スク水戦闘員を殲滅せよ 20話
Added 2020-09-12 21:12:18 +0000 UTC突如その場に響いた声。それはガレージ内の空気をピリリと震わした。 特に声量が大きいわけでは無いが、その声はどこか紙を引き裂いたときのような激しさを帯びていた。 「……?」 寸止めされたハルキの拳の前には、今や可哀想なくらい悲惨な有様になっているサヤの顔面があった。普通どれだけ整った顔立ちをしていようとも、これだけメチャクチャにされてしまってはもう見るに堪えない顔になるのは当然である。 しかし、サヤは違った。彼女の顔はボコボコに殴られ血にまみれ、苦悶の涙とシワでグチャグチャになってはいるものの―― ――その姿すらもどこか魅力的に見えた。 彼女はもはや、ただ一言に『美人』と締めくくってしまえるような存在では無かった。真の『美貌』というものは、たとえそこに泥が塗られようとも糞が塗られようとも、それすらも美の一部に変えてしまえるものなのだ。 ハルキは自らの背中に投げかけられたその声に意識を逸らす。今までサヤの身体を縫い留めていた彼の『視線』が引き抜かれると、同時に既に意識を混濁させているサヤの身体が壁伝いにズルズルとずり落ちていった。 ペタンと両膝をついたサヤの姿は、もはや一目見ただけではまだ生きているのかどうかすらも判別出来ない。 そして、ぶらん――と脱力したサヤの上半身は、ベチャリ――と濡れた雑巾を地面に叩きつけた様な音を立てて突っ伏した。 その倒れ姿は、部下たちの前でハルキに絶頂させられた時と同じ姿だった。 「……」 ハルキは無言で振り返る。 「妙な真似はしない事ね。この女がどうなってもいいの?」 「……ッ⁉」 その言葉はハルキの表情を一変させた。 「ハ、ハル……来ちゃダメ」 ハルキが視線を向けた先には、スク水戦闘員達。いや、彼女たちは先ほどまでハルキと死闘を繰り広げてきた戦闘員達とは違う―― 新手の集団だった。 「紗羅!」 いや、ハルキにとってはそれ以上に看過できない事がある。 「この娘の顔に傷を付けられたくなかったらそこから一歩も動かない事ね。」 そう言い放ったスク水女の隣で、もう一人の戦闘員が紗羅を羽交い絞めに拘束し、ナイフの刃をペタリと紗羅の頬に添えていたのだ。 「テメエら!紗羅を放しやがれ!」 ハルキが威嚇といっても差し支えないくらいの剣幕で吠えつけるも、紗羅を拘束しているスク水戦闘員は紗羅を解放する様子は微塵も無い。 よく見ると、その戦闘員――いや、他の戦闘員達も含めて、彼女たちは皆一様に黒の水中メガネを装着していた。 「そう取り乱さないでちょうだい。大人しくしていればこの娘には危害は加えないし、これ以上アナタに手を出す気も無いわ」 しかしそう落ち着いた声を発する彼女だけが別だった。彼女だけは水中メガネを付けていない。黒の水中メガネを掛けた他の少女たちは一言も声を発さず、整然と並べられたチェスの駒の様に直立不動で据え置かれていた。 「……テメエら、一体何のつもりだ?」 水中メガネで目元の表情が見えない為か、ハルキは彼女たちに対してひんやりと冷たいロボットの様な印象を抱いた。 「妙な事を聞くのね。本当は分かってるんでしょ?」 「……」 ハルキは押し黙る。落ち着いた声というよりかは、冷淡に響くその声音は、ハルキの内面に浸透し、彼の思考の一部をそっと表へ取り出して見せた。 「『警告』にしてはずいぶんと手荒いもんだな」 ハルキの回答は、彼女を喜ばせた。 どうやら彼女はお目当ての回答を取り当てたらしい。無機質に、嬉しそうに笑った。 「よく分かってるじゃない。ええ、これに懲りたんならもう私たちの事を探らないで」 ハルキはギリリと歯を食いしばりながらも、金縛りにあったように動けないでいた。紗羅を人質に取られている以上、彼女を危険にさらすわけにはいかないのだ。 しかし―― 一つだけ、彼の中で引っかかる部分があった。 「……おい。