにカッコ悪いですよね?早く技仕掛けろよって……思いますよね?でもね、あれはね、押したり引いたりすることで、相手に力を加えさせているんですよ。人間、押されれば無意識に、前に体重を掛けます。反対に、人間は前に引っ張られると嫌でも、後ろに体重を掛けるんです」 「後ろに体重を……。……ッ⁉」  そこまで言って、彼女はハッとなった。何に気が付いたのか、まるで柳は読み取ったようにニヤリと笑う。 「そうです。だからこその“背負い投げ”ですよ。あなたが耐えようとしたのか、はたまた無意識か、どちらにしろ作用反作用の力は働く。あなたは――後ろに体重を掛けたのですよ」  そして彼は意地悪い笑みを浮かべ、わざと皮肉な物言いで告げた。 「つまりはね、“力持ち”のあなたは……自分の“力”をもってして倒れたんです。僕の大内刈りは――そんなあなたをチョイっと手助けしてあげただけなんです」 「この……バカにしやがって……ッ!」  佳奈は悔しそうに歯噛みする。いまこそ、憎きこの、力無き男を捻りつぶさんと、両腕にありったけの力を込めた。 「はぁ……ホンット、あなたって、脳筋ですよね」  キリキリと押さえつけられながらも呆れるようにため息を吐いた柳。彼の挑発に、佳奈はさらに憤った。 「キッッッサッッッマァ~~ッ‼」  佳奈が大声で怒鳴りつける……  しかし――  彼女の叫びは――  つぎの一言によってピタリと止んだ―― 「アナタ今――自分がどんな体勢になってるか、分かってます?」 「……へ?」  そう言われて、彼女は初めて自覚した。 佳奈の全体重は――前方に傾ききっていたのだった…… 「――よっと」  くるり。  彼はスッと身体を引き、両手を捻る様に回した。途端、彼一身に向けられていた佳奈の絶大なパワーは、柳の身体を滑りぬけるようにして、何もない空間に放り出された。 「おわッ⁉」  思わず声が出た佳奈。何も特別な事はされていない。技らしい技なども掛けられていない。ちょっと身を引いて手を捻られた――たったそれだけの動作で、彼女の巨体はまるで物理法則を無視したかのように、フワッと飛んで空中で一回転した。  彼女の身体が、背中から地面に落ちた。  まるで魔法のようだった。みんな目の前で起きた事実を素直に呑み込めないようだった。 「いま……何が起こったの?何もしてないのに、急に佳奈さんの体が飛んだ……」 「佳奈先輩……なんで今自分から転んだの?」  しかしそんな中、男子側だけは大いに盛り上がりを見せていた。 「す、すごい……あれが『空気投げ』……初めて生で見た……」 「あれ⁉空気投げって、実戦で出来るもんなの⁉ヤラセじゃないと不可能な技じゃなかったっけ⁉」  幻でも見るかの様に呟く信彦と、興奮してはしゃぐ雄二。しかし柔道経験者である真也だけはいくらか落ち着いていた。 「いや、めちゃめちゃ実力差があったら出来るよ。タイミングがバッチリハマったらたま~に成功する」  しかしそんな彼もいつも以上にニコニコして興奮を隠しきれないようだ。 「――とは言っても狙って出来る事じゃないけどね。ほとんどマグレじゃないと出来ない」  綺麗に、完全に大の字になった佳奈。仰向けになったまま見上げると、その先には自分より二回りも小さな体の柳がそこに立っていた。 「『柔道は力持ちの方が強い』――これは、あくまで柔道としての技術がお互いに互角だった時の話です。ある程度実力差がある場合は、柔道って……自分より何倍もデカい相手でも投げ飛ばすことが出来るんですよ」  そして彼は、いまだ呆気に取られたままの彼女に言った。 「ね?柔道って、面白いでしょ?」  彼女はスッと目を閉じた。完全なる一本だ。これほどないまでに、完璧な。  そして、審判である幸太郎は判定を下す。 「有効!」 「…………ええッ⁉」  全員が大声を上げた。見ると幸太郎は片腕を斜め下に大きく伸ばしている。あれは“有効”のジェスチャーだ。 「おい!幸太郎!今のは一本だろうが!あれほど見事な技はねえだろ!」  柳は珍しく取り乱し、審判に詰め寄る。しかし幸太郎は、彼の言う事に同意する様に、大きく頷いて言った。 「うん!あれは見事な技だった!あれほど敵に対して“有効”な技も無い!」 「“有効”な技って……」 「うん!だから“有効”だ!」  一瞬呆然と言葉を失った柳。そして―― 「お前まだ柔道のルール憶えてないのか~ッ!」  あまりに激しく抗議するあまり、幸太郎は身の危険を感じて抵抗した。 「ちょッ……なに怒ってるんだ!“有効”もらったからいいじゃないか⁉“一本”よりもすばらしいじゃないか⁉」  男子たちは呆れかえっている。 「そうだった……忘れてたよ……アイツ……バカなんだった……」 「誰だよ……アイツに審判行かせたやつ……」  信彦と雄二が呆れかえり、真也はただ面白そうにニコニコしていた。 「佳奈!まだ試合は終わってないわ!今すぐ立ち上がりなさい!」  女子陣から湧いて出た麗菜の言葉に、柳はビクッと身を震わす。 「捕まれば勝ち目はありませんわ!早く立ち上がって打撃で勝負するのです!」  続いた彩乃の言葉に、佳奈はハッと正気を取り戻した。柳は焦りに焦った。彼はすぐさま幸太郎への抗議を中断し、今まさに起き上がろうとしている佳奈のもとへと走った。 「いろいろ喋りすぎて手のうち明かし過ぎちまったじゃねえかァァッ!」  彼女が立ち上がれば、もう彼女には触れさせてもくれないだろう。掴む前に強烈な一撃を食らって倒されるに違いない。  だから彼は飛び込んだ――  彼女が起き上がる前に、寝技に持ちこねばならなかった。 「フグォッ!」  いくら体重の軽い柳とはいえ、勢いよくのしかかられた佳奈の体にはそれなりに衝撃が掛かった。  彼はお互いに逆さの状態で彼女を抑え込む。 「おッ、あれ知ってる!シックスナインだろ?」 「上四方固めだよ!」  雄二が鼻の下を伸ばしながら出した卑猥な発言に、信彦はすぐさまツッコんだ。しかし、雄二の表現した“それ”も、あながち間違いでは無かった。 「……ウッ……くそッ……汚らわしい……」  抑え込まれた佳奈。今ちょうど、彼女の目と鼻の先には柳の下半身があった。いや――下半身よりももっと具体的に言うと、そこには柳の股間部があったのだ。 「抑え込み!」  幸太郎が宣言する。  佳奈は必死でもがいた。負けたくない――というより、男の股間を押し付けられるというこの地獄の苦しみから解放されたかった。  彼女は必死でもがいた。彼女は足で地を蹴り、足で地を蹴り、そうしてズルズルと、上部へ上部へと身体を引きずっていく。しかしそこは巧者の柳だ。抜け出されないように、彼も巧みに佳奈の動きについて行った。  その状態が続いた。そんな時―― 「あ……あれ?」  それは、佳奈の身体が上部に移動していくにつれて起こった。 女子生徒の一人がふとある部分を指さした。  地面を引きずる佳奈の体。見ると、ピンク色のブラジャーは畳に擦れるあまり、外れてしまっていた。 「おお!あれ!おっぱいだ!」  雄二たちが喜んだ。 「ちょっ……柳!お前じゃまだ!どけ!お前のせいで見えねえよ!」  雄二が乱暴に彼に指図した。信彦はそんな雄二をジトッとした目で見ていたが、それでも顔を赤らめていた。真也はスケベな顔でニヤニヤしていた。  いま佳奈の乳房は、柳の体によって守られているのだった。  そして―― 「おお!今度はズボンも脱げてきてんぞ!」  身体を頭側へと引きずるあまり、空手着の下衣がどんどんと下がっていく。そしてやがて、彼女のピンク色の下着が顔を出した。 「え?……く、熊⁉」  勝利しようと必死になっている最中に、柳はつい全く別の事で驚愕してしまう。 可愛らしい熊さんの顔がイラストされた彼女のパンツは、それほどに衝撃的だったのだ。  そのデザインは、そもそもピンク色といい――全くもって彼女のイメージに合わない趣味だった。 「ウガァァ‼」  自らのそんな状況に気付いていないのか、熊の様な雄叫びを上げる佳奈。そのがむしゃらさは、やがて彼女にとっての最後の砦までを陥落させようとしていた。 「おお!すげぇ!パンツも脱げんぞ!」  まるで泥沼に嵌まっていくようだった。  彼女が今の状況を脱出しようと足掻けば足掻くほど、ズリズリと最後の一枚までがめくれ落ちていく。いくら無欲そうに見える柳でも思春期の男子だ。彼は試合中にもかかわらず、目の前で起ころうとしている出来事に、ひそかに期待した。 「有効!」 幸太郎の判定が飛ぶ。あと五秒経てば、二本目の技有りで柳の勝利だ。 しかしその時、とうとう柳の目と鼻の先に―― 「……あ」  佳奈の秘部が姿を現した。  むくむく……  柳の股間が、むっくりと盛り上がる。 そして道着越しだが確かな硬さを帯びた彼の“モノ”は――  ――呼吸を荒げていた佳奈の口にすっぽりとハマりこんだ。 「…………」  彼女は案外すぐに理解した。自分の口に含まれた。この硬い物は何だろう――と。  理解すると同時に、泣きたくなった。するとなぜか――    ――括約筋が緩んだ。  柳は固まっていた。何秒経っただろうか?――五秒経ったか?いや、五秒経てば審判の宣告があるはず。――じゃあ五秒未満?それは信じられなかった。だって彼にとってはもう既に10分以上経っているような気がしたからだ。  初めて見る女子のアソコ。柳はかつて見たアダルト雑誌より、アダルトビデオより、鮮明に、かつ間近でそれを見た。ただ凝視した。細部までこまごまと見た。そして、あのプックリと出っ張っているのは何か?可愛らしい、この小さなふくらみ。それが気になり、彼がクリトリスの観察を始めようとしたその時―― ――突如その突起物から何かが発射された。 「ブアッ⁉」  まず感じたのは、“熱”だった。心地よい熱さの液体…… しかし次に感じたのは、不快感だった。生臭さ、酸っぱさ、アンモニア臭……アンモニア臭?  それが分かった時、柳は初めて自分の顔面に何をぶっかけられたのかを理解した。 「くっそ!こいつ!」  佳奈は、なぜか急に自分を放してくれた柳に対して疑問を持つ余裕もなく、すぐさま立ち上がる。彼女にとって、今は勝つことしか頭になかった。  すぐさま彼女は目の前の男に向き直った。 拳を構える。  しかし、その当の相手はどこか様子がおかしい。相手は顔を両手でしきりに拭いながら、唾をペッペと吐き出していた。 「きったねぇ!小便だ!小便漏らしやがったこいつ!」  その時、初めて彼女は自分が何をしたのかを悟った。ついでに、今の自分自身の姿にも気が付いた。  彼女の今の姿は、逞しく鍛えあげた肉体を露わに晒し上げた、一糸まとう事無い姿だった。ほどよく膨らんだ胸は体の中で唯一柔らかみを持っており、ギュッと引き締まった腹には綺麗に刻まれたシックスパック。そして野太い硬質の太ももに支えられるように、もじゃもじゃの毛に包まれた未使用の秘所があった。 「きゃあっ……」  堂々と構えた空手のフォームから、瞬時に自らの裸体を覆い隠す乙女のポーズへと変化させた佳奈。戦う誇り高き女戦士から、いたいけな少女へと姿を変えた。  大きな図体には似合わないその姿は、一種のギャップを生みだし、周りの人間たちをポカンとさせた。 「…………」  ポカンと口を開けた人々の一員だった柳。 「……ッ!いまだ!」  ハッと我に返るとすぐに彼女に踊りかかった。佳奈を倒すには、もう今しかない。思えばとっくに勝っているはずの試合だった。なんで自分はこんなにてこずっているのか、思い返すほどよく分からなかった。  ほぼ体当たりに近い勢いで彼女に組み付く。その力に反発するように、彼女の体重が前へと掛かった。 彼はその力に逆らわず、勢いよく反転しながら彼女の右腕を引っ張りこんだ――『一本背負い』だ。 「よいしょうッ!」  彼の掛け声とともに、グルンッと面白いように彼女の体は回転した。ビタンッと彼女の体が叩きつけられた。まぎれも無く一本だ。 しかし柳は動きを止めなかった。 「有効!」  幸太郎の声が響きわたる。  しかし柳はもう彼の声には耳も傾けていない。いまだ柔道のルールがよく分かっていないこの審判のせいで柳はいまこんな目に遭っているのだ。  彼は佳奈を投げると同時に、すぐさま寝技に持ち込んだ。しかし今回は抑え込みにはいかない。  彼は座った体勢の佳奈の背中に張り付いた。  そして彼は両足を佳奈の前に巻き付け、さらには彼女の太ももに絡みついて開脚させた。  目の前の一般女子生徒たちに見せつけるように、晒された佳奈の秘所。しかし柳にとって、それは彼女を辱める目的にしたことでは無かった。 「……ッ⁉……ッ⁉」  彼女はなぜか立ち上がれなかった。背中に軽量の男子一人背負ったくらい、彼女にとっては何でもないはずだった。しかし何故か立ち上がれなかった。  彼女の身体は、日常、いつもこうやって座っている時はどうやって立ち上がっていたかを必死で思い出そうとしていた。それは佳奈の脳内で考えている事では無い。身体の細胞たちが考えていることである。  主に二つあった。  一つは、伸ばしている足を曲げ、折り畳み、そして軽く手で地面を押して起き上がる方法――  ――ダメだった。  現在、自らの両足は柳の両足が邪魔をして、折りたたむことが出来なかったのだ。  次に、二つ目の方法を考えた。一度体を裏返してみる事だ。四つん這いの状態になれば、そのまま立ち上がる事が出来る。だから一度うつむけに転がってみよう――  ――ダメだった。  現在、柳の両足によって大きく開脚させられた自らの両足が邪魔をして、自らの身体をひっくり返す事が出来なかったのだ。 「はぁ……はぁ……」  体勢の都合から、彼女は斜め上の中空を仰いでいた。ちょうどそこには傾きかけた夕陽が窓越しに映っていた。――敵はどこにいる?――敵は後ろにいる。なんとかこの憎き敵を懲らしめてやろうと、彼女はその者目掛けて手を伸ばした。  しかし届かない――いや、敵は自分の可動域の死角に居るのだ。 何とか捕まえてやろうと手を動かした。 しかし気が付けば、自らの手は自分の意志とは無関係に目の前の中空ばかりを仰いでいた。  クルクルクルクル、空中に何かを描いていた。そこに敵はいない。居るのは夕陽だけだ。  しかしそれでも彼女は、マヌケな顔をしながら手で宙をかき混ぜるしかなかったのだ。  目の前で見ていた女子たち。いま、勇猛果敢、筋骨隆々で知られる彼女が全裸姿になっていた。強く、豪快で男らしい彼女は、この学園の女子生徒の中では憧れの存在だった。女子ながら恋心を寄せる者も少なくは無かった。  そんな彼女が、今はどうだろう。まるでソファーに縛りつけられた精神病患者の様に無駄と分かりながらも全く意味の無い所に手を伸ばし、敵を見据える事も無く、あさっての方向ばかりを眺めていた。  バカみたいだった。彼女の鍛えに鍛えたその筋肉は、まったく役に立ってなかった。 「いまから、あなたの首を絞めます」  柳が宣言した。 「だから無理せずギブアップしてください」  そして彼は、佳奈に対して裸締め(バックチョーク)を掛けた。 「~~~ッ!」  宙をさまよっていた彼女の両手は、今度はチョークに抗う為に使用された。彼女の顔がみるみる赤く染まる。  本能的に引き締めたアゴ。それは、二重あごの様になって中性的な彼女の顔を超絶な不細工へと変えた。 「早く、ギブアップしてください」  柳が促すも、彼女は苦しそうに顔を歪めているが、一向にタップアウトをする気配はない。それどころか彼女はますますその腕に力を込め、彼の腕を引き剥がそうとした。  そんな様子を見た柳――  彼は大きなため息を一つ吐いた。そして、なにやら彼は言いにくそうな口調で、彼女にこう告げた。 「あの~……言おうかどうか迷っていたんですが……」  彼の表情はむしろ憐れみの色を帯びていた。 「あなた……言うほどそんなに……パワーありませんでしたよ?」 「……ッ⁉」  彼女の目が見開かれる。 「あ、いや、女子にしてはもちろん強いです。僕よりちょっと強いかな~ってくらいです。でも……僕、男子の中でも力弱い方ですし、そう考えると、いくらあんたが身体を鍛えた所で……男の力には敵わないんじゃないのかな~……って思うんですよね」 「……」  彼女の目に涙が浮かんだ。柳は尚も続ける。 「だって、あの時だってそうじゃないですか。あの~力比べみたいな感じで組み合った時。あのとき僕、めっちゃ長々と喋ってたでしょ?投げ技の基本は~とかって言ってたでしょ?あの時だって、まあそりゃ力は強かったけど耐えられないほどでは無かった」  彼の言葉に、今まで佳奈が積み重ねてきたトレーニングの記憶が彼女の脳内を走馬灯のように駆け巡った。彼女は本来、男に生まれたかった。女であることに、昔からコンプレックスを持っていた。  女の立場なんていつもそうだったから。 『女は男に守られる立場』 『女は男に襲われる立場』 『女はか弱い立場』 『女はいつだって力が弱い立場』  それが嫌だった。――なんで女は強くちゃいけないんだ?だから彼女は鍛えた。空手を始めた。負けぬよう。せめて男に負けぬよう。  それでも…… 「……」  やはり男の力には、敵わなかった。   彼女が目を閉じると――その隙間から一筋の涙が零れ落ちた。  彼女の秘所からは――再び大量の噴水が、目の前の女子たちにキラキラと降り注いだ。

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男子柔道部 対 女子空手部 〜Defeat the phantom〜 Part 3

 白目を向いたままの風華の身体は道場の端っこに放置され、そのまま第二試合が始まろうとしていた。 「次は私が行こう」  いきり立つように立ち上がった佳奈は、肩をいからせながら場内に進み出ようとした。先ほどパワーで圧倒される形になった試合を目の当たりにし、彼女は居ても立ってもいられなくなったみたいだ。  しかし、気合十分で躍り出んとした彼女を、低血圧気味の冷めた声が抑えた。 「あたし、早く終わらせたいんで、先に行っていいですか?」  ツンとした態度で二つ上の先輩を制したのは、水羅だった。彼女はさきほどから、一試合目の惨劇を目の当たりにしても、どこか無関心にそれを眺めているばかりだった。 「ミラ、待て!お前さっき見ただろ⁉風華が成す術も無くやられたところを!柔道というものは侮れん!まずは私が行って対処法を探り出す!」  引き留めようとする佳奈を、水羅は顔も向けずにあしらった。 「要するに捕まらなければ良いんでしょ?風華先輩は油断して醜態を晒した――ただそれだけのことですよ」 「……ッな⁉キサマッ⁉」  あまりに無神経な物言いに、佳奈は激昂する。しかし当のミラはそんな佳奈相手にもどこ吹く風といった様子だ。 「心配しなくてもあたしはそんなバカなミスはしませんから。早くアタシの番終わらせて携帯いじりたいんですよ」 「キサマッ!風華の仇を討とうとは思わないのか⁉」 「足引っ張る人が悪いんでしょ?」 「キサマッ!許さん!」  佳奈は堪忍袋の緒が切れた様に、ミラに飛び掛かろうとした。 「待って!佳奈!」  止めたのは麗菜だ。 「麗菜っ⁉し、しかし……」 「落ち着いて、佳奈。ここはあの子に任せましょう」  驚く佳奈に、麗菜は続けた。 「彼女の堅実な戦いぶりは皆が認める所よ。彼女なら確実に勝てるはず。まあ、あの子はああ言ってたけどさ……別にいいじゃない。どっちにしたって卑劣な男子をコテンパンにしてくれるはずよ」 「……はあ、ホンットお前はミラの事を気に入っているんだな。こんな生意気な奴のどこが良いんだか。分かったよ。アンタに免じて今回の所は引き下がってやるよ」  麗菜の説得に、佳奈は呆れながらもしぶしぶ了承した。  一方の水羅の方はというと、二人のやり取りを見届ける前にもうすでに場内に歩み出ていた。中央にたどり着くと、彼女はさらさらのロングの髪を勢いよく掻き上げる。美しい金色がキラキラと輝いて、まるで金粉でも散っているかのように思えた。 「ミラちゃんって……ホントカッコいい」 「クールだよねぇ……憧れるわぁ……」  彼女は試合場の中央で、ただ“独り”輝いていた。眩いばかりの美貌を持ちながら、周りを寄せ付けないそのオーラは、周りの女子たちに様々な感情を抱かせた。憧れ、羨望、ジェラシー。  一般の女子生徒たちから、実にいろいろな視線を浴びせられながらも、水羅は凛として気に掛ける素振りも無かった。  そんな彼女を見て、麗菜は佳奈に囁きかける。 「これはアタシの予想なんだけど……あの子がいつも生意気な態度で大きな口を叩くのには理由があると思うのよ」 「理由……?あのビッグマウスがか?」 「ええ。ミラはきっと、ああやって自分自身を追い込んでいるのよ。あの子は結果を出し続けるからこそ、あの態度も、あの金髪も、あのビッグマウスもすべてが許される。彼女はそうする事で、どんなときでも常に自分の“仕事”を果たすことが出来る」  麗菜のその言葉に、佳奈はいかにも半信半疑そうな目で、再び試合場に向き直ったのだった。 「よっしゃあ……俺が行くぜぇ」  一方、男子チームから出てきたのは、不良少年、雄二だった。 「おいアンタ!見たところアンタだけは他の奴らとは雰囲気がちげぇな!どっちかってぇと俺と同じ匂いがすんぜ」  どちらも髪を染めているあたり、たしかに似た者同士のようにも見える。しかしミラは心外そうに眉を寄せると、目も合わせずに雄二をあしらった。 「悪いけど、あたしはアンタみたいに“臭わない”から」 「お高く止まりやがってよォ……その涼しげなツラ、泣きべそかかせてやんぜ!」  サバサバした水羅の対応に、ますます雄二はいきり立つ。立ち会う二人の様子は、対極的だ。激しく闘志を燃やす雄二、水の様に冷静な水羅。  そうして二人の試合――次鋒戦が始まった。 「おらおらおらおらぁ!」  開始と同時に、雄二が真正面からズンズンと歩いていく。その歩みはどう見ても柔道家としての歩法ではなかった……ただの不良が肩を怒らせて街を歩くときの恰好だった。スキだらけの彼に対し、水羅は半身の姿勢で両手を腰元で低く構えていた。まったく動じる様子はない。まったくいつもの無愛想な顔も変わりは無かった。  その光景に、麗菜はほくそ笑む。 「あの子は的確な一撃を放つことにかけては定評があるわ。相手が組もうと接近したところを、一撃を放って敵の勢いを止める――そして距離を取る。このヒットアンドアウェーの戦法は“接近する必要がある”組み技系の格闘技が相手である時こそ効果を発揮するのよ」  はたして麗菜の思っていた通りだった。水羅は、雄二が近づいてくるその前に無駄の無い動きで前蹴りを放つ。彼女の鋭い蹴りが、雄二の腹部に突き刺さった―― 「……ウッ⁉」  短いうめき声と共に、吹き飛ばされたのは――  ――なんと、水羅のほうだった。  激しく尻餅を付いた水羅は痛みよりも、驚愕に目を見開いた。言葉を失ったままの彼女が見た先には、片足をべったりと前に上げた雄二の姿だった。彼は素人丸出しのケンカキックで水羅を蹴り飛ばしたのだった…… 「へっ、早く立てよ。これで終わりじゃねえだろ?」  雄二の顔が不気味な笑みに歪む。 「なっ⁉おい、そんなのありなのか⁉」  佳奈が審判に向け抗議する。柳が冷静にそれに対処した。 「いや、今回のルールは特別ルールですよね?空手ルールと柔道ルールを合わせたものですから、別に反則では無いでしょう」 「た、たしかにそうだが!貴様らは柔道家だろ!」  まさか柔道部が蹴りを出すなんて夢にも思わなかったらしい。それは佳奈のみならず、その場に居る全員が同じ考えだった。  雄二はなんら悪びれる様子も無く吐き付ける様に言った。 「ハッ!俺は柔道なんて始めてまだ数か月だからな。どっちかってぇと中学ん時に路上と体育館裏で鍛え上げた“コッチ”の方がまだ得意なんだ。安心しろ!俺の得意技、『頭突き』は封印してやるよ!あくまでルールの範囲内で“めいいっぱい”やってやるよ!」  彼のそんな横暴な言い草に、周りで観戦する女子陣からは一斉にブーイングが湧き上がる。 「ケンカなんてサイテー!不良よ不良!」 「ミラ!あんなヤンキーやっつけちゃって!」  それは、解りやすい構図だった。一方は女子で、さらに空手家。対するもう一方は、粗暴な男子で、さらに武道家の端くれにも置けないヤンキーだ。  普段は冷たく、生意気な水羅が、今は正真正銘のベビーフェイスとなった。みな、水羅がヒールである雄二を打ちのめすことを望んだ。 「なによ!『路上と体育館裏で鍛え上げた』って、マジださい!」 「ほんとそれ!同じ殴り合いだったら毎日稽古を積んでる空手部の方が強いに決まってんじゃん、何考えてんの⁉」  中には雄二を嘲るものまでいた。 「うるっっせぇな……さっきの幸太郎の時みてぇに顔面グチャグチャにしてやんぞ」 「「ヒイッ……」」  雄二が外野に向けて睨みを利かすと、女子たちはたちまち黙り込んだ。しかし彼女たちの強気な態度は変わらなかった。みな、水羅に期待を寄せ、必死で応援した。  みんなの声援に応えるように、水羅は再び立ち上がる。しかし、彼女にとって別にそんなことはどうでもいい。彼女はただ、目の前の相手にどうやって打ち勝とうかという事だけを思案した。  そしてまた、水羅は構える。 「へっ、相変わらず澄ました顔しやがって……ボコボコにしてやんぜ」  雄二から見れば、彼女の表情は平然としたものに見えたが、しかし水羅のこめかみには一筋の汗が密かに流れていた。  そして再度二人は向き合う。今度は、水羅の方から動いた。 「……ッ」  掛け声も上げず、まるで静かなるスナイパーの様に、頭めがけて上段蹴りを放つ水羅。  それは――雄二の顔面を的確にとらえた。 「ぐはっ……」  相手が怯んだと同時に、距離を取る。毎度の彼女の必勝パターンだった。しかし―― 「おるぁあッ!」  たしかに顔面を打ち抜いたはず――にもかかわらず、水羅が距離を取る前にすぐに雄二の反撃が飛んできた。 「……ッ⁉」  しかし、水羅はかろうじて雄二のパンチを両腕で防いだ。 「あいつッ!なんで怯まないんだ⁉」  佳奈が驚愕する。雄二はツツ―と垂れ出た鼻血をペロリと舐め取ると、不気味に笑った。 「あんなにまともに入ったんだからダメージが無いはずは無い。おそらく、あの男は相当“痛み”になれているんだわ」  麗菜は彼のタフネスさ加減に舌を巻く。 「でもさすがはミラといったところね。上段蹴りは放った後のスキが多いから、並みの人間じゃあガードなんて追いつかないはずよ。彼女の鉄壁の防御の秘訣はあの並外れた反射神経にあるのよ」  水羅の運動神経に感心していたのは、麗菜だけではなかった。いまの水羅の攻防は、素人目から見てもかなりすさまじいものに見えたらしい。 「キャー!すごい!今、シュバシュバって、超すごかった!」 「ミラやっぱりカッコいい!超強い!あんなヤンキーなんか全然相手にならないよ!」  実際に攻撃を当てたのは水羅である。雄二の方は出血もしている。さらに彼の反撃は水羅の人間離れした動きによってしっかりと防御されたのだ。どう見ても彼女の方が優勢に見えた。事実、水羅の表情はいつもと変わらない、あの涼しげな顔だ。 「中坊ん時に金属バットで殴られたのに比べたら、んなもん痒くもねぇぜ。ほら、どんどん行くぞ!」  雄二はまたもやスキだらけの姿勢で距離を詰めていく。水羅は軽やかなステップで彼の周りをまわり、絶えず間合いを取り続けた。 「ミラ!その調子よ!動きまわって相手を翻弄するのよ!」  麗菜が水羅に声を掛ける。 「ほらぁ!ちょこまかすんじゃねェ!」  雄二が蹴りを放った。彼のデタラメな蹴りは、避けるまでもなくそもそも水羅に届きもしなかった。 「今よ!」  蹴り終わりの雄二を見た瞬間、麗菜がまた叫んだ。それを聞いてか聞かずか、水羅はスキだらけの彼のみぞおちに、鋭い中段突きを叩き込んだ。 「……うぐっ!」  思わずうずくまってしまいたくなるような激痛が彼を襲った。しかし雄二の動きは止まらない。水羅が突きを入れ込んで接近したちょうどそのタイミングで、彼は彼女の襟を捕まえた。  そしてお返しとばかりに、彼女の鳩尾にボディーブローを放った。 「……ッ!」  しかし、またもや水羅はそれを防いだ。観戦している女子たちから歓喜の声が上がる。 「すごーい!また防いだ!」 「やっぱ余裕じゃんっ!」  水羅は両腕で雄二のパンチを受けつつ後退すると、いったん構えを解いてピョンピョンと軽く跳ねた。筋肉をほぐしているのか、しきりに両腕をプラプラと振っている。  と、また雄二が彼女に接近した。そして彼はテレビでやっている格闘技を見よう見まねで覚えたような後ろ回し蹴りを繰り出す。思わず周りの女子たちが失笑してしまうくらいにヘタクソな蹴りだった。  当然、水羅には当たらなかった。軽くバックステップを踏んだだけで避けられてしまった。 「よしっ!」  麗菜がグッと拳を握りしめる。攻撃を仕掛けるチャンスである。しかし―― 「……あれ?」  麗菜は眉をひそめた。どういうわけか、水羅は攻撃を仕掛けないまま、雄二の横に回り込み、そのままさらに後退してしまったのだ。 「逃げ足の速ぇオンナだ!」  雄二は構わず水羅を追いかける。そして飛び込みざまに拳を叩きつけた。しかし冷静な表情でそれを見極めた水羅は、スッと横に身体を逸らして躱し、彼の後ろに回り込んだ。  ――今が絶好のチャンス!  麗菜が心の中でそう念じる――   「クソがっ!逃げんじゃねえ!」  しかし、水羅は彼の背後を取ったにも関わらず、さらに彼との距離を開ける。麗菜は訝しんだ。  その後も何度もそのような事が続いた。まるでイノシシのように突っ込んでいく雄二に対し、華麗にひらひらと蝶の様に舞う水羅はさながら闘牛士だ。その姿は、見ている者を魅了した。 「ミラがヤンキーを手玉に取ってるよ!」 「あのヤンキーほんとダサいね!攻撃全然当たんないじゃん!」  ――おかしい……  沸き立つ周りの女子たちを尻目に、麗菜だけはその光景にどこか違和感を感じていた。 「彩乃……アンタはどう思う?」 「……え?ええ。今の試合運びのことですね?」  急に声を掛けられた彩乃はビクリとつい不自然な反応をしてしまう。さっきの風華の事を気にしているのか、彼女はさきほどからずっと沈黙を守っていた。無論、麗菜はいま試合に夢中でそんな事は微塵も気に掛けてはいなかった。 「たしかに、おかしいですわね。たしかにミラさんはもともと距離を置いて闘うアウトファイターではありましたが、それにしても仕掛けなさすぎです」  彼女の分析に、麗菜も同意する。しかし絶えず、慎重な面持ちで動き回る水羅を見ていた時、麗菜はふと何かを予感した。 「あるいは……何かを狙っているのかしら?」 「狙っている?……何を?」  彩乃はつい聞き返したが、麗菜が言ったのはあくまで予感である。 「分からないわ。でも、あの子の、あの冷静な顔を見てると思うのよ。あの子はただ逃げ回ってるんじゃない。何かを待っている。……そうに違いないわ」  場内では、雄二が痺れを切らした様に拳を振り回した。 「おらおらおらおらッ!逃げてばっかじゃ勝てねぇぜ!」  水羅はその猛攻を後ろに下がりながらヒラリヒラリと躱していく。たちまち彼女はコーナーに追い詰められた。水羅はすばやく横に身を逸らした。しかし―― 「オルァアアッ!」  雄二がデタラメに放った回し蹴り。彼のキックは、ちょうど水羅が移動しようとした先に、出会い頭にぶつかった。 「……ゥ!」  これも寸での所で、クロスさせた両腕でガードする。しかしほとんどカウンター気味に、正面衝突の様に蹴りを食らったため、サイドにステップしていた彼女の身体はとつぜん急停止した様に勢いを失った。これにはさすがの水羅もユラリと一瞬ぐらつき、動きが止まった。 「もらったぁッ!」  押し付ける様な雄二の前蹴りは、ガードした彼女をお構いなしに弾き飛ばした。 「きゃッ!」  けたたましい衝撃音と共に、激しく壁に打ち付けられた水羅。常にクールで、サバサバした彼女の顔が、初めて歪んだ。 