あんた、どっかで見たことある気がするんだが……」 彼女に対する、得も知れぬ既視感。ハルキの言葉を聞いた彼女は、初めは怪訝な表情を浮かべるものの、すぐにそれは不敵な笑みに変わった。 「なるほど……そういう事だったのね」 彼女のその笑みはまるでパズルがピタリと合わさったかのような満足げなものだった。そしてまたも彼女はハルキの心に浸透し、彼の思考をそっと取り出して…… 「父親を殺した人間にそっくりーー」 ハルキの顔から血の気が引いた。 「ーーとでも言いたげね」 彼女の言葉はまるでハルキの心を見透かしたかのように、ピタリと彼の疑問を当てて見せた。 しかし、顔面蒼白だったハルキはすぐに我を取り戻すと、今度はみるみるとその顔を怒りの赤へと染めていく。 「テメェ……やっぱり、あの時の……」 ギリリと歯を食いしばり、殺意を剥き出しに彼の腰が深く沈んだ瞬間。 「動くな!この女がどうなっても良いのか!」 紗羅を拘束しているスク水戦闘員がより一層強く紗羅の首へダガーを当てがう。ハルキはやるせない思いで踏みとどまった。 「クッ……」 「お利口ね。大事な彼女を傷つけたくないでしょう?」 踏みとどまったとはいえーー決して、冷静でいられているわけではない。今、父親の仇がすぐ目の前に突っ立っているわけだ。いつ彼の感情が爆発してもおかしくはなかった。 「ま、残念だけど父の仇を討つことは諦めなさい。私達の実力はさっき散々思い知ったでしょう?」 「実力?アンタこの状況が見えねえのか?殲滅されてるくせによく言うぜ」 けなすように笑うハルキの周りにはうら若きスク水戦闘員が死屍累々と横たわっていた。しかし彼の目の前にいる女は至って平然としていた。 「ええ。状況ならちゃんと見えているわ。今のアナタの状況もね」 けなすような笑みをそのまま返すその女。彼女の指摘にハルキはハッと今の自分の姿に気がついた。 彼の今の姿は上の服が全て脱がされており、髪はボサボサで顔にはいくつかのアザが薄く滲んでいた。疲弊しきったその表情からも、とても万全な状態とは言えなかった。 「想定より犠牲者は多かったみたいだけど、『痛い目を見せる』という任務は果たせたみたいね」 彼女は事もなげにそう言い放った。そんな彼女の態度に、ハルキも少し困惑を隠しきれない。 「おいおい……たかが男子高校生一人痛い目に遭わせるのに、三、四十人の仲間がぶちのめされたんだぞ。これを任務成功って言っちまって良いのか……?」 「戦闘に犠牲は常に付きものよ。私達はスパイ養成学校の生徒。任務中に命を落とす事など珍しくは無いわ」 落ち着き払った様子で、しかしその物騒な内容の言葉を前に、ハルキは思わず彼女の背後に立ち並ぶ少女達を見回した。 元来まだ幼さの残る顔のスク水少女達は、黒の水中眼鏡のせいですっかりと機械的な表情に成り代わっている。その証拠に、先程のボスらしき女の非情な言葉を前にしても顔色一つ変える事もない。 彼女達もとっくにいつでも死ぬ覚悟が出来ているからだろうか……それとも、まるでバッキンガム宮殿の近衛兵のように心を失わせているのか。 「とにかく、これは警告よ。これ以上私達の邪魔をしないでちょうだい。次は命の保証はしないわ」 有無を言わせぬ口調でハルキにそう言いつけた彼女は、彼の返事も待たずに自らの背後に控えるスク水戦闘員達に命令を発する。 「総員、撤収よ!戦闘の跡を第三者に見られると厄介だわ。負傷者を救護トラックに運び入れ、KIA(戦死者)は回収用トラックに積み込みなさい!」 「了解!」 ともすれば人形の様に思われていた彼女達が、息を揃えて応答した。幼さの残る声と、ピシャリと周囲を緊張させるような発声。華奢な少女達が軍隊然とした行動を取るその光景は、どこか奇妙で異彩を放っていた。元来か弱いはずの年端もいかない少女たちが、無理して強そうに見せているような感じがしてならなかったのだ。 そして彼女達はキビキビとした動きで展開し、死屍累々と横たわる仲間達のもとへと駆け寄って行った。 よく見ると彼女達は今までハルキと戦っていたスク水戦闘員達よりも、さらに一回り体が小さい。そこらに転がっているスク水少女達が均整の取れたスレンダーな身体である事に比べ、今バタバタと走り回っているスク水少女達は、どちらかと言うと、ヒョロリとした身体付きをしていた。13歳から15歳、恐らくは中学生くらいの年頃の少女達だろうか。 彼女達は、先輩達の無様で悲惨なヤラレ姿を目の当たりにしても、顔色一つ変えない。 彼女達は二人一組のペアを作って、心を押し殺したように事務的に、仕事に取りかかっていた。 あるペアが、亀のように丸くなっている戦闘員に駆け寄った。片方の女の子がその戦闘員を仰向けに転がした。ダランーーと力無く大の字でお腹を天井に晒した戦闘員。彼女の顔面にはわずかに鼻血の跡が残っている。 しかしそれよりも目を引いたのは彼女の股間である。失禁しながら横たわっている戦闘員は他にもいたが、彼女だけはその小便の量が段違いだった。 彼女は周囲に、まるで雨上がりに出来たような水たまりをこしらえており、今は無防備に晒されたその股間には、スク水の黒の生地よりも黒いシミが広がっており、その中にはクッキリと女性器の割れ目を浮かび上がっていた。 よく見るとその少女は、かつてアンリ、ミナと共にハルキを射精責めにして追い詰めるも、最後は彼に股間を蹴り上げられて悶絶した、ポニーテールの少女であった。 小便の池の中で長くなっている彼女のもとで、少女戦闘員二人が片膝をついている。片方の少女はポニーテール少女の手首を持ち上げ、神経を研ぎ澄ませるようにどこか一点を見つめていた。どうやら彼女の脈を測っているらしい。 「……」 しばらくすると、脈を測っていた少女がおもむろに顔を上げた。その幼いスク水戦闘員は、真正面でジッとその確認作業を見守っていたもう一人の仲間に対し、ただ無言でコクッと頷いた。 どうやらまだポニーテール少女に息があることを確認出来たらしい。 そうと決まると彼女達はまたテキパキと動き出した。まるで動から静、静から動。彼女達はメリハリをつけた素早い身のこなしで、ポニーテール少女の両脇、両足を二人掛かりで持ち上げた。 華奢で体重も軽いスク水戦闘員のはずだが、それを抱え上げる彼女達の様子は、少し重たそうに見えた。ハルキに軽々と持ち上げられるスク水戦闘員も、同じスク水戦闘員からしてみればやはりそれなりの質量を感じるのだろうか。 そして彼女達は小便まみれになった先輩戦闘員を、救護トラックの中へと運び入れていく。ハルキからもほんのチラッとだけ、荷台の中の担架に寝かされていく戦闘員達の姿が見えた。 ハルキの目の前にうずくまっているスク水少女のもとにも回収隊が駆けつけてきた。顔を突っ伏して、お尻を突き出して、世界で最も情けない土下座姿を晒しているのは、今しがたハルキに完膚なきまでに叩きのめされた美しき少女、サヤだった。 サヤを回収せんとする戦闘員は、まずは彼女を仰向けに寝かせるべく彼女の幅細い肩口とぷっくりと突き出されたお尻をグッと押し出した…… しかし、なぜかいくらグイグイ押してもサヤの身体がひっくり返る事は無かった。 ハルキも含め、回収要員二人が怪訝な目でサヤの様子をまじまじと見つめてみた。よく見ると彼女の体は、『明確な意思』を持って頑なに強張っているようだった。 サヤの表情は見えない。顔を地面にベッタリとくっ付けて、その周りには彼女の長い髪の毛、さらには悔しそうに握りしめられ床に添えるように置かれた両手。それらが遮蔽となって彼女の表情を窺う事が出来ないのだ。 その様子はどこか、意図的に顔を見られないようにしているようにも見えた。 二人のスク水少女は少し困った様子で一度彼女から手を離す。 サヤはピクリとも動かないが、あまりにも頑なに動かないその姿は、逆にまだ彼女に息がある証拠にもなった。いや、それどころかまだ意識が残っている事すらも示していた。 