「へっ、強がってても可愛らしい声出すんじゃねえか」  彼女は壁伝いにズルズルと崩れ落ち、まるで悪い夢にうなされる少女の様に苦しげな表情を晒した。曲げた両ひざは、か弱い少女の様に内股に閉じていた。その姿は、普段の高飛車で気高いクールビューティーなイメージからは、掛け離れたものだった。 「場外!」  空手ルール担当の女子部員が声を上げる。雄二は水羅を置き去りに、悠々と中央に戻っていく。彼女もぐずぐずとしながら、やがてフラフラと立ち上がった。  周りの女子は呆気に取られていた。さっきまで彼女が優勢に見えていたにもかかわらず、いつの間にか試合の流れが変わっていたからだ。それでもみんなの声援は止まらない。 「ミラ!頑張って!」 「ファイト!ミラ!ファイト!」  『始め!』という掛け声と共に、また二人が動き出した。しかし雄二が前に出ていく前から、水羅はすでに後ろに下がっていた。  そこからは、まるで鬼ごっこだった。雄二の攻撃は、絶えず後ろに逃げ続ける水羅を捕える事は無かった。そのため水羅はダメージこそ受けなかったが、その闘いぶりは消極的そのものだった。勇敢さの欠片も無い。  ときどき雄二が彼女の道着を掴んだ。そして彼はそのまま彼女の身体を引き寄せ、殴りかかろうとする。すると水羅は、今まで誰にも見せた事の無いような鬼の形相を顔面に浮かべ、なりふり構わず掴まれた裾を振り払った。引きちぎるように雄二の拘束から脱出すると、彼女はその勢いのまま敵に背中を見せ、つまづきそうになりながらも必死の形相で走って逃げた。  これにはさすがに場が騒然とした。女子たちは混乱した。あれほど有利に立ち回っていた水羅がなぜかああやって情けなく逃げ回っている。その、あまりに非現実的な光景に彼女たちは全員さまざまな思案を巡らせた。  やがて、麗菜のみならず、一般の女子生徒たちも“ある考え”に達した。いや、それがいったいどういった“作戦”なのかは分からない。具体的な事は一切分からない。しかし、素人の彼女たちでもこれだけは分かった。  ――水羅は何かを狙っている。  彼女らしからぬ焦燥。彼女らしからぬ醜態。そして、あまりに突然すぎる劣勢。全てが不自然だった。――何かある。女子たちはわずかにこみ上げる期待を胸に抱いた。  そして、不幸な事に女子生徒たちのその様子は、男子側にも伝わってきた。信彦は敏感にその微妙な雰囲気を察知し、言いようも無い不安を感じ取った。彼は思わず叫んでいた。 「雄二!気を付けろ!そいつ、何か企んでるぞ!」  突如湧き出したその声に、麗菜は歯噛みする。 「クッ……頭の悪い男子のくせに……勘だけは良いのねッ!ミラ!奴ら、アンタの作戦に勘付いたわよ!早く決めてしまいなさい!」  こうなってはもう黙っていても仕方がない。一般女子生徒たちも皆一斉に声を上げ始めた。 「ミラ!早くやっちゃって!」 「空手部の期待のルーキーの力、見せつけてやってよ!」  さすがは一年にしてレギュラーを務める水羅である。彼女の力は全くの未知数であり、その実力は麗菜にも計り知れない。これからいったい何が飛び出すのか――皆が彼女に期待した。そして―― 「……ッ⁉」  彼女の体がグイッと引き寄せられる。 雄二がついに、水羅を捕まえたのだ。彼は水羅の細い両手首を掴み上げ、お互いの顔が、目と鼻の先にまで接近した。麗菜は目を見開く――おそらく、彼女が何かを仕掛けるならば、今がそのタイミングだ、と。 「いいのか?みんなアンタに期待してんぜ?」  ニヤリと笑う雄二が、水羅に言った。彼女の顔が険しくなる。掴み上げられた水羅の両腕……道着の裾がずり落ち、ほっそりと美しい生肌が露出した。 「みんなが期待してる“作戦”とやら……早くやっちまったほうがいいんじゃねえのか?」  彼は意地悪く囁いた。彼女は何も言い返さない。無言でただ、両腕に力を込め、抵抗を続けていた。  そして――彼はまた、今度はさらに声を潜めて、誰にも聞こえないように、そっと水羅に囁きかけた…… 「アンタ本当は…………とっくの前に戦意喪失してんだろ?」  彼女の両腕には――生々しい青あざがくっきりと浮かび上がっていた。 「ぐ……くッ……」  彼女の瞳はうるんでいた。 「ただ俺の攻撃が思ったよりも痛かったから、ビビって逃げ回ってただけなんだろ?ホント……笑っちまうよな。周りの女子たちはおろか、男子たちまでアンタに“期待”しだしたんだからな。『この子がこんなに弱いはずがない』『このスーパー一年生は必ず何かを狙っているはずだ』……てな。……本当はアイツらが言っている“作戦”なんてものは何もねぇってのによ」  なにやら様子がおかしいこの二人に、場内にヒソヒソとざわめきが起こる。 「麗菜……アイツ、いったい何を話しているんだ?」  佳奈の問いかけに、麗菜はただ呆然としながら首を横に振った。雄二が何を話しているのか、それはただ水羅のみだけが聞こえていた。  一方、雄二は尚もしゃべり続ける。 「武道なんてもんはな、しょせんこんなモンだ。これがもし点数制の空手の試合ならアンタはつえーんだろうが、実戦なら使えねえ。モノホンのケンカは血ぃ流そうが、骨折られようが立っていられる“根性”がモノを言うんだよ。お行儀よく正拳突きとかガードとかしてるやつには解んねえ領域だろうがな」  あまりにも悔しかったのか、水羅は何とか彼を引き剥がそうと必死にもがく。しかしやはり男子の力には勝てないのか、両腕はピクリとも動かない。首だけがブンブンと横に振れた。彼女の綺麗な金髪が煌めきながらも、乱れなびいた。  ふと、彼女の目に、周りで観戦する女子たちの呆気に取られた表情が飛び込んだ。まるで幼い子供が言語も理解できないままにテレビをボーっと見呆ける――そんな表情だった。 「ほら、お前に期待してるやつらにそんな顔見せても良いのか?」  からかうように言った雄二。水羅はいま、半分泣きべそをかきながら屈辱にあえぐように下唇を噛んでいた。彼の言葉に過剰に反応する様に、水羅は顔を隠した。彼女は雄二の胸元にその顔を埋めた。 「ミラ……」 「あの人……いったいどうしたんだろ……?」  もはや心配するような声が水羅の身体を包み込む。今この二人の状況は、まるで彼氏の胸で泣きむせぶ、いたいけな少女のような絵にとてもよく似ていた。 「自分がまさかこんな状況になるなんて思いもしなかったんだろうな。日頃から澄ましてるオンナほどこうなると脆いもんだ」  さらに煽る雄二。  すると水羅は最後の意地か、おもむろにガバッと顔を跳ね上げると、勢い付けて自らの額を雄二の顔面に叩きつけた―― 「ブッ……!」  身長の差から、彼女の頭突きはちょうど相手の口元に直撃した。雄二は一瞬怯んだ。水羅の手首を握っていた両手が、ふと緩んだ。 「……フッ!」  その隙にすぐさま相手を押し返し、水羅は渾身の正拳突きを放つ―― 「……フンッ!」  返す刀で今度は逆側の拳で正拳突き――彼女のラッシュが始まった。  正拳突き、上段蹴り、水月蹴り、とにかく彼女は相手を乱れ打ち、徐々に雄二を中央へ中央へと押し戻した。 「あの~、審判さん」  そんな風景をよそに、柳はもう一人の審判――空手ルールを担当する女子部員に呼びかける。  女子部員は彼を無視する様に、ただ苦々しげな面持ちのまま目の前の光景を見守った。 今から何を言われるのかを、知っている風であった。 「おれ、空手のルールあんま知らないんですけど……頭突きってどう考えても反則ですよね?」 「……」  彼女は何も答えない。ただ険しげな表情で、口を堅く結んでいた。 「あ~あ……“公平な判定”を期待していたんですがねぇ~」  今度は、柳は嫌みったらしくそう言った。それは試合が始まる前、彩乃が男子たちに向けて発した言葉だった。  それに対し、ついに女子部員は苦し紛れに答えた。 「あれは……こ、故意によるものではないわ……じ、事故よ。私たち伝統ある空手部が、卑劣な男子たちに反則なんてするわけない!」 「はぁ~、日頃から男子は卑劣~とか言ってるくせに、自分たちはオッケーなんですね。全ては『正義だから』『女子だから』『可愛いから』、だから何をやってもオッケーなんですね」  チクチク針を刺すような彼の言葉に、女子部員は何も言い返そうとはしない。彼は続けた。 「言っときますけどねえ……世の中には、生まれながらの善人も、生まれながらの悪人も居ないんですよ。極悪人でも善いことすれば褒められるし、仏様でも悪いことすれば怒られるんです。だからね、可愛い女の子だからって、悪事が認められていい訳じゃないんです。これは、別に今回の事だけを言っているわけじゃないんですよ」  相も変わらず黙殺する女子部員。つい、柳はため息を吐いてしまった。  場内に目を移すと、水羅はなおも雄二を打ちのめしていた。 「いって~……」  彼は切れた唇を押さえながら呟く。それは水羅のラッシュを受けて出た言葉では無い。さきほどの不意打ちによる頭突きを食らって出た言葉だった。 「……ッ!……ッ!……ッ!……ッ!」  水羅は一生懸命、拳を打ち込む。一発一発、力を込めて、打ち込んだ。 「見て……あれ」  周りの女子たちが不審に思う。 「あのヤンキー、本当に効いてるの?」  水羅の猛攻むなしく、雄二は微動だにしていないようだった。 「イケメンが台無しッ……じゃねえか、この野郎!」  彼がそう言っている最中、雄二の顔面にまともに上段蹴りが入った。しかし怯んだ様子は微塵もなく、彼は水羅の襟を捕まえた。そして彼女の身体を引き寄せざま、水羅のくびれた腹部に強烈な膝蹴りを刺し込む。……ガードされた。 「……いッ⁉」  しかしただでさえボロボロな彼女の腕は激痛に軋む。彼はなんども膝蹴りを放った。それは形式張った技なんてものは欠片も無い、素人同士のケンカでよく見る膝蹴りだった。 「……アッ⁉……キャッ⁉」  彼女の守りの上手さが裏目に出た。何度も何度も腕を痛めつけられ、彼女は短い悲鳴を上げた。とうとう彼女は、亀のように、敵に背中を向けてしまった。 「おいッ……こっち向け!」  柳はイライラしたように、彼女の尻を蹴り飛ばす。 「……んァッ!」  ビクンッ――と一瞬身体を仰け反らすも、尚も彼女は背中を丸めた。柳は何度も、水羅の小さなお尻を蹴りつけた。そのたびに上がる嬌声。まるでSMプレイだ。  身体を丸め、俯き、顔をシワクチャにさせた水羅の真ん前には、壁際に座って観戦する女子たち。彼女たちは至近距離から、水羅の情けない泣き顔を目の当たりにしていた。 「だからこっち向けっつってんだろ!」  ついに声を荒げた柳は、真上に足を蹴りあげる。彼の足はちょうど、俯いた水羅の顔面に直撃した。 「ぶぉっ……!」  鼻血を撒き散らしながら踊り狂う水羅。前後不覚になった彼女は片手で顔を覆い隠す様に押さえながら、どちらに雄二が居るかも分からぬまま手を前に突き出した。 「なんだその手?『もうやめてください』……ってか?」  挑発した雄二だったが、彼女の今の姿は誰がどう見てもそのようにしか見えなかった。 「そういえば……誰かが言ってたよな?」  彼は今こそトドメを刺さんと、水羅に近づいた。彼女はいまだ抑えた手の隙間から鼻血をボタボタと滴らせながら、顔を下に向けている。当然、彼の姿など視えていないようだ。  そして彼が、顔面を抑えている水羅の手を無理矢理引き剥がすと、もう今は美人かどうかすらも分からない、血まみれになった彼女の顔が現れた。彼はもう片方の手で彼女の襟首を掴み上げる。そして言った。 「“反則していいのは、反則される覚悟のある人間だけ”ってな」  思いっきり彼女の顔面を引き寄せた。と、同時に、彼は自らの額を叩き込んだ――  ――果実が砕ける音がした。 「『頭突き』は俺の得意技なんだよ。テメーが真似するなんざ百万年早ぇ……」  真っ赤な噴水が上がった。  真っ赤な雨の中、水羅は踊った。  いずれ彼女はバランスを崩した様に、転がり、うずくまった。 「あれは故意によるものじゃないですよ?……事故です」  柳が隣に向けて呟いた。しかし審判を務める女子部員は、激情した様子で彼を睨む。今にも抗議始めそうな様子だった。そんな彼女を、柳はたった一言で押さえつける。 「……プライド、無いんですか?」  彼女は場内に目を戻す。そこには尻を突き出す様にうずくまっている水羅と、彼女の頭をゲシゲシと踏みつける雄二。水羅は突っ伏しながらも顔面を両手で押さえていたが、雄二の踏み付けが痛かったのか、やがては両手で頭を抱え込むように守った。まだ意識はあるのだろう。その姿は、まるで苛められっこみたいだった。 「お~い、早くジャッジしてくれよ。ちなみに今コイツを蹴ってんのは反則じゃねえからな。一応寝技での打撃って事になんだろ?」  踏みつけながら、審判に向かってそう言ってきた雄二。女子部員は逡巡した。しかし、顔の周りに血の池を作る水羅は、どう見てもこれ以上戦える状態では無かった。 「一本!男子側の勝利!」  その宣言と共に、やれやれと言った様子で男子側陣営へと戻っていく雄二。一方水羅はというと、しばらくそのままうずくまっており、自ら立ち上がる様子は無かった。綺麗な金髪が、ひしゃげた毛筆の様だった。  麗菜が目配せをすると女子部員数名が水羅のもとへと駆け寄っていく。明らかに息のある彼女に何度か声を掛けるも、彼女が動く様子は無い。女子部員たちは渋々といった様子で彼女を無理矢理立ち上がらせ、両側から腕を回して歩かせた。水羅は支えられながら何とかよろよろと歩いていた。しかし、顔は両手で全て覆い尽くしていた。鼻血を止めるため――というよりかは、顔を見られたくないような、そんな風にも見えた。  まるで慰められるように支えられながら、水羅が道場の端っこへ引っ込んでいく間――麗菜をはじめ、一般の女生徒たちも、男子たちも、誰一人例外なく、みなただただ困惑を隠しきれなかった……  ――水羅は結局なにがしたかったのか?  結局のところ、雄二以外の人間からは水羅は特に不調な様子は無いように見えていた。いつも通り、ツンとした態度で、不遜な言動で、余裕ぶった表情で、涼しげな様子だった。だからこそ急に逃げ回ったのが不自然だった。そしてみんな推測した――何か秘策があるのだと。  そして結局、何もないまま終わった。実力未知数の大物一年生、水羅から何ら秘密兵器が飛び出すことが無いまま、彼女はただボコボコにされたのだ。  麗菜は拍子抜けした気分だった。ゴージャスな装飾が施された大げさな宝箱――中を開けてみると、空っぽ……そんな気分だった。

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男子柔道部 対 女子空手部 〜Defeat the phantom〜 Part2

「これより、女子空手部と男子柔道部による、5対5の団体戦を行います。今回は特殊な試合であるため、特別なルールを設けます!」  場内中央に立った一人の女子部員が、甲高い声でルールの説明を始めた。 「ルールは出来るだけ単純にするため、空手ルールと柔道ルールをそのままミックスさせたものにします。つまり、空手ルールにおける、蹴りを除き、顔面への突き(パンチ)の禁止、そして急所への攻撃の禁止、それ以外の打撃は全て有りとします。また、柔道における投げ技、寝技、関節技、絞め技、も有りとします。制限時間は無制限。決着は“一本”か“ギブアップ”、ノックアウトによるものとします。以上!」  ひととおり言い終えた女子部員は、そこで言葉を区切った。 「ちょっと質問いいか?」  すると、さっきからどこか落ち着かない様子だった雄二が、おもむろに手を上げた。 「……?」  女子部員が無言で彼を促す。 「寝ている時はどうなるんだ?ここが一番問題じゃね?柔道では寝技中に殴られることなんかねえからよ。そこんとこ決めねえと……」  そこは考えていなかったのか、しばし思案に暮れた女子部員は、麗菜たちの方を見遣った。 「寝技の際の打撃は有りよ」  彩乃が迷わず言い放った。その一声に、女子、男子、両陣営はまるで正反対の反応を示す。 「おい、んなのこっちが不利じゃねえかよ!」  雄二は相手に詰め寄りかねない態度で抗議した。しかし当の彩乃はそんな彼の勢いなど意にも介さない様子で冷静に対応した。彼女は常に洗練された笑みを湛えている。しかし、その笑みに柔らかさなどは到底感じず、底知れぬ不気味さがうかがわれた。 「当然の取り決めですわ。そうでないともしも寝技になった際、私たちは何も対応できなくなってしまいます。もしやあなた方は無抵抗の女性を一方的にいたぶる趣味がおありで……?」  優雅な言葉遣いのままに、挑発的に言ってのけた彩乃に、男子たちは何も言えなくなった。彼女は、“こうすれば男子を思うがまま操れる”という事を知り尽くしている様であった。 「……わかった。そのルールでいこう」  男子柔道部の主将、信彦は俯いたまま、しぶしぶ了承する。弱気な彼の態度に驚いて、雄二たちは一瞬信彦に口出ししそうになるも、すぐに諦めてそれに従う事にした。 「ご譲歩、感謝いたしますわ。ちなみに寝技の際も立ち技同様、顔面へのパンチは禁止、それ以外での攻撃は可といたしましょう」  すべては彩乃の言いなりでルールは決まっていった。 「ふん、なにが“無抵抗の女性”よ。本当はアンタが“無抵抗の男子”を一方的にいたぶりたいだけでしょ……」  そんな、麗菜の意地の悪いボソッとした声が聞こえた。 「麗菜さん。人聞きの悪い事を仰らないでください」  彩乃はそれを聞き逃さず、先ほどと同じ、不気味なまでに完璧に造られた笑みを顔に張り付けながら反応した。麗菜はそれだけでは飽き足らないようで、またも憎まれ口を付け加える。 「いや~怖いわ。ちゃっかり“時間無制限”って事になってるし、はぁ~、『彩乃女王様の無限SMショー』を永遠に見せられるのか~」  わざとらしく、うんざりとしたようにぼやく麗菜。そう言いながらも、彼女はどこか楽しみにしている感じが隠しきれていなかった。それは、他の女子も同様だった。   「その代り、柔道ルールでの判定はそちらの審判に任せるわ」  何を思ったのか、彩乃が今度は男子にとって有利な条件を出した。 「……?」  男子たちがあまりに唐突な彼女の譲歩にいぶかしむ。信彦が口を開いた。 「それってつまり……相手を投げた際に、“一本”かどうかを俺達に判断させてくれるって事か?」 「ええ、そういうことですわ。ま、せいぜい公平な判定をお願いいたしますわ。……あまり期待はしておりませんけど、フフ」  どうも彩乃は、男子たちが彼らにとって有利な判定をするものと決め込んでいるらしい。 「ま、妥当ね。ただし、アタシたちを“投げられたら”の話だけどね」  麗菜が余裕の様子で続けた。 「あと、どうせアンタたち、卑怯な反則とかしてくるだろうけど、それについても判断は任せるわ。ただしこれだけは言っておく……“反則していいのは、同じことされる覚悟のある人間だけ”……だよ」  彼女の絶対的な自信に満ち溢れた言葉に、男子たちはゴクリと唾を呑み込むばかりだった。  こうして、まずは第一試合目が開始された。 「先鋒隊!行ってまいります!」  風華が大げさな敬礼を決めて中央へと進み出た。一方、男子側から出てきたのは幸太郎だった。 「おい!おまえ!ちっこいの!おれは脳みそなんかじゃねえ!」  彼はいまだに先ほど風華に言われたことを根に持っていたようだった。 「うっさいな~、ちっこいちっこいって……あんたみたいなウドの大木は一番倒し甲斐があるんだよ」  彼女の態度とは裏腹に、周りで観戦している一般の女子生徒たちの様子は不安げだ。 「風華ちゃん……ホントに大丈夫?」 「体格差がありすぎるよ……」  風華は周りのみんなを安心させるためか、一般の女子生徒たちに向けてグッと親指を立てて見せた。 「安心したまえ!みんな!どんな攻撃でも、当たらなければどうという事はない!武道と言うのは体格差なんて関係ないという事を証明してみせよう!」  明るく、ふざけた様子でそう言って見せる風華に、女子たちは色めきだった。 「きゃー、やっぱり風華ちゃんカッコカワイイ!」 「頼れるー!風華ちゃんと付き合ったらあんな暴漢相手でも守ってくれそう!」  そんな声援に、風華はますます調子づいた。 「はっはっはっ、みんな守ってやるさ!みんなには指一本触れさせないよ!」  そんな彼女を前に、幸太郎はフンッと鼻から息を吹き出す。 「おまえバカか!たたかいなんてカラダでかいほうのかちだ!じゅうどうは力持ちのほうがかつんだよ!」 「うわーこのひと脳みそ筋肉で出来てるわー」  風華がジト目で幸太郎を見ていると、女子部員の一人が二人の間に位置取った。男子側から出てきたもう一人の審判は、柳である。理由は、彼が一番柔道に精通しているからであった。 「第一試合目、始め!」  合図が響き渡ると、まずは風華が動き出す。彼女は素早い動きで幸太郎の周りを回った。 「どうだい!うすらデカいの!私の姿が見えるかね⁉」  幸太郎は風華の動きを追うどころか、動こうとすらしない。なにがなんだか分かっていないようだ。 「くそ~ちょこまかと~」 「くらえッ」  幸太郎の太ももを鋭い音が弾いた。 「この!」  すぐさま彼女が“居た方”に手を出すも、つぎは逆方向から中段突きが飛んでくる。 「ぬうッ!」 「どこを見てるんだい⁉」 体格差ゆえ、彼女の攻撃は致命的なダメージを与える事は出来ないまでも、あきらかに幸太郎は苦戦を強いられていた。 「トウッ!」  またもや彼女の攻撃、今度は膝蹴りが幸太郎の脇腹へと突き刺さる。 「ふぐっ⁉」  いくら体格差があるとはいえ、勢いのついたヒザがまともに肝臓に入ればさすがに無事には済まない。しかも、幸太郎には風華の姿がまったく見えていない為、いわば彼女の攻撃は全て“不意打ち”と変わらないのだ。人間というものは、“意識の外”から攻撃を受けると、普通以上のダメージを受けてしまうのだ。  一方的な試合だった。女子側はまるでこの展開を分かっていたとばかりに別に驚きもせず、喜びもせず、余裕の笑みを浮かべ、またある者は無関心で、ただ平然とこの試合を眺めていた。一方男子の方は必死で声を張り上げ、幸太郎を応援するも、彼らの声は一般の女子生徒達の黄色い声援によって打ち消されてしまう。  五人以外の、全てのものがみな、この展開を望んでいた。 「ほらほら!どうした!そんな“亀さん”になって!ほら!そんな角っこに行ったらウッカリ場外になっちゃうよ!」 「うわ~~~んッ!」  バシバシと蹴られ、殴られながら試合場の隅に追いやられる幸太郎。彼はただうずくまる様にガードを固めるのみだった。しかしそれはいわば格闘技としてのガードではなく、ただ単に動物的な本能によって攻撃から身を守ろうとする――“いじめられっこ”がよくやるポーズだった。 「なにあの男子~めっちゃウケる!」 「なっさけな~い!」  外野の女子たちが容赦のない嘲笑を彼に浴びせる。しかし今の彼にとってそんなことを気にする事も出来ず、幸太郎は足を女子の様にX字にして、ついには泣いているかのような悲鳴をあげてしまった。 「もうそろそろ降参したらどうだい~?」  風華はもうすでに試合場の角に設置されたサンドバッグを殴り続ける事に飽きてしまっている。そしてついに、彼女は一際渾身の力を込めて、大きく飛び上がった―― 「これで終わりだッ!」 150センチほどの身長の彼女が身軽にパッと浮き上がり、180センチの幸太郎のアゴを――カツン――と蹴りあげた。 「……」  幸太郎はものも言わず、ガックリと両膝を着く。 「やっぱ、大きい人は倒し甲斐があるね」  風華は彼が崩れ落ちるさまを最後まで見届けもせずに振り返った。そして彼女の小さな背中の前で、大男がゆっくりと前のめりに傾き―― 「……え?」  風華の道着を掴んだ。 「あ……」  周囲の人々は呆気に取られてしまった。別に驚きもしない、喜びもしない、ただ突然、幸太郎が倒れ際に風華の背中の道着を掴んだ――ただそれだけの事だった。 「やっと捕まえたよ~」  さっきまでの泣き顔はなんだったのか?幸太郎はケロッとした表情でむっくりと立ち上がる。彼女の道着は、掴んだまま離さない。 「きみ~、まだ倒れてなかったのか?いい加減しつこいよホント!」  風華はやや呆れ気味にため息を吐いた。道着を掴まれている事は、気にも掛けていないようだ。   「仕方ないな……よし、もう一度ボコボコにしてあげるから大人しくしてなさい」  そして彼女は幸太郎に向き直る……が―― 「あれ?」  ――向き直れない。そこでやっと、彼女は自分の背中が掴まれている事に気が付いた。そして、つぎの瞬間…… 「さあ、ここではやりにくいから、真ん中にいくよ」 「……ぅッ!」  彼女の身体はとてつもない力で引っ張られる。彼女は自らの身体に、軽いGが掛かった感覚を覚えた。抵抗する余地も無い、まるで重機にでも引っ張られたかのような絶対的な力だった。 「なかなか道着を掴めないから一芝居うって良かったよ。捕まえてしまえばもうこっちのものだからね」  さっきとは打って変わって平然とした幸太郎に、女子チームは驚きの声を上げる。いかにも頭の悪そうな巨漢の男が、意外にも狡猾な手を使ってきたのである。 一方の風華は反撃を繰り出そうとするも、風華は背中向きにズルズルと尻餅を引きずられてとてもそれどころではない。そのさまはどこか駄々をこねる子供が親に引きずられていくようなそんな滑稽なシーンだった。  そして、とうとう道場の中心まで戻ってきた。 「さあ、『ジュード―』の時間だ」  それは、まるでフニャフニャの人形と“柔道ごっこ”をしているみたいだった。綿の様な風華の身体は軽々と、しかし風を唸らせながらものすごい速度で幸太郎の頭上を、風車の様にぐるりと一回転した。  ――道場が震えた。轟音と共にすべての人、物、空気が上下に震えた。  その現象はうつ伏せに叩きつけられた風華の体内でも同じ様に発生した。体験した事の無い衝撃と共に彼女の体内のすべての肉、骨、血液とが上下に震えた。震えたのである。道場内の人間すべてが、何が起こったのかが分からず、混乱のあまり息をすることを忘れた様に――  風華の身体すべても、何が起こったのかが分からず、混乱のあまり“呼吸”することを忘れた…… 「……ッか!…………ッか!……ッか!」  のちのち思い出してみると、風華の漏れ出た声はとてつもなくシュールで滑稽なものだった。ともすればふざけているのではないかと取られるくらいに、面白い声だった。鼻から抜けたような、歌舞伎とかで発しそうな、そんなマヌケな声だった。  彼女は立ち上がれない。全身、余すことなく全面を地面に打ち付けられた彼女の身体はピクリとも動かなかった。小動物の様な風華の目が大きく見開かれている。全身を打ちつけられるという出来事がもたらす“効果”に驚き慄いているようだった。   そしてその場に居る誰もが、風華の“一本負け”――彼女の敗北を悟った…… しかし―― ――その時だった。 「技有りッ!」  全員の視線が、柳に集まる。 「ちょッ……今の、“一本”じゃないの⁉」  麗菜が叫んだ時、男子たちの間から冷やかす様なヤジが飛んだ。そのヤジは、幸太郎に向けられたものだった。 「バッカ、おめえ!背中から落とさねえと“一本”じゃねえんだよ!」 「幸太郎はあいかわらず柔道がヘタクソだな……」  雄二と真也が、ゲラゲラと笑いながら幸太郎をこき下ろす。 「うっさいな~!意外に難しいんだよ、これが!くっそ~、一発でキメるつもりだったのに~」  幸太郎の顔は真っ赤に染まる。恥ずかしさのあまり、訳が分からなくなっているようだ。 「ちょっと審判!これもう勝負は決まってるでしょ⁉」  麗菜は『柔道ルール』の審判を務める柳に抗議する。しかし彼は事もなげに、ごく当たり前の事をごく当たり前に説明した。 「“一本”というのは『相当な速さ・相当な強さ・背中を大きく畳に付ける』の三つが揃って成り立ちます。今回の場合は『速さ』と『強さ』はあったものの、『背中を畳に付ける』までには至っていません。三つのうち、どれか一つが欠けたら『技有り』になるんですよ。よって――試合は続行です」 「な、なによそれ……彼女はもう闘える状態じゃないわ!」  柳は表情を変えずに、言った。 「僕はあくまで、“公平な判定”をしたまでです」  麗菜の隣に座る――彩乃の眉が、ピクリと動いた。  すると場内の方では何やらまた喧騒が上がった。 「ああッもう!今度こそ決めてやる!」  幸太郎は両手をグッと上に引き上げる。釣られて風華の身体もぐらりと引き上げられた。力なく、ぐったりと身体を浮かせる風華は、まるで上から釣られた操り人形の様だった。 「ウォラーッ!」  興奮した幸太郎はやけくそになって風華を振り回した。もはや技でも何でもない。彼は片手でまるでハンドタオルでも振り回すかのように頭上でグルグルと彼女の身体を旋回させると地面に大きく叩きつける。 「おゔぇッ……!」  小さな体が跳ね打った。叩きつけられた反動で跳ね上がった風華は、空中を舞いながら、へそを天に突き出す様に身体を仰け反らす。今度はたしかに背中から落ちたのだ。 「……」  しかし審判は何の判定も下さなかった。 「くそ~~ッ!」  その判定に、幸太郎はますます赤面した。そして彼はとうとうデタラメに、∞字を描くように風華の身体を振り回し、何度も何度も地に叩きつけた。叩き付けては振り回し、叩きつけてはまた、振り回した。 「……」  もはや風華の悲鳴すらも聞こえない。滅茶苦茶にされすぎて、今彼女がどんな表情をしているかすらも分からないのだ。ただ、彼女の身体がすでにボロ雑巾のようになっていることだけははっきりと分かった。 「ちょっと、審判!さっきから何で黙ってるのよ⁉」  またもや麗菜が声を張り上げた。さきほどから審判はいま目の前で行われているこの公開処刑をただ眺めるばかりで、何の判定も下そうとしない。 「アンタまさか……風華を痛めつける為にわざと判定していないのね……」  彼女は憎悪を込めた目で柳を睨み付ける…… しかし、柳の反応は冷ややかなもので、かつその答えは至極真っ当なものだった。 「いや、あれはさすがに技とは呼べないでしょ。柔道というのはあくまで技の最中もしっかりと相手の身体をコントロールすることが原則です。まず片手で振り回してる時点でダメです」 「クッ……」  あくまで正当なその判定理由に、彼女は何も言い返せない。  そんな時、試合場を取り囲む一般女子生徒たちからも抗議の声が上がった。 「風華ちゃんをそれ以上苛めないでよ!」 「早く技決めて!早く終わらせてあげて!」  あまりの惨劇に耐えられなくなったのだろう。彼女たちはみな、幸太郎に対して懇願する様に声を上げた。 「うるせえな~、俺も早く決めたいんだよ……」  彼は悔しそうに歯噛みする。なかなか一本が取れない事にだんだんとイライラしてきているのだ。ちょうどそんな時だった――女子生徒たちの中から、一際大きな声が飛んできた。 「ホント柔道下手過ぎッ!このうすらデブ‼」  一般の女子生徒の一人が発した暴言に、幸太郎の眉がピクリと動く。 「なんだとコラ~……」  彼はその声の主である女子生徒をギロリと睨みつける。そして、すでにぐったりと動かなくなった風華の身体を、再び両手で持ち上げる。しかし女子生徒は幸太郎に対する憎しみを吐き付ける事に夢中で、彼が自分に怒りを向けている事に気付かないでいた。そしてまた彼を罵った。 「何でもいいから早く試合終わらせやがれこの脳筋野郎ッ!」 「また言いやがったなこのアマ~‼」  獣のように吠えながら、ブンッ――と風華の身体を放り投げた幸太郎。彼女の身体はまるでロケットの様に頭で空を切り裂いていった。彼女の身体は、さきほどの女子生徒めがけて突っ込んでいった。  そして―― 「この豚ッ!でくの棒!ウドの大ぼ……ッ」  グシャアッ―― ――という、スイカを潰した様な生々しい音と共に、彼女の言葉がそこで途切れた…… 「…………」  ボーリングと同じ重量と言われる人間の頭。勢いよく突っ込んだ風華の頭は、さきほどまで幸太郎に罵詈雑言の限りを浴びせ尽くしていたその一般の女子生徒―― 「……ひぃッ⁉」  ――の、となりに座る別の女子生徒の顔面にめり込んでいた。 「…………」  道場内は、静寂に包まれた。ポタリ、ポタリと、何か水滴が滴り落ちる様なかすかな音だけが、はっきりと聞き取れた。 風華の頭が、哀れなとばっちりを食らったその女子生徒の顔面に深く突き刺さっている……そのため彼女の表情を窺う事は出来なかった。すでに意識が無い事は明らかだった。さっきまで風華を応援する為にえいえいと振っていた両手も、いまはダランと力なく垂れている。そもそも、生きているのだろうか?それすらも、分からなかった。ただ一つ言えるのは、あれだけ静かだった道場内は、静寂な空間と化した。静寂な空間の中、一つの声が、ポツリと降ってわいた。 「場外」  場違いなほどに冷静な柳のその声が静かに響くと、幸太郎はさきほど暴言を吐いていた女子生徒に近づいていく、のしのしと。 「……アッ……アッ……」  今しがた、自らの顔のすぐそばを人間の頭が掠め、さらにはすぐとなりで自らの友人がオシャカにされたその事実に加え――今まさに巨大な人影が自らの視界を覆い尽くそうとしているその状況に、彼女は声を上げる事すらできなかった。  そしてついに、静かな怒りに震えた暴漢が彼女の目前までやってきた。巨人は、恐怖に震えるばかりの哀れな仔羊に手を伸ばした。  ――やられる  そう確信し、彼女はギュッと目を瞑った…… 「…………」  不意に、彼女の右の耳元をネッチャリとした音が纏わりついた。恐る恐る片目のみを開けてその音のもとに目を向ける。 「……へ?」  見ると風華の頭は彼女の友人の顔面から引き抜かれようとしていた。あんなに可愛かった友人の顔は見るに堪えないほどに醜く変わり果てていた。そのひしゃげた鼻っ柱からは粘着質な黒い血糊が風華の額へと、まるで納豆の様に糸を引いていた。  そして、まるで手提げかばんの様に片手で風華をぶら下げた幸太郎がこの世の人間とは思えないほどの恐ろしい目で、小さく震えながら腰を抜かす目の前の少女を睨み付ける。彼女の周りには小さな水たまりが出来ていた。鼻を突く匂いがした。 「おい、つぎ俺のことをバカにしたら……こんどは確実に殺すからな」  彼女は小さくしゃくりあげるばかりで、何も返事が出来なかった。 「おい貴様!」  場内に戻る幸太郎に、一つの野太い声がかかった。筋骨隆々の逞しい女、佳奈だった。 「私が相手だ。貴様は私の手でひねりつぶしてやる」  湧き出る殺気を隠そうともせず、彼女はもう立ち上がりかけていた。その様子に、女子たちの様子に希望の光がパッと灯る。 「ああ⁉なんだぁ~おまえは~‼」  単細胞な幸太郎は簡単にその挑発に反応する。それに対し、女子たちは『しめた』と息を巻いた。幸太郎の強みと言えば、その絶対的な力だ。しかし佳奈であれば――その、女子とは思えぬほどのパワーを自負する彼女であれば、あの巨漢の男と渡り合えるかもしれない。事実、佳奈の表情に不安のくもりなどは一切なかった。  そして、彼女は幸太郎の前に歩みを進める。幸太郎と佳奈、二人の視線が激しくぶつかりあった。その場に居る全員が息を呑んでその光景を見守っていたその時、一つの声が静かに上がった。 「……いや、ダメですよ」  審判、柳だった。 「あの、さっきのはあくまで場外です。まだ試合は続いてますから」  無機質に言葉を並べる彼に、佳奈は信じられないといった様子で怒鳴りつけた。 「おい!バカな事を言うな!どう考えても彼女はもう闘えない!決着はついただろう!」 「いや、場外でノックアウトはさすがに無効でしょう。ルールは『決着は一本、ギブアップ、ノックアウトによるものとする』……では無かったでしょうか?“戦えなくなった状態”というのは聞いてませんが……」 「グッ……」  常識的に考えておかしい事ではあるが、しかし理論としては一応の筋が通っていた。 「第一、柔道ルールには“ノックアウト”というものはありません。それに、どうやらまだ彼女は意識があるみたいですし……」  見ると場内では、風華が両ひざをつきながらも幸太郎の大木のような足にしがみついていた。彼女なりの意地、なのだろうか。彼女は顔を彼の太ももに埋めるようにしていた。顔を見られたくないのだろうか……  女子たちはどうして良いのか分からなくなった。散々男子たちをコケにしていたにも関わらず、あまりにも一方的な展開になってしまった。彼女たちはそうなった時の事を一切何も考えていなかったのだ。 「幸太郎、そろそろ決めてやれ」  彼女たちが手をこまねいている間に、柳が場内の幸太郎に声を掛けていた。幸太郎は足元に食らいついている風華を見つめながら、どうやって投げようかを思案しているようだ。 「いや、おれも決めようとしてんだけどなかなか決まらねえんだよ!」    そう反発する幸太郎はかなり興奮している。わざとやっているのではなく、どうやら本当に技が決まらないらしい。 「さっき相手を放り投げた時のように、同じ形で今度は相手の身体を下へと落としてみろ。さっきお前がやったの、あれ、『肩車』っていう技だから」 「マジで⁉ただのボディースラムじゃん!プロレスの!」  柳のアドバイスに、幸太郎はまるで初めて聞いたかのように驚いた。その反応につい柳は呆れてしまう。 「お前……教えたことあっただろ?『肩車』は初段を取る試験でも“型”の一つとしてやらないといけないからちゃんと覚えとけよ……」  『なるほど……』とぶつぶつ言いながら再び風華を持ち上げようとする幸太郎。その様子に、女子たちは息を呑む。  そして―― 「食らえ!必殺、『ヒコーキ投げ』‼」 「いや……それはレスリングでの呼び名だろ」  柳のツッコミを最後に、幸太郎は小さなボロ雑巾を、地面へと叩きつけた。 ――鈍い音がした。  彼女は真っ逆さまに落ちた。脳天から真っ直ぐ地面に落ちた。技術的にあまりにも未熟な幸太郎は、彼女の身体を背中から落とす事すら出来なかったのだ。  ポテン――と倒れた風華の体躯。首が、変な方向に曲がっていた。 「風華ッ!」  麗菜が彼女のもとへ駆けつける。風華は仰向けに寝そべりながら、身体をビクビクと激しく痙攣させていた。口からはカニの様に泡が噴き出している。  決着だ。試合は終わりだ。どう見ても、どう考えてみても、これはもう決着だ。焦燥、懇願、憎悪、いろんなものがごちゃ混ぜになった表情で、麗菜は柳を見た。しかし、審判は冷徹な、無機質な表情で、非情にも腕を真横に振った…… 「――技有り」  麗菜の顔から色が消えた。ただただ絶望のあまり、言葉を失った。 「さっきも言いましたよね?速さ、強さ、背中から落とす、この三つの内の一つでも欠けていたら“一本”にはなりません」 「そんな……」  ポツリ……とただ彼女は呟くしかなかった。すると、柳はそんな彼女の様子を見てわずかながら、意地悪くほくそ笑んだ。 「……安心してください。技有は二つ取れば“一本”になります。これは二つ目の技有なので試合終了ですよ」  彼は明らかにわざと麗菜の不安を煽っていたのだ。彼女たちが柔道ルールを知らない事を良い事に、少しからかってみたのだ。麗菜、および他の女子たちは憤慨するよりも先に、今は安堵の気持ちが勝った。その事実がさらに自分たちの自尊心を傷つけた。 「合わせて一本、それまで!」  腕を真上に上げ、正式に判定を下した柳。   「彼女を保健室に運んで!早く!いや、救急車よ!」  麗菜が狂ったように叫ぶと、女子たちは度を失って騒ぎ立つ。恐らくは頸椎が損傷している。かなり危険な状態だ。一刻も早く彼女に応急処置を施さなければならない――みな、その事だけが頭の中を占めた。  その時だった―― 「『スムーズに試合を進める為、大怪我をしてもすぐに手当はできませんので、あらかじめご了承を』――たしか……そんな取り決めを、“誰か”がしてましたよね?」  相変わらず淡々としたその声で、しかしどこか皮肉めいた口調で言ったのは、やはり柳だった。 「――ッ!なによ、そんなこと誰がッ⁉」  今まさに風華を運び出そうとしていた麗菜が、驚愕に打ち震えた。 「そこに居るじゃないですか、そこの――誰だっけ?名前忘れたけど」  彼が指を差した先――そこで固まっていたのは、彩乃だった。 「え……え、な、なんですの……?わ、わたくしが……」  普段の落ち着いた態度からは考えられないような表情で、彼女は口をパクパクさせている。 「みんな、言ってたよな?」  柳は後ろに控える男子たちを振り返る。 「ああ、言ってた。そういえば『途中で逃げられても困りますしね』――とも言ってたよな?俺は聞き逃さなかったぜ」  雄二をはじめ、他の二人もウンウンと頷いた。 「この……外道ッ!」  女子たちは皆一様に男子たちをキッと睨み付ける。柳は困惑気にため息を吐いた。 「いやいや、俺達が責められるのはおかしいでしょ?もとはと言えばあの、あんたらのお仲間さんが余計なルールを決めたのがいけなかったんでしょ?なんですか?自分の事は棚に上げるんですか?卑怯ですねー、誇り高き女子空手部の皆さんは」  煽りに煽ったその口調。しかし彼の言った事は至極真っ当な正論だった。彼女たちはただ歯噛みするしかなかった。そのまさに中心にいる彩乃は、一言も言葉を発する事が出来なかった。当然だ。柳の言った通り、これは彩乃の身から出たさびなのだ。弁明、抗弁、謝罪、すべてが“白々しい言い逃れ”に聞こえる状態である今、彼女にとって最も賢明な判断は、“ただ黙りこくる事”だった。 彼女にとって幸か不幸か、まわりの仲間たちは誰も彩乃を責めなかった。――理由は二つある。 一つはこの学園における、彩乃のカーストの高さだった。名家の出、容姿端麗、頭脳明晰、女子空手部副主将である彼女は、学園中の人間から絶対的な信頼を集めている。そのため誰も彼女に対しては何も言い出せないのだ。 二つ目は、女子たちの強固な結束である。男子柔道部という全女子共通の敵を相手にしている今、彼女たちの憎しみは全て彼らに向いていた。集団心理において、少々の不満や怒りなどは全て、共通の敵にその矛先を向ける事で解消できるのだ。 だから誰も彩乃の事を咎めない。表面上では、みな、『重傷を負った風華が応急措置を受けられないのは、鬼畜な男子たちのせいだ』と思い込んでいる。しかし、みんな自分自身の心の奥底に気が付かないようにしていた。彼女たちは内心、心の奥底では―― 『彩乃、アンタのせいだろ』――と、思っている事に…… なにはともあれ、女子たちの間に、言いようのない“気まずさ”が生まれた。彩乃はその全身に、ひしひしとその空気を感じ取っていたのだった。

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男子柔道部 対 女子空手部 〜Defeat the phantom〜