スク水少女達は二人で何やら手短に目配せをしあうと、いきなり二人掛かりでサヤの体を持ち上げようとした。 しかしなかなか思ったようには持ち上がらない。サヤが地面にしがみつくように抗い、素直に立ち上がろうとはしないのだ。 それでも二人は健気に試行錯誤しながら、なんとかサヤを立ち上がらせようと頑張っていた。 そして、そんなこんなでついに、彼女達は強引にだが、サヤの身体を立ち上がらせることに成功した。 顔面を床にへばり付ける事を諦めたサヤは、今度は素早く両手で顔を覆い尽くした。どうやら彼女はその情けない泣き顔を誰にも見られまいとする事には成功したようだ。 しかし見た目は両の足で立ってはいるものの、サヤはその全体重を両側から彼女の身体を支えている年下の戦闘員二人に完全に預けているようだ。彼女のそのプライドの欠片も無いような態度は、皮肉にも彼女自身のプライドの高さから来ているものに違いない。はたから見ても、その事がありありと分かってしまうところが尚の事哀れに見えた。 サヤはまるで駄々をこねる子供みたいに、引き摺られるようにして後輩戦闘員二人に連行されていく。彼女はその間もずっとガムシャラにただ顔を見られないことだけに努め、ハルキの目の前を通り過ぎるその時ーー小さく鼻を啜り上げていった…… サヤとポニーテール少女の他に生存者は、サヤの副官であるリンを始め、十人ちょっと。格闘での戦闘のはずが、意外に少ない生存者の数にハルキは内心驚いた。 地に倒れ伏すスク水戦闘員は、そのほとんどが戦死者用の回収トラックに積み込まれて行ったのだ。 さきほど打ち倒したアンリとミナもその例外では無かった。二人ペアのスク水戦闘員達がさっきの生死確認と同じ要領で倒れている戦闘員の手首を掴み上げると、一拍置いたのちにその様子を見守る相棒に対して首を静かに横に振る。 そして後は二人掛かりで脇と足を抱え上げると、あくまで冷静な様子でそれを持ち上げるのだ。彼女達のその姿は、いやに手慣れたものに思われた。 彼女達が向かう先はトラックの荷台。屋根の無い荷台の尻の部分からはスロープが垂れ下がっており、彼女達はせっせとその『荷物』を抱えながらスロープの上へと運んでいく。 そしてそこまでたどり着くと、二人は呼吸を合わせ、まるでブランコのように『スク水戦闘員だったモノ』を大きく左右に揺らしーー ーーそして投げた。 戦死者回収トラック、というよりかはゴミ収集車と言った方がふさわしいのかもしれない。 文字通り、ゴミのようにぷらーんと放り投げられた、枝のように細長い少女の四肢は一瞬のあいだ空中を彷徨うと、けたたましい音を立てながら無機質な鉄の荷台の上で踊り跳ねた。 仰向けでアルファベットのKの文字を象るように四肢を投げ出したスク水戦闘員の体勢は、彼女自身にとってあまりにも不本意な格好だったであろう。 そんな不格好な先輩戦闘員を見届けた後輩戦闘員二人はそんな彼女の末路に対し、特段哀れむ様子も見せず、かと言って軽蔑する様子も見せず、失望する様子も見せず、ただ心を押し殺したように無表情で踵を返すと、次の『荷物』へ目掛け走って行った…… そうして見る見るうちにガレージ内を散らかしていた死体が片付いていく。 それに比例して、トラックの荷台にも既にこんもりとした死体の山が出来上がっていった。黒色と肌色で構成された幾何学模様に彩られた山である。 ふとハルキはある方向へと目をやった。 二人のスク水戦闘員が、今度はハルキの方目掛けて駆け寄ってきていたのだ。 しかし、もちろん彼女達が用があるのはハルキに対してでは無い。むしろハルキの事など、まるで見えていないかのようだった。 無論、ハルキも別に動じたりはしなかった。ハルキ自身も、彼女達がただ自分の足元に転がっている死体を処理しに来ただけだという事を分かっていたからだ。 しかし、彼女達のそのお目当ての『モノ』に目を当てた途端ーー ーーそのまま彼の目はその『モノ』ーーかつて『彼女』だった『モノ』に奪われてしまった。