 高く蹴り上げられた足が夕陽に煌めいた。無駄な音は一切立たず、ただ木板の割れる小気味良い音だけが軽く響いた。 「きゃー!すごーい‼」 「カッコいい‼さすが空手部のエースだね!」  道場のあちこちでいくつもの拍手と歓声がざわめき立てる。壁際から送られる女子生徒たちの羨望の眼差しは全て、道場の真ん中にいる白い道着に身を包む少女たちに向けられたものだった。 「さすがね、彩乃(あやの)。以前よりも上段蹴りのキレが増してるわ。まあアンタがエースだって言われてることには納得できないけど、あたし以外でアンタに敵う人間はもうこの部には居ないでしょうね。来週の大会も副将として頼んだわよ!」  内面の傲慢さがそのまま顔に表れた様なポニーテールのその少女は、割れて二枚に増えた木片を重ねつつ、目の前の部員を褒め称えた。 「わざわざそう仰らなくても十分に分かっていますわよ。この部の本当のエースは私なんかではありません、主将である貴女ですわ、麗菜(れいな)。実際の試合になると技術のみならず、気合だとか根性だとか、そういった部分がモノを言います。貴女のその心にある気位の高さには、だれも敵いませんわ」  彩乃と呼ばれた少女は、あくまで謙虚にそう言った。綺麗な長い黒髪が象徴する様に、その身から教養の高さを醸し出す長身の彼女は、その一挙手一投足が優雅な雰囲気に包まれていた。本来格闘集団であるはずの女子空手部の中にあっては、彼女の存在はかなりの異彩を放っていた。   「さて、つぎは組手をするわよ!みんな、二列に並んで!」  キンと良くとおる声で麗菜が指示を出すと、その他の空手部員たちがぞろぞろと整列し、互いに向き合う形で整列した。 「げぇ……あたし、佳奈先輩とだぁ~……」  ある空手部員がゲンナリした表情を目の前に向けた。その先には他の女子たちよりも一回り大きな体躯を持つ、筋骨隆々の少女が仁王立ちしていた。 「ワッハッハッ、手加減してやるからそんなにビビるんじゃない!この部の中堅として、ちゃんと優しく指導してあげるから安心するがいい!」  豪快に笑い飛ばす佳奈は、そのスポーティーなショートヘアも相まって活発な雰囲気を放っていた。しかしその相手をつとめる一年部員は依然として沈んだ表情をしたままだった。 「さあ!大会も近い事だし、みんな!気合い入れて行くわよ!まず一本目、始め!」  麗菜が号令を発すると、それぞれ向き合った部員同士が一斉に動き出した。そして場内は再び喧騒に包まれた。 「きゃー!すごーい!みんなカッコいい!」 「見て!あれ!二年生の風華(ふうか)ちゃんだ!すごい動き……!」  怒涛の迫力を放つ組み手を前に、一般生徒たちはみな熱に浮かされたように騒ぎ立てた。  その中で、ある部員が、素早く動き回る相手に翻弄され、戸惑いの声を浮かべている。 「ちょ……風華ッ!あんたッ……速すぎッ……」  まさに風の様に相手の周囲を駆け巡る小柄な少女。  その光景はもはや芸術的な華やかさをもっており、見る者を思わずうっとりとさせてしまうほどであった。  クルクルとせわしなく顔を振り乱す女子部員は、風華の正面に立つことすらままならない。  サッと死角に逸れた小さな相手を追いかけ、その方向に身構えると、すでにそこには風華の姿は無かった。 「え……消え……」 「……トウッ」  瞬間、その部員の背中に小さな衝撃が走った。 「ケホッ……」  自然と彼女の口から咳が漏れ出る。 「どうだい⁉“先鋒”をつとめる私の正拳突きは⁉戦いの途中で敵に背中を見せるなんて感心しないな!」  得意そうな風華の声が、部員の背後から聞こえてきた。その姿が見えなくとも、彼女がドヤ顔をしている事だけは分かった。 「このやろうッ!」  ムッとした女子部員は、ヤマ勘で後ろ蹴りを放つ。 「――⁉」  しかしそこにももう誰もいなかった。 「おいおい、だから組手の最中によそ見をするのはいけないと言っているだろ?」  また――彼女の背後から、声が聞こえた。 「ていっ」 「……きゃ!」  ふざけたような掛け声とともに、女子部員の太ももに風華が下段蹴りを叩きつけた。 「もう~!こんなんじゃ組み手にならないよ~!」  女子部員はとうとう音を上げてしまった。 「ハハハッ!誰も私のスピードには付いてこれないのだぁ!」  くくりあげた前髪をピョコンと額の前にぶら下げながら、小さな体の少女は胸を張って笑った。 「それまでッ!」  そこで再び麗菜の号令が響き渡る。その声を合図に、道場内の張りつめた空気が一気に弛緩した。そして皆トボトボと元の場所に戻っていく。 「くう~ッ!いつもなんでか“水羅(みら)”には勝てないわ~」  ある女子部員が汗だくになりながら、悔しそうに声を上げる。彼女の目の前にはスラッとした細身の少女が、落ち着いた様子で立っていた。ミラと呼ばれたその少女は、先輩部員の悔しそうな表情に、決して驕るでもなく、かといって謙遜するでもなく、ただ興味なさげに冷めた態度を取り続けていた。空手部の中にあっては彼女だけが長い髪を綺麗な金色に染めており、完璧なほどに整ったその顔立ちからは、彼女のキツイ性格がありありとにじみ出ていた。まるでモデルの様なルックスのミラの手にかかると、元来むさくるしいはずの空手道着すらも“一種”のファッションにさえ見えた。 「なんでか分からないけど全然有効打が打てないよ。かと思えばそっちはバンバン有効打当ててくるし……」  彼女たちのその様子を見た麗菜は、誇らしげに口元を釣り上げて二人に向けて言った。 「ミラは堅実な戦い方が売りなのよ。積極的に攻撃しないから見た目は地味かもしれないけど相手の攻撃を的確に受けて捌いて、そしてスキを見つけて的確に攻撃を当てる。次鋒戦はより確実に勝ち取るという事が重要になってくるから、アンタへの期待は大きいわよ!スーパー一年生!」 「まあ私はテキトーに自分の仕事をするだけなんで……先輩らこそ足引っ張らないでくださいよ」 「くぅ~!やっぱ生意気ね、あんた!でも強いから文句言えないわ~!」  おそらく一年生ながらにして、彼女の金髪が許されているのも、度を越したクールビューティな性格が許されているのも、すべては彼女自身の実力のおかげだろう。目の前にいる先輩部員も苦笑交じりに文句を言うも、水羅のたしかな実力は認めているようだった。 「さて!さっさと次に行くわよ!みんな、横に一つずれなさい!」  麗菜は気を取り直す様にピシッと気を引き締める。部員たちはさきほどの二列の隊形から、各自右へと一つ、身体を移動させた。 「よーしっ……それじゃあ、ガンガン行くわよ!二本目、始――」  彼女が号令を上げようとした時―― 「どうも~ッス!」  ――まるで場違いな挨拶と共に、道場のドアが開け放たれた……  道場の中がシン――と静まり返り、その場にいる全員の注目が入り口の方へと集まった。 「うわ~、やっぱ良い匂いすんな……」 「俺、こんな芳醇な汗臭さ初めて嗅いだわ」  ぞろぞろと姿を見せたのは、その華やかな空間の中で、果てしなく“異物感”を感じさせる存在だった。例えるなら、“真っ白”の中に落とした、一粒の“黒”。その汚れは看過するにはあまりに目障りで、目立ちすぎていた。 「ちょっとアンタたち!どうして“男子”がここに入ってきてんのよ!」  もともと気のキツそうな麗菜の目がキッと険しくなり、この道場にすでに足を踏み入れた五人の男子学生を睨み付けた。彼らは五人とも、彼女たち女子空手部と同じような真っ白の道着に身を包んでいる。いや――その道着は空手着とは少し違う、分厚く丈夫に仕立てられた柔道着だった。 「いや、他の女子たちが入ってんのになんで俺達は入っちゃダメなんだよ……」  男の内のひとりが苦笑交じりに言った。そんな彼を白い目で見ているのは、なにも麗菜だけではなかった。他の女子部員、ひいては一般の女子生徒達も皆一様に彼ら五人に厳しい視線を浴びせ続けていた。 「そもそもアンタたちがこの学校に“入ってきた”こと自体がダメなのよ!」 「いや、この学校、今年から共学になったじゃん……男でも入学できるようになったんだし、何でダメなの?」  彼は心底訳が分からないといった様子だ。しかも彼の言っている事は至極真っ当で、なに一つ可笑しい点は見当たらない。しかし、女子生徒たちにとっては可笑しかったようだ。道場内からクスクスと漏れ出る様な笑い声がちらほらと湧き出した。  その中でも麗菜は心底呆れているようだ。そして思わずと言った様子で、となりに立つ人物に助けを求めた。 「ねえ、彩乃。どう思う?この人達、あたしの日本語が理解できてないみたいなんだけど……」 「仕方ありませんわね……なら、私からご説明して差し上げますわ。男子生徒の皆様、この学園はつい昨年まで女子高であったことはご存知ですわね?それまでこの学園は男子禁制の、地域でも名高い伝統ある、美しく、華やかな学園でしたわ。しかし何をお考えになられたのか、私のお父様――いえ、学園長は今年からこの学園を共学へと変えておしまいになられました。そこで入学されたのが五名の“汚らわしい”男子生徒、貴方がたでございますが……ここまでは大丈夫でしょうか?」  あくまで笑顔を崩さずに、バラに隠されたトゲの様に、一部毒を含ませてスラスラと説明する彩乃。それをただ聞くのみだった男子生徒、彼ら五人のうち―― 「ガタガタ意味分かんねえけどよ……“汚らわしい”ってとこだけは意味が分かったぜ」  一人がズイ――と前に進み出た。くすんだ金色の短髪に、片耳にピアスを三つ付けたその男は、怒りに顔を引き攣らせている。 「てめーらが俺達を嫌ってることは知ってるよ」 「えッ⁉そうだったのか⁉」  不意に一人の男が声を上げた。 「ちょ……幸太郎(こうたろう)、今は黙っててくれねえか?」  話を遮られた形になったガラの悪そうなその男は、幸太郎と呼ばれたその同級生を軽くあやした。瓢箪に目と鼻と口をくり抜いたような顔の幸太郎は、いまだ訳が分からないといった様子でマヌケな顔をキョロキョロと周囲に晒していた。 「まあ落ち着けよ、雄二(ゆうじ)。これはあくまでも俺たち柔道部と空手部の話し合いだ。主将である俺から頼むのが“筋”というものだろう」  ふいに、後ろで控えていた男が進み出た。その落ち着きのある声は、いきり立つ金髪の男――雄二を難なく制した。  主将を名乗るその男は前に進み出ると、彼女たち空手部に向けて油断ならぬ表情を向けた。いや、しかしその表情にはどこか、彼女たちに対しての“怯え”の色がいくらか混じっていた。 「俺は柔道部主将の戸田 信彦(とだ のぶひこ)だ。今日は君たちに頼みがあって来たんだ」  彼はあくまで、平和的に、そして友好的な態度でそう言った。しかし、対する女子空手部、および他の一般女子生徒はむしろ敵対的な視線を彼らに送り続けている。 「率直に言おう、俺達にこの道場を使わせてほしいんだ」  瞬間――道場内が爆笑に包まれた。 「何を言い出すかと思えば、ホンット馬鹿じゃないの⁉」 「やっぱ男って頭悪いよね~」  女子部員が口々に言う中、信彦は必死で言葉を加える。 「一部だけでもいいんだ!なんなら時間帯で区切ってもいい!」  しかし彼の言葉は女子たちの笑い声に包み隠されていった。そんな信彦の様子をみて、別の男子部員が苦笑しながら彼に呟いた。 「ほ~らな、やっぱこうなっただろう。言わんこっちゃない」  そう言った彼はこの中で唯一、黒帯だった。 しかしその姿は、およそ武道家とは思えないくらいに平凡な男だった。髪型も平凡。顔も平凡。体格も平凡、いや、むしろ格闘家としてはやや心許なく思えるような体型だった。口調もどこか飄々としていて、例えるならば彼は、強く吹き付けてくる風をフニャフニャといなすような―― 「――柳(やなぎ)……俺だって分かってたよ。でもまずはこっちの要求を言わないと」  信彦はチラと横目で柳を一瞥しつつそう返した。 そして爆笑と嘲笑の嵐がひとしきり吹き荒れると、やがてそれらはまばらな小雨になっていった。  一人だけずっと、笑っていない者がいた。ただただ呆れきった表情を男子たちに向ける空手部主将、麗菜である。 「ねえ、あんたたち一つ勘違いしてるわ」  彼女はそう切り出した。 「ここはね、全国大会に出場経験もある、学園が誇る女子空手部なのよ。そしてこの道場はその名門空手部が代々稽古をし続けた伝統ある道場なの。ここまでは分かる?」 「わ、わかんねえ!どういういみだ⁉むずかしくてわかんねえよ!」  瓢箪の様な輪郭の、ハニワっ面の幸太郎が騒ぎ立てた。 「うわ~、見た目どおりの脳みそだな~この人」  120キロはあろうかという巨漢をオドオドさせる幸太郎を見て、風華がドン引きしている。 「え、え!おれの見た目は脳みそじゃねえよ!おまえ!ちっこいの!バカにしてんのか⁉」 「え、奇跡だ……全く日本語理解できてないのにバカにされている事だけは出来た……」  自分に向けて抗議する幸太郎に、風華はなぜか軽く感動した。 「分かっただろう、幸太郎。コイツら、要するに俺たちの事が嫌いって事なんだよ」  雄二が幸太郎に声を掛けるも、その目は女子空手部にしっかりと見据えられていた。彼のこめかみには青筋がくっきりと浮き出ていた。  ――と、その時、憤る彼に対して、さらに挑発の言葉を放つ者がいた。 「バカのくせによく分かってんじゃん」  嘲る様に言ったのは、水羅だった。 「アアッ⁉」  彼女はさっきからずっと、まるで自分は無関係と言わんばかりに、男子たちには見向きもしなかった。その時も、ただ気まぐれに水を差しただけのつもりのようだったらしい。そのため、雄二の怒声に対しても一切反応を示すことは無かった。 「落ち着けって雄二」  一触即発の事態に、再度信彦が彼を制す。 「ケッ……」  悪態をつきながらといえど、気の短い彼が簡単に引っ込むところを見ると、彼は信彦の事をかなり信頼しているようだ。 「話を続ける」  信彦は気を取り直して続けた。 「俺達はこの学園に入学後、男子生徒五人で柔道部を建ち上げた。しかし、俺達には練習場所が無いという事で、部として認めてもらえないんだ。どの部活に頼んでも誰も貸してくれない」 「練習場所を貸してくれないのはアンタたちが何の実績も無いからじゃないの?自分の実力の無さを人に押し付けないで」  にべもなく吐き捨てた麗菜。その言葉に、柳がボソッと独り言のように言った。 「いや、練習場所が無いから、部として認められないんだし、部として認められないから試合も出来なくて、だから実績が残せないんじゃ……」  彼はあくまで反論するつもりは無く、誰にも聞こえないように呟いたつもりだった。しかし、そんな柳の言葉に一人、反応した者がいた。 「ほう!確かに正論だな!」  豪快な、バカにデカい声が、女子たちの中から飛び出した。その声の主は、腕を組み、威風堂々と立ちそびえる佳奈だった。柳は死んだ魚のような目で彼女を見る。ひときわ大きな体格に、浅黒い顔から覗かせる真っ白の歯、しかしその爽快な笑顔には若干の侮蔑の色も含まれていた。 「しかしだな!その言い方だと――『大会にさえ出ることが出来たら、すぐに実績を残せる』という意味に聞こえるぞ!」  ありったけの自信を蓄えた彼女のその表情に、柳はやや困惑気味に、あくまで控えめに言い返した。 「いや……その理論はすこし飛躍しすぎなんじゃ……」 「見たところ、お前などモヤシ男のように見えるが、大丈夫なのかね?そんなヒョロヒョロな体で武道を嗜もうなどと」  彼女は、そこらの帰宅部の男子高校生とほとんど変わらない見た目の柳を、明らかに嘲笑していた。 「まあ……たしかに力はこの中で一番無い方ですけど……」  やられっぱなしの柳。しかし彼は、あくまで控えめながらも、ちくりと針で刺す様に、やり返した。 「てかあなた、大きい図体の割に他人の言葉尻については細かいんですね」 「ハアッ⁉今なんて言った⁉」  彼女はいとも容易く激昂した。そのあまりの迫力に気圧されるように、柳はついたじろいでしまう。  すると、佳奈の野太い怒り声に、スッと水の様な声を浴びせかける者がいた。 「佳奈さん。はしたないですわよ」 「彩乃!このモヤシ野郎、ぶち殺していいか⁉」  怒り狂う佳奈とは対照的に、彩乃はどこまでも落ち着き払っていた。 「私たちは誇り高き武道家ですよ。日々鍛錬したその力を、このような弱い者いじめに使ってはいけませんわ」  彼女のせりふは、一見すると真っ当な事を言っているようにも見えるが、その内容は明らかに男子柔道部を侮辱する内容だった。 「でもこいつら一度立場を分からせないと……」  それでも佳奈が抗議しようとしたその時――彩乃がそれを遮って、“提案”した。 「こういうのはどうです?私たち女子空手部と、貴方がた男子柔道部が試合をして、勝った方が今後、この道場を使用する――と言うのは?」 「――ッ⁉」  一同、女子、男子問わず、その場に居る全てが言葉を失った。彼女のその提案は、女子たちにとっては名案に思え、男子たちはただ困惑を隠せないでいた。 「彩乃、良い事言うじゃない!」  麗菜が賛同した。 「なるほど、これで奴らを心置きなくぶち殺せるわけだ!」  佳奈が賛同した。 「自分は別に何でもいいっすよ。相手になるかどうかは怪しいっすけど」  水羅も興味なさげだが、一応の同意は示した。 「良いですね!空手対柔道って面白そうです!」  風華も元気いっぱいに賛同した。  一方、そんな女子空手部に対し、混乱していたのは男子柔道部の方だった。 「どういういみだ⁉おれ、まったくいみわからん⁉だれかせつめいしてくれ!」  常に混乱している幸太郎はさておき―― 「え……なんだこいつら、女風情が男に勝てるとでも思ってんのか?」  雄二はもはや怒る事を通り越して、むしろ彼女たちの不可解な提案を訝しんでいた。 「いや~でも、こっちはいつもグラウンドの隅っこでしか練習できなかったんだよ?無理でしょ?相手は全国出たこともあるらしいし……」  雄二とは反対に柳は弱腰になっていた。そしてそれには主将の信彦も同意見だったらしい。 「くそッ……これじゃあ奴らの思うつぼだ。柳を除いては、俺たちは白帯の初心者ばかりだ。相手が女子とはいえ、実力者ぞろいの空手部に勝てるかどうか……」  信彦は歯噛みした。その表情は心底悔しげで、やるせない気持ちがありありと見て取れた。彼のその表情の奥には、何か仄暗い、苦い記憶が存在しているようにも見える。  そして彼は誰にも聞こえぬような小声で、押し殺したはずの言葉がふと口から洩れていた―― 「それに……女子に負けるのは……もういやだ……」  彼はグッと拳を握りしめる…… しかし、そんな時、ある男子が信彦にそっと告げた。 「いいんじゃない?やれば」 「真也(しんや)……」  その人物とは、男子五名のうちの最後の一人だった。  丸坊主で、長い手足、そのためにほっそりとした体型に見えるが、よく見ると、ちゃっかり“しなやかそうな柔らかい”筋肉が付いていた。そして彼は、なぜかいつも、ニコニコと微笑んでいる。 「だってさ、入学以来、俺たちが不当な扱いを受けてきた事に対して、一番腹立ってたのはお前だろ?お前意外とプライド高いもんな?だから『学園の皆を見返してやるんだ』っつって俺達誘って武道を始めようとした」 「……ああ」  信彦は小さくうなずいた。真也は尚も続ける。 「お前が柔道部を作るって言った時は驚いたよ。お前、柔道なんてやったこと無いくせに。でもみんなお前について行こうって決めた。こんな不遇な扱いを受けていることにもめげずに、何かを為そうとしてるお前にな」  そんな真也に、信彦はうっすらと笑いかける。 「まあ、でも何かの縁か、お前と柳は柔道の経験者だったもんな。それは本当に良かったよ」  それを聞いた真也は、相変わらずのニコニコ顔でさらに笑って見せた。 「まあ俺のは、ほとんど見よう見まねだからな」  そして真也の口調はいくらか真剣さを帯びる。 「だからさ、やってやれよ。お前にはお前なりの理由があるんだから……」 「じゃあ、お前の理由は?」  信彦はいたずら心に尋ねた。 「俺の理由?……そうだな。……まあ、砂の上で寝技練習するのにうんざりしてたから……かな?」 「じゃあ、本当の理由は?」  信彦はいたずら心に、もう一度そう尋ねた。 「本当の理由?俺、さっきからあの子、狙ってんだ」  今度は間髪入れずに答えた真也は、下卑た笑みを浮かべてある人物を指さした。 「いったい何でしょうか?あそこのお下品な殿方が、私を指さしていらっしゃるようですが……」  そして真也は、女子の中でも一際上品なオーラを放ち続ける彩乃をニヤニヤ見つめながら、興奮して言い放った。 「俺!試合すんならあの子がいい!あの子と寝技したい!イチャイチャしたい!」  思わず大声で叫んでいたその言葉は、道場中の女子たちの耳に入っていた―― 刹那――道場は悲鳴に包まれた。 「キモい!マジで何アイツ!」 「変態じゃん!彩乃先輩!アイツとは絶対に試合しちゃダメ!」  その場に居合わせたほとんどの女子が、気が狂ったかのように喚き立てた。そんな風景に、信彦はやれやれと言った様子で呆れかえる。まるで最初から真也の考えている事が分かっていたかのようだ。 「まったく、最初からこれが狙いだったんだろ、真也?ホントお前はいつもゲスな事ばっか考えてるからそんな顔してんだよ」  道場は尚も嫌悪と恐怖の怒号と悲鳴に包まれている。しかし、それらを発しているのは皆、一般の女子生徒達であった。いや、たしかに女子空手部の部員も恐怖はしていた。しかし、彼女たちが恐怖しているのは真也に対してでは無かった。彼女たちの視線は皆一様に、静かに冷たい氷の様な微笑に口元を歪める、彩乃に対して集まっていた。 「まったく、最初からこれが狙いだったんでしょ、彩乃?」  麗菜が半ば呆れ気味にそう言った。 「ホントお前はいつもゲスな事ばっか考えてんな……」  むしろ佳奈に至っては若干引いている。 「うわわわ……あのニヤニヤしてる人可哀想だよ……彩乃先輩の本性知らないもんね……」  風華はただオロオロとするばかりであった。その横ではずっと我関せずと言った様子だったミラが、この時ばかりはうんざりとした表情を隠しきれないでいた。 「……出たよ、この人の“発作”。試合提案したのも、ただ自分がアイツらをいたぶりたかっただけでしょ?ホンット、ドSなんスから……」  仲間たちのそんな評価を受けながら、それでも彩乃は歪んだ笑みを隠しきれないでいた。そして最後に一言、男子たちに対してこう付け加えた。 「ちなみに……まことに恐縮ではございますが、スムーズに試合を進める為、大怪我をしてもすぐに手当はできませんので、あらかじめご了承を……途中で逃げられても困りますしね」  最後の一言に関しては、彼らに聞こえないようにボソッと呟いたのみだった。  何はともあれ、女子空手部VS男子柔道部の団体戦が幕を開けた。  

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スク水戦闘員を恋人にしてみた 4話

これで一区切りにしようかと思います。 この先については、コイカツを使ってやるか、こんな感じのイラスト漫画でやるか、まだ決めかねています。 どっちの方が良いでしょうか?

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スク水戦闘員を殲滅せよ 12話 (漫画版)

コマ、セリフは左から読んでください! 今年もラストスパートに差し掛かろうとしています。 僕も年内までに作りかけの作品を仕上げてしまおうと思います。 噗大郎さん、いつもありがとうございます。 あと、最後はセリフなしの差分です。

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死庫水女戰鬥員殲滅記 第十一章 漫画版中国語ver

更新遲了抱歉

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スク水戦闘員を殲滅せよ エピローグ1

「ヘブォッッ!!!」 ーー突如、何かを顔面に叩き込まれた。 「起きろっ〜〜〜!!!」 ーー突如、誰かが布団を引っ剥がした。 「って何すんだテメーッ!!!」 「あんたいつまで寝てんのよ!? また遅刻する気!?」  ハルキが怒鳴りながら見上げると、そこに立っていたのは腰に両手を当て、仁王立ちする少女ーー如月 紗羅だった。彼女の黒髪はミステリアスでおしとやかな雰囲気を醸し出すも、ポニーテールにしてるためか、その少女の活発な性格が感じ取れる。 「何ボーッとしてんのよ!早く支度する!」  要するにーー 「…………」  いつもどおりの朝だった。何も変わらない、昨日までと何も変わらない、朝だった。『悪い夢でも見てたのではないだろうか?』とハルキはついそんな気持ちになる。長く、酷く、甘く、酸っぱい、そんな一夜限りの夢。 「ウッ……‼︎」  しかしそんな彼の考えは、身体を起こそうとした際に走った全身の痛みによって打ち消された。 「大丈夫……?やっぱり、まだ痛むの?」  さきほどの様子からは打って変わって彼の事を気遣う紗羅。 「昨日は大変だったよね……私のために、こんなになって……」  痛みに顔をしかめるハルキを見て、彼女は泣きそうな目でそう呟く。 「いや、大丈夫だよ。これくらい……」  しかし、彼はなんとか紗羅を心配させまいと、そうニッコリと笑いかけたのだった。こうしていつもと変わらない一日が始まった。    通学路、やはりいつもどおり二人は並んで歩いている。 「……」 「…………」  しばし、二人の間に気まずい沈黙が漂う。 「本当に存在したんだね……」  先に口を開いたのは紗羅の方だった。『存在した』というのは、どうやら女スパイ養成学校の事を言っているようだ。 「ああ……」  ハルキもそれが分かっているのか、やや放心気味に相槌を打った。 「まさか、あたしが目を離した隙にあんな事になってたなんて……」 「オメェは悪くねぇよ。逆にあの場に居なくてよかった」  そう言って彼は、自分を責める紗羅を慰めた。 「人質に取られたのは危なかったけど、結局何も危害を加えられなかったんだから良かった。それよりもあの場に残ってたらお前も戦闘に巻き込まれてたかもしれねぇ……だからあれで良かったんだよ」  彼の言葉に紗羅は納得したように頷くも、その顔色は依然思わしくなかった。 「でもさ……あの人たち、言ってたよね。『今後自分たちのことを探らないで』って……」  『あの人』というのは、あのスク水戦闘員ーー『ナナ』と名乗る人物が言っていたことについてだろう。  ハルキは、彼女が言外に何を言おうとしているのかをすでに悟っていた。 「……」  ハルキは口を縫ったように押し黙る。彼の目的は一つ、父親の仇を打つ事だ。あの『ナナ』という女スパイを追いたい……。  しかし、彼の頭には、昨日、紗羅が人質に取られた時の事が常にチラついていた。  このまま目的を追い続けると、もしかすると今後も紗羅を危険な目にあわせてしまうかもしれない。彼は迷った。迷いに迷った……。  そして彼はやっとの思いで振り向いたーーその先には祈るような目でハルキを見つめる紗羅がいた。 「俺は……」  そう呟きかけた時ーー 「よう!お二人さん!今日も一緒に登校かい⁉︎」  二人の間を遮ったのは、聞き覚えのある騒々しい声。 「……」 「なんだよ!二人して!どした?どした?喧嘩でもしたのか?」  全く空気の読めない悪友の乱入により、ハルキはかえって安堵したように息をつく。 「夫婦喧嘩か?痴話喧嘩か?……ッ⁉︎」 「相っ変わらずやかましいなぁ!ゾノ!」  ハルキのゲンコツを喰らい、頭を押さえる花園。そんな彼の頭を力尽くで抱え込むと、ハルキは『ほら行くぞ!』とそのままさっさと行ってしまった。  紗羅だけが後に取り残された。  小中高一貫校である水英学園ーーつまりハルキ達の通う学園では、その日、生徒会選挙が行われていた。  校内での紗羅の人気は凄まじいものだった。誰もが時期生徒会長は彼女に決まりだろうと確信していた。  その証拠に、今行われている生徒会立候補スピーチでも、彼女の圧倒的人気はハッキリと見てとられた。現にいま演説台の前でスピーチをしている他の立候補者よりも、舞台の袖に立つ紗羅のほうが注目を浴びていた。 「わ、わたくし……林 薔華は……自身の……成長と、この、が、学校の、為に……ぜ……ぜひ、生徒会長になって、かけがえのない思い出を……」  おどおどと話す彼女のスピーチは、むろん誰も聞いていなかった。紗羅の圧倒的な人気には、上級生ですらもタジタジになってしまうのか、彼女の日本語はカタコトのようになっていた。そしてスピーチを終え、とぼとぼと元の位置に戻っていく候補者。  生徒会長への立候補は先ほどすでに演説を終えた二年生の明智 智也(あけち ともや)と今スピーチを終えたばかりの同じくニ年生の林 薔華(はやし そうか)、そして紗羅の三人だけだった。  そして次は入れ替わりに、紗羅が演説台の前へと歩み出るーー 「……ッ⁉︎」  皆が言葉を失った。なんて事はない。彼女はもう、その歩き姿からして同じ高校生とは思えなかった。まるで一本の棒を貫いたかのように凛とした背筋、手先足先まで洗練され尽くしたかのような一挙手一投足。そして、自己への自信に満ち溢れた可憐な横顔。  まるで一人だけ違う世界を生きているかのようなその姿に、明智 智也はともかく、女子である林 薔華ですらがその渦巻きメガネの奥から惚れ惚れとした目で彼女を見ていた。そして紗羅は演説台の前に立ち、全校生徒と真正面に向き合った。 「皆さん、こんにちは。私、一年生の如月 紗羅と申します」  そう、紗羅が切り出すだけで体育館中から感嘆の声が上がった。その後も彼女はスラスラと滑らかに、しかも聞き取りやすく明朗な声で選挙への抱負を語っていく。 「ひえ〜……如月さんの存在って、逆に残酷なモンだね……」  一人の男子生徒がそう呟いた。 「……どういう意味だよ?ゾノ」  すると隣で聞いていたハルキは怪訝な様子で、今しがた奇妙なことを言い出したクラスメートの花園に問いただした。 「いや、だってさ……他の候補者の立場になってみろよ。みんなが見てる舞台の上でさ、如月さんの横に並べられるんだぜ。んなモンただの拷問だろ」 「たしかに……」  ハルキは改めて舞台上を見回してみる。彼女の犠牲者である、二年男子の明智 智也。 「あのイケ好かねえ野郎、家が超大金持ちで成績も優秀らしいな」  花園が嫌味ったらしくボソリと言った。ハルキも同意するように頷く。 「そういやアイツも紗羅にラブレター出してたな。なかなか黒い噂が絶えねえみてぇだが……」 「なんの噂だよ?」  花園が興味深く食いついた。  ハルキは先だって調べた全校生徒の資料を思い出す。 「なんか……女子生徒を人気のないところに連れ込んで……手込めにしているらしい」 「それって犯罪じゃねぇか⁉︎」  つい大きな声を出してしまいそうになった花園。彼はビクリとしながら慌てて周りを見回した。 「……証拠がねぇんだよ。被害者もなぜか口を閉ざして事実を言おうとしない」  資料を調べても、明智の事についてはとんと分からなかった。彼についての表面的な経歴は記されているものの、ある深度まで達するとまるでモヤで覆ったかのように、不自然に、情報がぼかされていたのだった。 「あいつ、そんなにきな臭い野郎だったのか……」  教師に私語がバレていない事が分かって一安心した花園が、再び明智を睨みつけた。しかし彼はコロっとその表情を変えると、気の抜けたように呟いた。 「しっかし、それにしても、普段なら生徒や教師から絶大な信頼を集めているその秀才くんも、今は見る影もねぇって感じかな……」  そう。今の明智は、まさに"影"そのものだった。  いくら明智が優秀であったとしても、紗羅がとなりに立つと月とスッポンーーたちまち彼は月の光に隠れ、影となってしまうのだ。 「ま、それで助かっている人もいるけどな」  続けて、今度は花園がバカにしたように鼻で笑う。  彼の嘲笑の先に立っていたのは、ニ年生の林 薔華だった。 「お前、ほんっと性格悪いな……」  ハルキはそんな花園に軽蔑の視線を向ける。  しかし、たしかに花園の言った事はかなり的を射ていたーー  普段であれば、彼女にとって、美少女のとなりに立つ事は自殺行為に近いことだった。醜女が美女を引き立てること、それはすなわち逆もあり得るからだ。"なるべく目立たず、他人から注目を浴びたくない"林 薔華にとって、今回の選挙はまさに一か八かの賭けだった。本当は誰にも立候補してほしくなかった。そうすれば彼女は"誰も聞いてない、見ていない"スピーチをさっさと済ませ、そして誰も選挙に興味を示さないまま人知れず生徒会長になることが出来たのである。  しかし、紗羅の人気は、林が恐れていた予想を遥かに上回った。彼女は月どころではなかった、太陽だったのである。もはやみんな紗羅のことしか見えてなかったのだ。薔華は完全な影になることが出来たのである。もうだれも、地味で、お世辞にも美人とは言えない彼女のことを見てはいなかった。彼女にとっては、むしろそれが有難かったのである。  そして後日、当然の如く、紗羅が生徒会長に当選した。外部生で、しかも一年生ながら生徒会長に当選したのは稀に見る快挙だった。  他の候補者は、別の役職に当てはまって行った。明智は生徒会副会長、林は一般役員としてそれぞれ落ち着いたのだった。  こうして、時期生徒会選挙は幕を閉じたのだった。  ある薄暗い一室、少女の喘ぎ声が大きく、響き渡っていた。   「アッアッアッふっウッハッ……」  パンッパンッパンッーーというリズミカルな音に合わせて、彼女の小刻みな声もコダマしている。  息苦しさを覚えるその部屋は、無機質なネズミ色に囲まれた空間で、鉄の壁や天井の所々に浮かんだオレンジ色のサビが宿命的な色と化していた。  壁際には数人の人影が整列していた。その小柄な人影達ーー少女達は、誰一人の例外もなくスクール水着に黒グローブ、黒ブーツを着用していた。  そして、その一室の中心では、まるで彼女達など見えていないかのように、二人の男女が激しく躍動していた。 「オラァ!もっと動けッ‼︎」 「ィヤァンッ‼︎」  男は怒鳴りながら少女のお尻を叩いた。途端、より一層、高く大きな音と声が張りあがった。息を切らして運動しているのは、主に少女の方だ。彼女は仰向けに寝そべる男の裸体上に、後ろ向きにーー彼にお尻を見せつける形で跨っていた。股間部を覆うスク水の布をずらし、男のイチモツを自ら挿し入れ、まるでロデオのように懸命に小さな身体を激しく上下させる少女。後ろで短く束ねたショートヘアがピョコピョコと飛び跳ねていた。 「ハァァッ‼︎おい!下手くそ過ぎるぞ!もっとイイのはいなかったのか⁉︎」  男は彼女ではない、別の誰かに向けてそう叫んだ。 「恐れ入りますが、処女の中ではその者が一番成績が優秀でした」  声を放った先からは、やけに落ち着いた女の声が返ってきた。彼女は自分の仲間が滅茶苦茶に犯されているにも関わらず、平然とその様子を眺めていた。  男の上に乗っている少女は、粒のような汗を周りに振り飛ばしながら、口から漏れ出る喘ぎ声もそのままに、ほとんどうつろな表情になりながらもそれでも健気に身体全身を飛び跳ねさせていた。ほぼ力が残ってないのか、上下反動だけでなんとか身体を跳ねている状態であり、ほっそりとしたその腕はまるで操り人形のように揺られに釣られてプランプランとしていた。 「成績ってなんだよ⁉︎俺はセックスの事を聞いてんだよ!」  スク水隊員達の中で、ひとり大人びた雰囲気を漂わせる少女ーーナナが無機質かつ流暢に解説した。 「女スパイ養成学校の必須科目の一つである『房中術』の成績の事です。性交渉の際に必要な『体力』・『動作』・『テクニック』についてを修練します。貴方様がご希望されている処女の隊員となると、やはり彼女くらいの新兵が多いですが、いま相手を担当しているミユキは14歳にしてはかなりの水準に達しています」  ミユキの身体はたしかにまだ発達途上であった。お世辞にも"女性"とは言いがたいほど、そもそも骨格からして細く、小さかった。  それでも胸は彼女なりに小さく形良く膨らみ、腰は両手で掴めば握れるんじゃないかというくらいに頼りなくくびれ、そのくせ小ぶりのお尻は思わずギュッと鷲掴みにしたくなるほど控えめに膨らんでいた。  何もかも、小さいくせに、控えめなくせに、"ちゃっかり"と女らしさをアピールしていた。何だか小さいくせに背伸びをしているように見えて、小生意気に思われる様なスタイルだった。それはミユキの顔立ちにしたってそうだ。年相応の、あどけない顔付きをしているくせに妙に色っぽい。キュッと締まった小顔ーー唇は小さいくせに妙にテカテカと輝いており、そのくせ眼はぱっちりと大きく、まつ毛が長かった。  どれもこれも、やけに挑戦的なわりに、その身体と顔は、触ればすぐに壊れてしまうのではないかと思えるくらいに繊細に見えたーーそして、現に彼女は今、圧倒的な性暴力によって壊されようとしていた。 「オラァッ‼︎」  とうとう彼は焦ったく思ったのか、自ら腰を彼女の股間に強烈に突き上げた。 「ッハァァンッ⁉︎」  ミユキは身体中に電気が走ったように、天を仰ぐ。男は自分の心に存在するやり場のない怒りを一語一語に乗せて、全く無関係であるはずのミユキに対して八つ当たりのようにぶつけた。 「俺はッ‼︎もうッ‼︎何回もッ‼︎ヤリすぎてッ‼︎なかなかッ‼︎イクことがッ‼︎出来ねぇんだよッ‼︎」  突き上げられるたびにミユキは体を震わせるも、彼女はそれでも一生懸命に全身をバネのように跳ねたり叩きつけたりしていた。 「オラァ!こっち向け!」  男は乱暴に彼女の腕を引き寄せると、ミユキは半ば目が閉じかかりながらもフラフラと男と真正面に向かい合った。  ふとすれば倒れそうになるのをグッと唇を噛んで踏ん張り、再び騎乗位の体位をとる。そしてネットリと腰を前後にスライドさせたり、擦り付けるように回したり、とにかく彼女の体得してきた"性行為"における知識、技術をフル活用させて、ただ男を満足させることだけに献身的に尽くした。  そう、ミユキは献身的だったのだ。一見、彼女は疲労困憊し、男からの一方的な性暴力を受けているようにしか見えなかったが、しかし女スパイの端くれである彼女にとっては"性行為"も一つの立派な仕事なのだ。  彼女はいま、プライドを持って目の前の男とセックスをしている。なぜなら、それが彼女の取り柄だから。自慢だから。 「だからそんなんで俺が満足するかよッ‼︎」  そんな彼女の気持ちを踏みにじるように、彼はまた腰を突き上げた。途端、ミユキはバランスを崩す。 「きゃ……」  聞き取れないほどの力無い悲鳴を漏らし、彼女はとうとう男の体の上に突っ伏してしまった。男の幅広い胸にそっと置かれた黒グローブに包まれた彼女の小さな両手が、キュッと小さく握り拳を作る。不甲斐ないような、悔しそうな、そんな感情がその小さな握り拳から見てとれた。 「おいッ!役立たず!誰が休んでいいっつったッ⁉︎早く身体動かせ!」  狂ったように男が喚くも、彼女は顔をジッと男の胸元に埋めたまま動かなかった。故に彼女の表情も分からない。 「私は……なたを……ます……」  消え入るような、声が流れ出た。 「アァッ⁉︎」  男は苛立たし気に叫ぶ。すると彼女はおもむろにのっそりと頭をもたげ、鼻先が触れ合うほどの距離で男の顔をジッと見つめた。  乱れた髪、疲労の汗と苦痛の涙でぐしゃぐしゃに汚れた顔、しかしそれらのさらに奥の方で、ミユキは確かに微笑んでいた。 「私は……必ず、あなたを……満足させて……見せます……絶対に……諦め……ません」  それは、ミユキの、小さな、小さな、せめてもの意地だった。力を振り絞って吐き出した、荒い息が混じったその優しい言葉は、男の顔をポカンとさせる。しかしーー  しばしの間の後、男の顔には侮蔑の笑みがみるみると浮かび上がった。 「ハ、ハハ……だったら……早く満足させろよ……」  彼女は目を瞑り、彼の口をそっと塞いだ。そのキスには性的な嫌らしさはなく、なぜか愛情が感じられた。  そして、その事が余計に、男の逆鱗に触れた。 「だから早くイカせろっつってんだろうがァァッ‼︎」 「きゃあッ!」  上から被さるミユキの身体を、男は横薙ぎに突き飛ばす。彼女は男の隣にグッタリとその身を横たえた。仰向けになった彼女の、苦痛に打ちひしがれた顔が衆目のもとに晒された。力の抜けた表情、どうやら彼女は意識を失ったようだ。しかしそれも一瞬のことだった。  男は彼女のスク水の股下を強引に引っ張り退け、彼女の小さな膣穴に己のモノを強烈な勢いでぶち込んだ。彼女はまた息を吹き返したように身体をビクッと震わせ、表情には苦痛が戻ってきた。  そして彼は、タガがはずれたかのように乱暴に、高速で腰をピストンさせた。 「ウルアアァァアァァアァッ‼︎」 「キャアアァァァアァアアッ‼︎」  二人して絶叫した。気が狂ったように、絶叫した。 「アアアッ‼︎イクッ‼︎もうダメッ!イクッ!」  彼女の額には青筋が立ち、汗で光る肉体は極度に硬直して筋肉の筋や骨スジが部分部分に浮き出ていた。 「お前がイッてどうすんだッ!俺をイカせろっつってんだろッ!」  なかなか果てる事が出来ない怒りをぶちまけながら、男はミユキの頬を平手で打ちのめした。彼女は打たれるたびに口を真一文字に結び、その瞬間だけは叫びが止むものの、また次の瞬間には膣内を蹂躙される苦痛と快感に叫び悶えた。 「ああッ!もうイライラするッ‼︎」  やがてさらに体位を変え、今度はミユキの身体をまるで人形でも扱うかのように強引にひっくり返し、四つん這いにさせてさらに後ろから突き込んだ。   「ハアアアンッ‼︎もうッ!これ以上はッ!ダメッ!」  最初男は、非常に持ちやすい形大きさの腰を鷲掴んでいたが、やはりしっくりこないのか、今度は彼女の両腕を手に取り、まるでバイクのハンドルを握るように彼女を操縦した。操り人形のような要領で、当初うつむいていた彼女の頭が自動的に持ち上がる。  その結果、これ以上ないくらいに醜く歪める彼女の顔がハッキリと晒された。その顔の先にはナナがいた。黙って、ただ平然と、悶えるミユキを見つめていた。  やがて、絶頂の瞬間がやってきた。 「うおッ⁉︎ヤベッ⁉︎キタッ!イクぞ!イクぞッ!」  男は久しぶりに訪れた絶頂の予感に、少し驚いたようだ。ミユキの方はとっくに限界を超えていた。 「アアアッ!アアアッ!アアアアアアアアアッッ‼︎アアアアアアアアア、あ"ッ……」  最後に突き上げたタイミングで、男はミユキの腕を離した。壊れたように絶叫していたミユキは、最後は乙女らしからぬ断末魔のような汚い悲鳴を上げると、突き込まれた勢いはそのままにして急に腕を解放されたものだから、そのまま勢いよく前へ、ベタンッーーとつんのめった。そして突っ伏したまま、動かなくなった。 「ハァ……ハァ……」  荒い息を吐き、放心する男。それに反し、ミユキの方は逝き果てたまま顔を突っ伏し、肢体を放り出したままピクリとも動かない。 「……確認して」  すぐにナナが部下に下知する。二名のスク水隊員がミユキのもとに駆け寄った。グッタリと動かない仲間をあくまで冷静に、事務的に"生死確認"する。 「死亡しています」  抑揚のない声でナナに報告するスク水少女。彼女もミユキと同じくらいの年齢に見えた。 「運んで」  ナナが手短に命令すると、二人はすぐさま死体の処理にあたる。ナナは平然としているものの、よく見るとその表情には若干の煩わしさも滲んでいた。 「ハァ……ハァ……報告があると言ったな?」  見向きもせずに、そう尋ねる男。 「はい。昨日の作戦結果についてです」 「……報告しろ」  男は短く呟いた。すると部屋の入り口から一名のスク水隊員が進み出てきた。部屋中に、その少女の張り詰めた声が気持ちよく響いた。 「作戦の指揮に当たりました、部隊長のサヤです!」  身を震わせ、直立不動になるサヤ。毅然とした表情で、整ったその顔にはいくつものアザや傷がついている。 「ターゲットに一定のダメージを与える事に成功しました。今後、ヤツは我々への詮索を控えるかと思われます!被害は、犠牲者が23人、負傷者が12人で……」   「待て待て待て……」  サヤの報告を、男はそう遮った。 「お前たちの被害はどうでもいい。お前らが何人死のうが俺には関係ない」  サヤ、いや、その場にいるスク水戦闘員たちの表情はピクリとも動かない。 「それよりも……さっきなんて言った?」 「は……?」  サヤは質問の意図が掴めず、やや困惑の色を見せた。 「さっきお前……『ターゲットに一定のダメージを与える事に成功』……つったよな?」 「え、ええ。我々への詮索をやめさせるために、ターゲットを……」 「なぜ殺さない?」  また、サヤの言葉を遮った。途端に、サヤの表情が初めて大きく揺れた。 「ヤツは痛めつけるだけで手を引くようなやつか?後々の遺恨になればどうするつもりだ?」 「も、申し訳ありません!」  サヤはこれ以上ないくらいに背筋を伸ばし、余裕のない声を張り上げた。 「第一非武装とはいえ、たった一人のオトコ相手に35人で襲い掛かって危うく全滅しかけるとは、さすがは"エッチしただけで死んじゃう兵士たち"だな」 「も、もう一度……私に機会を……」  震える唇から、なんとか言葉を紡ぎだそうとするサヤ。しかし、男はそんな彼女を踏みにじるように吐き捨てた。 「もういい。役立たずは要らん」  そして男はサヤに"ある物"を突き出した。 「ヒィッ⁉︎」  サヤの顔が恐怖に歪む。 「テメェのようなオンナでは中折れしちまうだろうな」  あざけるように言い放った男。彼はサヤの方には見向きもせず、"銃"の引き金を引いたーー  そうして、額に真っ赤な花が咲いた一人のスク水隊員は、直立不動のまま呆気なく後ろへ倒れた。 「ったく、これだからオンナは……」  血が飛び散った現場を一瞥もせず、部屋を出ていくその男。彼の後をナナが追い掛けるようについていった。 「じゃあ俺、明日も学校だからそろそろ帰るわ。時期生徒会副会長の身も楽じゃないな〜」  出て行く間際、彼はブレザーを羽織った。その胸元には、水英学園の校章があしらわれている。  そしてナナはそんな彼に応じるようにこう言った。 「ご自宅までお送りします。……明智 智也さま」

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スク水戦闘員を殲滅せよ 21話

 彼はハッと息を呑んだ。  その死体は、ハルキ以外の人間からすれば、ガレージ内に散らばる死屍累々の一つにしか過ぎないはずだった。  その死体は、ハルキ以外の人間からすれば、ガレージ内の惨憺たる風景をカタチ作る為の、部品の一つにしか過ぎないはずだった。    しかし、彼にとって『彼女』だけは違った。  スク水装備を身に付けた『彼女』のその姿は、あまりにも他の者達と同じ過ぎて、見分けがつかなかった。  他の者達と同じ『彼女』のその没個性な格好は、今の今までハルキに『彼女』の存在を気付かせなかったのだ。  しかし、その少女はハルキが決して忘れてはならない人だった。  暗闇の中、ハルキ、そして『彼女』が互いの『初めて』を捧げあった相手。  ハルキにとって、決して、忘れてはいけない人だった。  彼は一瞬にして、身体中が緊張に包まれる。それは、期待と不安が表裏一体となって押し寄せてくる不思議な感覚だった。  当然、彼は既に『彼女』は死んだものと思い込んでいた。しかし、今スク水隊員達が行なっている確認作業。なぜかそれを見ていると、わずか一抹の希望にすがってみたいという気持ちになったのだ。  そして、そんな『彼女』のもとに、とうとう先ほどの二人が駆けつけようとしていた。  既に数人の犠牲者を運んだからなのか、彼女達の顔にはうっすらと疲れの色が見え始めていた。しかし彼女達はあくまで忍耐強く、その表情を極限まで無表情で覆い隠し、真面目に運搬作業に従事していた。  しかし、やはり足までは誤魔化す事が出来なかったのだろうか、不意に片方の戦闘員の足元が狂ったかと思うとーー 「きゃっ!?」 ーーその少女は『彼女』の身体に覆い被さるようにコケた。 「……ッ!?」  『彼女』の身体を襲った衝撃に、ハルキは一瞬泣きたい気持ちになった。  たとえもし、万が一、奇跡的にも『彼女』が生きていたとしても、おそらく彼女は虫の息だろう。そして、さっきまでのスク水戦闘員達との戦闘から考えるに、彼女達は極端に弱く、極端に生命力が低いという事がうかがえる。  それは、あの死体回収トラックの荷台に山盛りになっているスク水戦闘員達を見れば分かる事だ。  あの中には、ハルキが投げ飛ばしたスク水少女の身体にぶつかって死んだ女の子もいるのだ。彼女達はたったそれだけで死ぬのである。  したがって布団蒸しのように覆い尽くされ、あまつさえ灼熱地獄の中でハルキと激しくカラダを重ね合った『彼女』にとって命に別状がない事などほとんどあり得ないのである。  だからこそ、この『衝撃』は絶望的だった。ショートヘアのスク水隊員の身体が勢いよく『彼女』の体を打ち付けたこの一撃は、ともすればトドメの一撃にもなりかねないのだ。 「イテテ……」  身体的にも精神的にも未熟そうな、どこかフワフワした雰囲気のその隊員が、初めてその顔に人間らしい表情を醸し出す。 「ちょっとッ、気を付けなさいよ!」  彼女とペアを組んでいたもう一人の隊員が、囁くような小声でドジなパートナーを叱った。  そんなやりとりを見て、ハルキの心は激しい苛立ちに苛まれた。 「ご、ごめ〜ん……サッちゃんってば、またコケちゃった……」  そう言って、自分の事を自らサッちゃんと名乗ったその少女は自らの頭をナデナデとさすった。  そんな場違いな彼女の態度に、パートナーはさらに強い口調で叱り付ける。   「任務中なんだから真面目にしなさいッ!」 「ハ、ハイです!ゴメンなさい、ユウリちゃん!」  サッちゃんは急にピシッと背筋を伸ばし、大袈裟に態度を改めた。  彼女達は声を小さく潜めていた。その為か、幸い他の隊員達は特に気にもせずに作業を継続しているようであった。  そんな二人のやり取りは、黒のゴーグルを装着したスク水隊員が初めて見せた人間らしさだった。しかもサッちゃんと名乗るその少女の言動は、ハルキが受けた第一印象の『無機質』とは全く正反対のものだった。  しかし、それを見ていたハルキの表情は、さらに険しくなった。  なぜなら、彼にとっては、今重要なのは『彼女』の安否なのだ。  普段であれば可愛らしく、愛らしく思えた天然少女のうっかり具合も、今のハルキにとっては神経を逆撫でする要素でしかあり得ない。  いや、もっと言うと、『彼女』に対しトドメに近い一撃を加えておいて、そんな天然っぽいリアクションを取るのは、彼からすればもはやワザとフザけているようにしか思えないのだ。  ハルキは無性に、この間抜けヅラを晒しているサッちゃんという女を殴りたくなった。  怒りに震える彼は、紗羅が人質に取られているという現状を忘れかけていた。 「早く!生死確認して!」  先ほどユウリと呼ばれたーー小さな体躯の割に気丈な様子で、サラサラの長い髪を携えた少女がおっちょこちょいなパートナーを急かす。  ユウリは、その口調やゴーグルで隠れた目元以外の顔付きから、ややキツい印象が感じられてしまうが、それは逆に言えばしっかりした性格の裏付けであり、トゲトゲした雰囲気の隙間からは面倒見の良さが滲み出ていた。 「あ、は、はいです!」  ユウリの指示に、サッちゃんが慌てて『彼女』の手首を掴み上げる。  気持ちが焦り、イライラが募るハルキなどお構いなしに、サッちゃんはマイペースに『彼女』の脈を確かめる。   「う〜ん……なんだかよく分かんないな……」  サッちゃんはおそらくゴーグルの中でまん丸い目をクリクリとあちこちに巡らせているのだろうか。本来幾分かクールな印象を与える黒のゴーグルも、天然キャラの彼女に対しては全く効果を発揮せず、却ってマヌケさとのギャップによる違和感しか感じられない。  そしてもちろん、そんな彼女のすぐそばではハルキが怒り爆発寸前にまで追い込まれていた。  そしてしばらく彼女は脈を測りながら、ああでもないこうでもないと思案した結果…… 「これ、もう死んでるよ」  たった一言で、そう斬り捨てた。   「じゃ、運ぶわよ」  ユウリがあくまで事務的な様子で次にやるべき作業に取り掛かろうとした。  ハルキはというと、急激に絶望の闇に突き落とされたように、しばしの間我を見失っていた。  勝手で無謀ではあったが、一縷の望みに縋り付き、結果そのクモの糸すらも断ち切られた事で、彼はその絶望の淵の中で出口への蓋が閉じられたのであった。  もちろん、彼女達二人はそんな彼の様子に気づくはずがない。お構いなしに、『彼女』をあの有象無象のゴミの山の一部に加えようとした。  ハルキからすればそれだけでも耐え難い行為である。しかしーー  あろうことか、このサッちゃんという空気の読めない女は、決定的な一言を言い放ったのである。 「良かった〜。私のせいで死んじゃったかと思ったけど……もともと死んでたみたいだね」      その瞬間ーー  ーーハルキの中で、何かが弾けた…… 「フブゥ……オゥエッッ!!」  ガレージ内で、突如響いた醜い鳴き声。  気付けば、サッちゃんの鳩尾に、ハルキの足の爪先がめり込んでいた。 「ゲブゥッ!」  サッちゃんは口から体液を吐き出しながら、小さく、しかし深く凹んだ鳩尾を中心にその体を空中に浮遊させた。 「なっ!?」 「キサマッ!!」  辺りのスク水隊員達に緊張が走る。 「オェッ……グゲェ……!!」  身構えるスク水戦闘員達にも構わず、たった一人ただ体を暴れさせながら悶えるサッちゃん。  彼女は狂ったようにゴロゴロと跳ね回りながら、周囲に血とヨダレを撒き散らしていた。彼女のそんな姿は、ついさっきまでほんわかした雰囲気を醸し出していた天然娘ととても同一人物とは思えないものだった。 「……」  ハルキは次の獲物ーーつまりはユウリを見据え、ただ無言で足を踏み出そうとする。 「ひッ……!?」  元来気の強い性格だった彼女も、この時ばかりは恐怖のあまりわずかに口を歪めた。  今しがた強烈な一撃を見舞われ、自分の隣で狂乱し悶絶している同僚。しかもその同僚を今のような醜悪な姿に変えた人物が、今目の前で眼を据わらせ、自分を標的に動き出そうとしているのである。  構え上げるユウリの拳は、力無く震えていた。  その時だった。 「動くな!この女がどうなってもいいのか!」 「……!」  またも飛び出した声に、ハルキはハッと我に返った。 「最後の警告よ!次は無いわ!」  見ると、先ほどのボスらしき女が、厳しい表情でハルキを睨んでいた。  その隣では相変わらず、紗羅が別のスク水戦闘員に拘束されており、彼女の首にはダガーが突きつけられている。 「ハル!落ち着いて!」  彼女の存在を思い出したハルキは、自分のしてしまった事に思わず歯噛みした。もう少しのところで彼女を傷付けてしまうところだったのだ。 「グッ……」  また大人しくなったハルキのその様子に、周囲を取り囲む緊張感がわずかに解け始める。 「う……うぇ……ぅぅ……」  静けさを取り戻したガレージ内に響くのは、体をビクビクと痙攣させ、最期の生命を絞り出そうとするサッちゃんの呻き声だった。  彼女はだらしなく地に頬っぺたを擦り付け、口からは血とヨダレの混じった体液を垂らし続けていた。さらには股間からも小水を漏らし続け、彼女のもとには上下二つの小さな池が作られ始めていた。  スク水戦闘員の死骸を撤去する係だった少女が一人、今この瞬間自らもその死骸達の一部に変わろうとしていた。 「各自、回収作業を再開しなさい!」  脅威なしと判断したのか、ボスらしき彼女が全員に再度命令を下す。その声を合図に、スク水戦闘員達がまた、何事も無かったかのように回収作業を再開した。 「……」  他の隊員達が作業に従事するなか、ユウリはしばしの間茫然とかつて同僚だった『モノ』を眺めていた。  鳩尾を抱え込んだまま痛々しくうずくまる彼女の身体はもうピクリとも動かない。  気がつけば別のスク水隊員が今までの『仕事』通り、彼女の生死確認を行なっていた。  その少女はユウリの方へ顔を向けると、ゆっくりと首を左右に振った。 「ユウリ……運ぼう?」  彼女はあくまで冷静に、無感情を努め、ユウリを促したつもりだった。しかしいくら無表情を作ったところで、彼女の声音には同情の色が漏れ出ていた。   「……」  ユウリは無言でサッちゃんの亡骸に駆け寄っていく。そして同じように二人掛かりで遺体を抱え上げ、運び始めた。  ハルキはそんな彼女達をボーッと眺める。  元同僚を運ぶユウリ達がハルキの前を通り過ぎる際、彼の目にはやけにユウリの表情が焼き付いた。  黒の水中メガネをつけた彼女の表情は読み取りにくい。しかし無心を装っているとはいえ、何らかの感情が働いていることは確かなのだ。  ハルキの前を通り過ぎる時のユウリの顔は強張っていた。なぜなら今しがた同僚を殺害した男の目の前を通り過ぎようとしているわけである。  憎しみゆえの強張った表情なのか、恐怖ゆえの強張った表情なのか……  あとで彼女に聞いてみないことには分かるはずもない事だった。  ただそんな彼女達の様子を見てハルキがふと思った事はーー ーーなんだか仲間の死体を運ぶアリに似ているな、という事だった。  それはスク水隊員達の格好が『黒』を基調としているからばかりでは無い。  幼少の頃、虫の死骸を運んでいるアリを殺した時に、他のアリが、殺されたアリを運び始めた事を思い出したのだ。  彼はこの時、なぜかそんな事を思い出していた。 「回収作業、完了しました!」  スク水隊員の一人が彼女達のボスに向け、敬礼を行う。 「ご苦労、では余計な目撃者が出る前にここを去るわよ」 「了解!」    スク水戦闘員達がテキパキとした動きで、さっさとトラックに乗り込んでいく。トラックの荷台に積載されているのは、ドサドサと積み上げられた戦死したスク水戦闘員達。そこには当然『彼女』もサッちゃんもいるはずである。だが、今となってはもう誰が誰だか見分けが付かなくなってしまっていた。  そんな異様な空気を放つ『荷物』を隠す為か、荷台にはシートが掛けられる。 「じゃ、約束通りこの女は返してあげるわ」  彼女達のボスが、隣のスク水隊員にアゴで合図を送る。 「きゃっ!?」  羽交い締めされていた紗羅がドンっと突き飛ばされて、倒れ伏した。 「紗羅!」 「ハルッ!」  しかし紗羅はすぐに身を起こし、駆け寄ってきたハルキにしがみつく。  いつの間にかボスも含め、スク水隊員達は皆トラックに乗り込んでいた。 「おい、待て!」  ハルキは慌ててトラックに向け声を上げる。  助手席の窓からスク水戦闘員のボスが無言で一瞥をくれた。 「オメェは一体何者だ!?お前の……名を言いやがれ!!」  紗羅を抱きかかえながら、ハルキが吠えるように叫んだ。  すると彼女は面白そうにクスリと唇をつり上げた。そして言った。 「名前、ねぇ……。『ナナ』、とでも言っておこうかしら?」  その一言だけを残すと、けたたましいエンジン音とともに、トラックは彼女達を連れ去っていった。  そして、後には誰も居なくなった。 「ナナ……か。やっぱり……テメェが……」  ハルキは砕けんばかりの力で歯を噛みしめる。  ガレージの中にはハルキと紗羅の二人だけが残されていた。 それはまるで、最初から二人しか存在しなかったかのようだった。 

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死庫水女戰鬥員殲滅記 第十章 漫画版中国語ver

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スク水戦闘員を殲滅せよ 20話

 突如その場に響いた声。それはガレージ内の空気をピリリと震わした。  特に声量が大きいわけでは無いが、その声はどこか紙を引き裂いたときのような激しさを帯びていた。   「……?」  寸止めされたハルキの拳の前には、今や可哀想なくらい悲惨な有様になっているサヤの顔面があった。普通どれだけ整った顔立ちをしていようとも、これだけメチャクチャにされてしまってはもう見るに堪えない顔になるのは当然である。  しかし、サヤは違った。彼女の顔はボコボコに殴られ血にまみれ、苦悶の涙とシワでグチャグチャになってはいるものの―― ――その姿すらもどこか魅力的に見えた。  彼女はもはや、ただ一言に『美人』と締めくくってしまえるような存在では無かった。真の『美貌』というものは、たとえそこに泥が塗られようとも糞が塗られようとも、それすらも美の一部に変えてしまえるものなのだ。  ハルキは自らの背中に投げかけられたその声に意識を逸らす。今までサヤの身体を縫い留めていた彼の『視線』が引き抜かれると、同時に既に意識を混濁させているサヤの身体が壁伝いにズルズルとずり落ちていった。  ペタンと両膝をついたサヤの姿は、もはや一目見ただけではまだ生きているのかどうかすらも判別出来ない。  そして、ぶらん――と脱力したサヤの上半身は、ベチャリ――と濡れた雑巾を地面に叩きつけた様な音を立てて突っ伏した。  その倒れ姿は、部下たちの前でハルキに絶頂させられた時と同じ姿だった。 「……」  ハルキは無言で振り返る。 「妙な真似はしない事ね。この女がどうなってもいいの?」 「……ッ⁉」  その言葉はハルキの表情を一変させた。 「ハ、ハル……来ちゃダメ」  ハルキが視線を向けた先には、スク水戦闘員達。いや、彼女たちは先ほどまでハルキと死闘を繰り広げてきた戦闘員達とは違う―― 新手の集団だった。 「紗羅!」  いや、ハルキにとってはそれ以上に看過できない事がある。 「この娘の顔に傷を付けられたくなかったらそこから一歩も動かない事ね。」 そう言い放ったスク水女の隣で、もう一人の戦闘員が紗羅を羽交い絞めに拘束し、ナイフの刃をペタリと紗羅の頬に添えていたのだ。 「テメエら!紗羅を放しやがれ!」  ハルキが威嚇といっても差し支えないくらいの剣幕で吠えつけるも、紗羅を拘束しているスク水戦闘員は紗羅を解放する様子は微塵も無い。  よく見ると、その戦闘員――いや、他の戦闘員達も含めて、彼女たちは皆一様に黒の水中メガネを装着していた。 「そう取り乱さないでちょうだい。大人しくしていればこの娘には危害は加えないし、これ以上アナタに手を出す気も無いわ」  しかしそう落ち着いた声を発する彼女だけが別だった。彼女だけは水中メガネを付けていない。黒の水中メガネを掛けた他の少女たちは一言も声を発さず、整然と並べられたチェスの駒の様に直立不動で据え置かれていた。 「……テメエら、一体何のつもりだ?」  水中メガネで目元の表情が見えない為か、ハルキは彼女たちに対してひんやりと冷たいロボットの様な印象を抱いた。 「妙な事を聞くのね。本当は分かってるんでしょ?」 「……」  ハルキは押し黙る。落ち着いた声というよりかは、冷淡に響くその声音は、ハルキの内面に浸透し、彼の思考の一部をそっと表へ取り出して見せた。 「『警告』にしてはずいぶんと手荒いもんだな」  ハルキの回答は、彼女を喜ばせた。  どうやら彼女はお目当ての回答を取り当てたらしい。無機質に、嬉しそうに笑った。 「よく分かってるじゃない。ええ、これに懲りたんならもう私たちの事を探らないで」  ハルキはギリリと歯を食いしばりながらも、金縛りにあったように動けないでいた。紗羅を人質に取られている以上、彼女を危険にさらすわけにはいかないのだ。   しかし―― 一つだけ、彼の中で引っかかる部分があった。 「……おい。あんた、どっかで見たことある気がするんだが……」  彼女に対する、得も知れぬ既視感。ハルキの言葉を聞いた彼女は、初めは怪訝な表情を浮かべるものの、すぐにそれは不敵な笑みに変わった。 「なるほど……そういう事だったのね」  彼女のその笑みはまるでパズルがピタリと合わさったかのような満足げなものだった。そしてまたも彼女はハルキの心に浸透し、彼の思考をそっと取り出して…… 「父親を殺した人間にそっくりーー」  ハルキの顔から血の気が引いた。 「ーーとでも言いたげね」  彼女の言葉はまるでハルキの心を見透かしたかのように、ピタリと彼の疑問を当てて見せた。  しかし、顔面蒼白だったハルキはすぐに我を取り戻すと、今度はみるみるとその顔を怒りの赤へと染めていく。 「テメェ……やっぱり、あの時の……」  ギリリと歯を食いしばり、殺意を剥き出しに彼の腰が深く沈んだ瞬間。 「動くな!この女がどうなっても良いのか!」  紗羅を拘束しているスク水戦闘員がより一層強く紗羅の首へダガーを当てがう。ハルキはやるせない思いで踏みとどまった。 「クッ……」 「お利口ね。大事な彼女を傷つけたくないでしょう?」  踏みとどまったとはいえーー決して、冷静でいられているわけではない。今、父親の仇がすぐ目の前に突っ立っているわけだ。いつ彼の感情が爆発してもおかしくはなかった。 「ま、残念だけど父の仇を討つことは諦めなさい。私達の実力はさっき散々思い知ったでしょう?」 「実力?アンタこの状況が見えねえのか?殲滅されてるくせによく言うぜ」  けなすように笑うハルキの周りにはうら若きスク水戦闘員が死屍累々と横たわっていた。しかし彼の目の前にいる女は至って平然としていた。 「ええ。状況ならちゃんと見えているわ。今のアナタの状況もね」  けなすような笑みをそのまま返すその女。彼女の指摘にハルキはハッと今の自分の姿に気がついた。  彼の今の姿は上の服が全て脱がされており、髪はボサボサで顔にはいくつかのアザが薄く滲んでいた。疲弊しきったその表情からも、とても万全な状態とは言えなかった。 「想定より犠牲者は多かったみたいだけど、『痛い目を見せる』という任務は果たせたみたいね」  彼女は事もなげにそう言い放った。そんな彼女の態度に、ハルキも少し困惑を隠しきれない。 「おいおい……たかが男子高校生一人痛い目に遭わせるのに、三、四十人の仲間がぶちのめされたんだぞ。これを任務成功って言っちまって良いのか……?」 「戦闘に犠牲は常に付きものよ。私達はスパイ養成学校の生徒。任務中に命を落とす事など珍しくは無いわ」  落ち着き払った様子で、しかしその物騒な内容の言葉を前に、ハルキは思わず彼女の背後に立ち並ぶ少女達を見回した。  元来まだ幼さの残る顔のスク水少女達は、黒の水中眼鏡のせいですっかりと機械的な表情に成り代わっている。その証拠に、先程のボスらしき女の非情な言葉を前にしても顔色一つ変える事もない。  彼女達もとっくにいつでも死ぬ覚悟が出来ているからだろうか……それとも、まるでバッキンガム宮殿の近衛兵のように心を失わせているのか。 「とにかく、これは警告よ。これ以上私達の邪魔をしないでちょうだい。次は命の保証はしないわ」  有無を言わせぬ口調でハルキにそう言いつけた彼女は、彼の返事も待たずに自らの背後に控えるスク水戦闘員達に命令を発する。 「総員、撤収よ!戦闘の跡を第三者に見られると厄介だわ。負傷者を救護トラックに運び入れ、KIA(戦死者)は回収用トラックに積み込みなさい!」 「了解!」  ともすれば人形の様に思われていた彼女達が、息を揃えて応答した。幼さの残る声と、ピシャリと周囲を緊張させるような発声。華奢な少女達が軍隊然とした行動を取るその光景は、どこか奇妙で異彩を放っていた。元来か弱いはずの年端もいかない少女たちが、無理して強そうに見せているような感じがしてならなかったのだ。  そして彼女達はキビキビとした動きで展開し、死屍累々と横たわる仲間達のもとへと駆け寄って行った。  よく見ると彼女達は今までハルキと戦っていたスク水戦闘員達よりも、さらに一回り体が小さい。そこらに転がっているスク水少女達が均整の取れたスレンダーな身体である事に比べ、今バタバタと走り回っているスク水少女達は、どちらかと言うと、ヒョロリとした身体付きをしていた。13歳から15歳、恐らくは中学生くらいの年頃の少女達だろうか。  彼女達は、先輩達の無様で悲惨なヤラレ姿を目の当たりにしても、顔色一つ変えない。  彼女達は二人一組のペアを作って、心を押し殺したように事務的に、仕事に取りかかっていた。  あるペアが、亀のように丸くなっている戦闘員に駆け寄った。片方の女の子がその戦闘員を仰向けに転がした。ダランーーと力無く大の字でお腹を天井に晒した戦闘員。彼女の顔面にはわずかに鼻血の跡が残っている。  しかしそれよりも目を引いたのは彼女の股間である。失禁しながら横たわっている戦闘員は他にもいたが、彼女だけはその小便の量が段違いだった。  彼女は周囲に、まるで雨上がりに出来たような水たまりをこしらえており、今は無防備に晒されたその股間には、スク水の黒の生地よりも黒いシミが広がっており、その中にはクッキリと女性器の割れ目を浮かび上がっていた。  よく見るとその少女は、かつてアンリ、ミナと共にハルキを射精責めにして追い詰めるも、最後は彼に股間を蹴り上げられて悶絶した、ポニーテールの少女であった。  小便の池の中で長くなっている彼女のもとで、少女戦闘員二人が片膝をついている。片方の少女はポニーテール少女の手首を持ち上げ、神経を研ぎ澄ませるようにどこか一点を見つめていた。どうやら彼女の脈を測っているらしい。    「……」  しばらくすると、脈を測っていた少女がおもむろに顔を上げた。その幼いスク水戦闘員は、真正面でジッとその確認作業を見守っていたもう一人の仲間に対し、ただ無言でコクッと頷いた。  どうやらまだポニーテール少女に息があることを確認出来たらしい。  そうと決まると彼女達はまたテキパキと動き出した。まるで動から静、静から動。彼女達はメリハリをつけた素早い身のこなしで、ポニーテール少女の両脇、両足を二人掛かりで持ち上げた。  華奢で体重も軽いスク水戦闘員のはずだが、それを抱え上げる彼女達の様子は、少し重たそうに見えた。ハルキに軽々と持ち上げられるスク水戦闘員も、同じスク水戦闘員からしてみればやはりそれなりの質量を感じるのだろうか。  そして彼女達は小便まみれになった先輩戦闘員を、救護トラックの中へと運び入れていく。ハルキからもほんのチラッとだけ、荷台の中の担架に寝かされていく戦闘員達の姿が見えた。  ハルキの目の前にうずくまっているスク水少女のもとにも回収隊が駆けつけてきた。顔を突っ伏して、お尻を突き出して、世界で最も情けない土下座姿を晒しているのは、今しがたハルキに完膚なきまでに叩きのめされた美しき少女、サヤだった。  サヤを回収せんとする戦闘員は、まずは彼女を仰向けに寝かせるべく彼女の幅細い肩口とぷっくりと突き出されたお尻をグッと押し出した……  しかし、なぜかいくらグイグイ押してもサヤの身体がひっくり返る事は無かった。  ハルキも含め、回収要員二人が怪訝な目でサヤの様子をまじまじと見つめてみた。よく見ると彼女の体は、『明確な意思』を持って頑なに強張っているようだった。  サヤの表情は見えない。顔を地面にベッタリとくっ付けて、その周りには彼女の長い髪の毛、さらには悔しそうに握りしめられ床に添えるように置かれた両手。それらが遮蔽となって彼女の表情を窺う事が出来ないのだ。  その様子はどこか、意図的に顔を見られないようにしているようにも見えた。  二人のスク水少女は少し困った様子で一度彼女から手を離す。  サヤはピクリとも動かないが、あまりにも頑なに動かないその姿は、逆にまだ彼女に息がある証拠にもなった。いや、それどころかまだ意識が残っている事すらも示していた。  スク水少女達は二人で何やら手短に目配せをしあうと、いきなり二人掛かりでサヤの体を持ち上げようとした。  しかしなかなか思ったようには持ち上がらない。サヤが地面にしがみつくように抗い、素直に立ち上がろうとはしないのだ。  それでも二人は健気に試行錯誤しながら、なんとかサヤを立ち上がらせようと頑張っていた。  そして、そんなこんなでついに、彼女達は強引にだが、サヤの身体を立ち上がらせることに成功した。  顔面を床にへばり付ける事を諦めたサヤは、今度は素早く両手で顔を覆い尽くした。どうやら彼女はその情けない泣き顔を誰にも見られまいとする事には成功したようだ。  しかし見た目は両の足で立ってはいるものの、サヤはその全体重を両側から彼女の身体を支えている年下の戦闘員二人に完全に預けているようだ。彼女のそのプライドの欠片も無いような態度は、皮肉にも彼女自身のプライドの高さから来ているものに違いない。はたから見ても、その事がありありと分かってしまうところが尚の事哀れに見えた。  サヤはまるで駄々をこねる子供みたいに、引き摺られるようにして後輩戦闘員二人に連行されていく。彼女はその間もずっとガムシャラにただ顔を見られないことだけに努め、ハルキの目の前を通り過ぎるその時ーー小さく鼻を啜り上げていった……  サヤとポニーテール少女の他に生存者は、サヤの副官であるリンを始め、十人ちょっと。格闘での戦闘のはずが、意外に少ない生存者の数にハルキは内心驚いた。  地に倒れ伏すスク水戦闘員は、そのほとんどが戦死者用の回収トラックに積み込まれて行ったのだ。  さきほど打ち倒したアンリとミナもその例外では無かった。二人ペアのスク水戦闘員達がさっきの生死確認と同じ要領で倒れている戦闘員の手首を掴み上げると、一拍置いたのちにその様子を見守る相棒に対して首を静かに横に振る。  そして後は二人掛かりで脇と足を抱え上げると、あくまで冷静な様子でそれを持ち上げるのだ。彼女達のその姿は、いやに手慣れたものに思われた。  彼女達が向かう先はトラックの荷台。屋根の無い荷台の尻の部分からはスロープが垂れ下がっており、彼女達はせっせとその『荷物』を抱えながらスロープの上へと運んでいく。  そしてそこまでたどり着くと、二人は呼吸を合わせ、まるでブランコのように『スク水戦闘員だったモノ』を大きく左右に揺らしーー ーーそして投げた。  戦死者回収トラック、というよりかはゴミ収集車と言った方がふさわしいのかもしれない。  文字通り、ゴミのようにぷらーんと放り投げられた、枝のように細長い少女の四肢は一瞬のあいだ空中を彷徨うと、けたたましい音を立てながら無機質な鉄の荷台の上で踊り跳ねた。  仰向けでアルファベットのKの文字を象るように四肢を投げ出したスク水戦闘員の体勢は、彼女自身にとってあまりにも不本意な格好だったであろう。  そんな不格好な先輩戦闘員を見届けた後輩戦闘員二人はそんな彼女の末路に対し、特段哀れむ様子も見せず、かと言って軽蔑する様子も見せず、失望する様子も見せず、ただ心を押し殺したように無表情で踵を返すと、次の『荷物』へ目掛け走って行った……  そうして見る見るうちにガレージ内を散らかしていた死体が片付いていく。  それに比例して、トラックの荷台にも既にこんもりとした死体の山が出来上がっていった。黒色と肌色で構成された幾何学模様に彩られた山である。  ふとハルキはある方向へと目をやった。  二人のスク水戦闘員が、今度はハルキの方目掛けて駆け寄ってきていたのだ。  しかし、もちろん彼女達が用があるのはハルキに対してでは無い。むしろハルキの事など、まるで見えていないかのようだった。  無論、ハルキも別に動じたりはしなかった。ハルキ自身も、彼女達がただ自分の足元に転がっている死体を処理しに来ただけだという事を分かっていたからだ。  しかし、彼女達のそのお目当ての『モノ』に目を当てた途端ーー ーーそのまま彼の目はその『モノ』ーーかつて『彼女』だった『モノ』に奪われてしまった。

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死庫水女戰鬥員殲滅記 第九章 漫画版中国語ver

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死庫水女戰鬥員殲滅記 第八章 漫画版中国語ver

還要英文版嗎? 可是我不會英文。怎麼辦才好...?

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スク水戦闘員を殲滅せよ 16話 (挿絵無し)

  クイッ サヤの細い指が、ハルキのアゴをつまみ上げる。 至近距離でサヤと見つめ合う事を強制されたハルキは、つい彼女の真っ黒な瞳に吸い込まれそうになる。 そして一瞬、彼女が不敵な笑みを浮かべたと思えば―― スッ―― と、流れる様にハルキの唇を奪った…… 「――ッ⁉」 目を見開くハルキ。 目前にあるのは静かに目を閉じたサヤの顔だ。 先ほどまでの冷徹な印象などは微塵も感じられない、純朴な少女の顔だった。 しかし―― そんな無害な表情とは裏腹に、彼女の口はかなり攻撃的であった。 彼女のひんやりとした唇は、驚くハルキの口を無理矢理こじ開け、その口内へと侵入する。 そして、蹂躙する様にその中を掻き回し、彼の舌を見つけ出すと―― 纏わりつく様に舐め回した…… 「~~ッ‼」 ハルキは驚く。 最初彼女とディープキスを交わした時は、こんな慣れた様子は無かった。 身体を強張らせて、ぎこちない舌使いをしていたはずのサヤが、今では打って変わったかのように艶めかしい舌使いでハルキの口内を蹂躙、彼の性欲を刺激していく。 それに加え、スク水戦闘員二人係での贅沢な乳首攻め―― さらには不器用ながらも一生懸命肉棒をしごき続けるスク水戦闘員がまた一人。 口内―― 乳首―― 陰茎―― 三つ――いや、四つの性感帯を、四人のスク水戦闘員に同時に愛撫され、各部位それぞれが同時に脳へと『快感』という信号を伝達する。 しかし―― その情報はハルキの脳を錯綜し、たちまち彼の頭は一種のパニックを引き起こしてしまったのだ。 それはいわば、快楽の津波。 ――絶頂をガマンしなければならない。 ――なんとか耐えなければならない。 そんな思いさえも全て押し流してしまう―― そんな、訳の分からないほどの暴力的な快楽。 もはや苦しみさえ伴う、そんな矛盾した最高級の快感により…… 「んんッ⁉ウプッ……」 サヤによるダメ押しのディープキスを味わった事で、ハルキの陰茎は決壊したかのように悲鳴を上げ―― 「…………ひぐっ‼」 彼の股間に溜まっていたものが一気にその場に放出された…… 「きゃっ⁉」 途端、下半身の方から短くも、可愛らしい悲鳴が聞こえた。 果てたハルキの肉棒の先…… その先には、先ほどから肉棒を扱いていた大人しめのスク水戦闘員―― 彼女の顔は白濁色の液体ですっかり汚れてしまっていたのだ。 「…………。」 急に飛び出してきたハルキの精液は彼女の目に命中したのか、彼女はギュッと目を閉じたまま固まっている。 さらには垂れてきた精液が口に入らないようにするためか、口まで真一文字にきつく結んでいた。 恐らく、射精というものについて、知識としては知ってはいたが、うっかり失念してしまっていたのだろう。 彼女はゆっくりと顔を伏せると、まるで女の子が涙を拭くときの様に、指で器用に精液を拭いだした。 「あまり私を舐めない事ね。 前アナタにやられたのは、不意を突かれたからつい混乱してしまっただけよ。」 サヤはそう吐き捨てると、つまみ上げていた彼のアゴを投げ捨てる様に解放した。 「ウウッ……アアッ……」 ハルキはだらしない声を漏らしながら、彼の身体は壁に沿って、力なくずり落ちていく。 ――が。 「まだよ。」 一切の温もりも感じないような、そんな無慈悲な声がハルキを切り裂いた。 虚ろになっていたハルキの目は、わずかにその声の主へと向きあげられる。 「この者を休ませないで。そのまま立たせておくのよ。」 「「了解」」 サヤの一言により、先ほど乳首を愛撫していたスク水少女二人が応答した。 ガシ―― と両腕を抱え上げられるハルキ。 「アンリ。いつまでへばっているの? 早く準備しなさい。」 アンリと呼ばれた少女は、先ほどハルキの肉棒を激しく扱いていたせいで、しばらく下を向いたまま動けないでいる。 ハルキからは彼女の表情を窺う事は出来ないが、激しい息遣いに合わせて両肩が大きく上下している所を見ると、かなり体力を消耗しているようだ。 「ハア……ハア…… ……り、了解ッ」 しかし、アンリは健気に上官の指示に応えようと、何とか声を絞り出した。 「ローテーションよ。次はミナ。貴女が股間部を担当しなさい。」 「了解!」 威勢良く応答したのは、さっきはハルキの左の乳首を舐めていたスク水戦闘員だ。 可愛らしく、ふんわりした雰囲気の女の子。 その童顔からは、純粋そうで子供っぽい雰囲気とは裏腹に、先ほどのアンリのような緊張した様子など微塵も感じられない。 しかし…… ミナの見た目からはとても経験豊富そうには見えないにもかかわらず、何故かハルキの胸の内では嫌な予感がしてならなかった…… なにせ先ほど彼の左乳首を舐めていた時―― 彼女の舌使いはまさに神掛かっており、硬さ、形、動き、自らの舌を変幻自在に操っていたのだ。 正直ハルキにとって、サヤを覗いては、あの三人の中では彼女に弄ばれた左乳首が最も辛く感じた。 一方、先ほどハルキの右乳首を舐めていたスク水戦闘員はというと―― 彼女はテキパキとした動きで彼の左側に移動している。 それに対するアンリは、相変わらずヘトヘトになりながらも何とかハルキの右側へとスタンバイした。 「大丈夫?」 左のポニーテールのスク水戦闘員が小さな声でアンリを気遣う。 それに対し、アンリは少しだけ彼女の方へと顔を向けて―― 「――。」 ほとんど聞こえないぐらいの小さな声で返事をした。 たぶん素振り的に『ウン』とか『ハイ』とか言ったのだろう。 こうして―― スク水戦闘員三人が再び位置に着いた。 肉棒、左乳首、右乳首―― 彼女たちは各々が担当する各部位をジッと――まるで虫眼鏡で火を起こすように、その対象を真剣な眼差しで見つめている。 それも、生暖かい鼻息が掛かるくらいの至近距離で…… 「はあ……はあ……」 たったそれだけの事なのに…… その三点の性感帯はそのジリジリと焼け付く様な視線を浴びることで、彼は再び言いようも無い刺激に苛まれた。 つい―― ハルキはポニーテールの少女とアンリの、二人の後頭部に手を回してしまう。 アンリの髪の毛は重く、しっとりとしており、髪を滴る汗はいまだに熱を帯びていた。 ポニーテールの少女は、先ほどハルキが後頭部を鷲掴みにしたせいか、後ろにピチッと寄せ集められていたはずの彼女の髪の毛が少々乱れていた。 そして―― しな垂れていた彼の肉棒は、徐々に活力を取り戻し、目の前にいるミナの挑戦を受けて立とうと言わんばかりに、その頭を上げて行く…… そんなハルキの息子をサヤは蔑むように見下ろし、嘲笑し、毒づいた。 「ホンット……散々射精したばかりなのにね。 この男、やっぱりケダモノだわ。」 その言葉に、ハルキは何故か余計に欲情してしまった。 それもそのはず。 同い年くらいの女の子複数人に間近でマジマジとアソコを凝視され、さらには勃起していくところも無抵抗のまま見守られ、あげくに冷たい侮蔑の言葉をも吐かれたのである。 あまりの恥ずかしさを通り越して、快感へと変換されてしまったのだ。 「貴女たち――やってしまいなさい!」 ついに彼女の号令が掛かり―― 再び三人はその顔をハルキの身体に押し当てた…… 「フッ……ウっ!」 また―― さっきと同じ感覚が押し寄せる。 彼はまたさっきと同じように両乳首を舐める二人の頭を自分の胸に押し付けた。 今回は意図的にやったと言ってもいい。 こうすると幾分かはマシになるのだ。 「「アガッ……ウプッ……」」 するとまるでデジャヴのように―― 二人は先ほどの様に、乙女らしさの欠片も無い様な声を出して、顔面をぐしゃりと歪ませた。 ポニーテールの少女は先ほどと特に変わらない。ミナほどではないが、その舌使いはそこそこ上手い。 一方、アンリの方はというと…… 彼女の舌使いは先ほどの手コキと同じように、相変わらずぎこちなく、おそらくその技術は三人の中で比べると一番劣っているかの様に思われる。 「……ウエッ……ガ……ァ……」 しかも、今はハルキに顔面を押し付けられたせいで、愛撫するどころの話では無く―― 只々、カエルのような鳴き声を上げながら、ギブアップをするかのように、左手でポコポコとハルキの肩を叩くばかりだった…… ――これは大丈夫そうか? 彼は一瞬…… ……そう確信した。 しかし、その淡い期待は、大きく裏切られることになる…… 彼の下腹部―― 肉棒を担当するミナが、いよいよ『仕事』に取り掛かったのだ。 最初彼女は―― ハルキの肉棒を下に押し付けて上から見下ろしてみたり、右に逸らして左から覗きこんでみたり、左に逸らして右から覗きこんでみたり、上に押し上げて下から覗きあげてみたり…… さながら骨董品を値踏みでもするかのようにあらゆる角度からブツの造形をチェックしていた。 やがて、何かが分かったのか、準備が出来たかのような表情を見せると――   ピロッ と肉棒の裏側を舐めた。 「ウンっ……」 たったそれだけなのに―― いや、それだけだったからこそか―― 彼女の細く尖らせた熱い舌先は、ハルキの性感帯を的確に刺激した。   ビクンッ と彼の肉棒が跳ね上がったことを確認すると、まるで面白いおもちゃを見つけた子供の様に、小さく唇を緩ませる。 そして再び彼の裏筋を、今度は舌先でコチョコチョとくすぐってみる。 彼女の舌の動きは指先の様に自由自在で、それはあたかも柔らかく、それでいて熱く濡れた細い指のようだった。 「~~ッ⁉」 そんなミナの絶技に、ハルキは再び、睾丸から何かが流れ出す感覚を覚えてしまう。 そして―― それを見計らったかのように、ミナのアプローチは徐々に大胆さを増していった…… 彼女は大きく口を開け、大きな舌をベロンと突きだし―― 大きい円を描く様に肉棒のカリ首を舐め回した。 それは先ほどの様な、細く尖らせた舌で部分的に引っ掻くようなものでは無く―― 広い面積で柔らかく、撫でる様に唾液を絡ませて…… 「ああッ……うあっ!」 そうして肉棒が十分に濡れそぼったタイミングで――   チュポ 彼のアソコは熱く締った、小さな穴へと吸い込まれたのだった…… 「ウがっ⁉」 挿入―― 本気でそう錯覚してしまうくらい、彼女の口の中は女の子のアソコとよく似ていた。 キツく締った唇が、絶妙な熱加減、絶妙な力加減でハルキの肉棒を絞り上げていく…… いや、ある意味彼女のフェラはただの膣への挿入よりも刺激的なのかもしれない。 なぜなら膣内と見紛うほどの熱く弾力のある口内では、相変わらずあの変幻自在なミナの舌が縦横無尽にハルキの肉棒を蹂躙していくのだ。 「ウウッ……だ、ダメだ!」 テンポよく顔をピストン運動させながらも、舌の方はまるで別の生き物のように複雑にうねらせている。 彼女の神掛かったテクニックに―― 「も、もうガマ――ハウッ⁉」 ハルキはたまらず射精してしまった…… それは―― 一回目の時よりも早く訪れた絶頂だった。

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