SakeTami
ドーン
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【連載】憑依遊戯 第3話 『収穫』された先生


 職員室に戻った由依菜先生は、すぐに帰り支度を始める。

 教育熱心な彼女は、普段は遅くまで残っているほうだが、今日は急いで帰りたいらしい。

 その様子を不思議がる他の教師には、今日は用事が有るから早めに帰ると説明しているようだ。


 俺は散々迷ったが、やがて荷物を担いだ彼女を見て意を決し、職員室から出てきたところを押さえる。

 正直に言えば、目の前の女性を乗っ取っている未知の存在が怖かったが、かろうじて勇気……そして好奇心……が勝った。


「先生、話があるんですが……」


「えっと……そう、霧峰君だったわね。ごめんなさい、今から帰るところなの。すぐに終わる話かな?」


 俺が話しかけると、普段通りに笑顔になって応対する先生だが、やはり学校から去ることを優先したいようだ。

 その笑顔に心を揺すられるが、俺は強気に前へ出る。


「いえ、たぶん無理です」


「あら、そうなの?じゃあ、週明けに改めてはどうかな?私、ちゃんと相談に乗るわよ?」


「いえ、今じゃないと駄目で……。先生、さっきいつでも相談に乗るって言ってくれたじゃないですか!」


 食い下がる俺の言葉に、嫌そうな顔をした由依菜先生だったが、不意に俺の顔を見つめると、何かを思い出したかのように小声で呟く。


「……ああ、あの時反応した男子ね……」


 そして1つ頷き、再び笑顔になって続ける。


「……わかったわ。それじゃあ……進路相談室に行きましょうか?私も君の事、少し気になっていたの」


「え?」


 意味深な言葉にドキリとした俺に対し、少し意地悪めいた微笑みを浮かべた先生は荷物を持ったまま歩き始めた。

 戸惑いつつも俺は後に続く。

 相談室に着くと有難いことに誰もいなかった。向かい合って席に着くと彼女のほうから話を切り出してくる。


「それで話って何かな?真剣な話みたいだったからやっぱり進路の事でしょ?そう思ってこの部屋にしたんだから。ここには資料もあるし……」


 本当に気が回って優しい先生らしい言葉に、気づきながらも信じたくなかった結論に辿り着く。

 先生を乗っ取っている霊体は、その美しい体を奪っただけでなく、先生の記憶と人格、つまり魂までも自分の支配下に置き、本人に成りすまして楽しんでいるのである。

 同時に『美女を乗っ取る』という『男の夢』を実現した存在に、憧れ・嫉妬・畏怖など様々な感情が入り乱れて興奮している自分がいた。

 

(こいつは俺の憧れている先生じゃない!先生を乗っ取って成りすましてるだけの神楽由依菜モドキだ!)


 俺はそう強く思い込み、気力を振り絞って言葉を吐き出す。


「あんた、誰なんだ?俺は見たんだ、あんたが給湯室で男のような口調で下品なことをしてるのを!」


 俺が問い詰めると、目の前の女は呆気にとられたように見つめ返す。

 そして何故か愉快そうに笑い始めた。


「うふふふ……、あっ、ごめんなさい、笑ってしまって。でも君が悪いのよ?真面目な顔で突然おかしなことを言うから」


「おかしなこと?何が?」


「それじゃあ聞くけど、君は私が何者だというの?誰がどう見ても私は君のクラスの副担任をしている神楽由依菜よ、そうでしょ?」


「……神楽先生のフリをして誤魔化すな!正体をあらわせ!」


 俺が必死に声を出す様子に、女教師モドキは一瞬だけ目を細めて冷ややかな視線を向けるが、次の瞬間には困ったような顔になり、真剣な口調で語り始める。


「……どうして君がそんな事を言い出したのかは分からないけど……困ったことがあるのなら言って欲しいの。私、真剣に相談に乗るわ。私じゃあ頼りないのかもしれないけど、教師として君のことは大切に思っているの。だからおかしな事を言って私を困らせるのだけは止めてね、お願い……」


「……」


 普段の由依菜先生と同じ控え目で優しい反応に、俺は言葉が詰まる。

 乗っ取っている霊体が完璧に彼女になりきれている事を悟り、このまま問い詰めても無駄だと悟ったからだ。


 俺は仕方なく最初から説明を始める。

 自分が霊を視る事が出来ること、そして目の前の先生を乗っ取っている相手が何をしていたか、最初から見た事実をそのまま淡々と述べていく。

 その間、由依菜モドキは黙って俺の話に耳を傾けていた。

 その表情は、どことなく嬉しそうに見える。

 そして、俺の話が終わると同時に何故か笑い始めた。


「うふふ……あはは……ひひひ……がははは!」


 声は先生のまま、笑い声が徐々に下品なモノに変わっていく。

 終いには腹を抱えて、まるで中年のオヤジのように大げさな動作で笑い出した。

 美貌を歪めて楽しそうに話し始める。


「……ちょっと霊感が強いだけの覗き魔かと思っていたが……まさか、俺が完全に『視えて』いたとはな!こいつはイイ!」


 先生の綺麗な声で下品な男言葉が漏れた。

 モドキはニヤリと笑うと、言葉を続ける。


「お前、命拾いしたな。ただの覗き魔だったらキツイお仕置きをしてやろうと思っていたんだぜ?」


「お仕置き?」


「ちょっとだけ想像してみな……」


 そう言ってモドキは神楽先生の美しい顔に浮かべた下品な笑みを更に深め、大きな胸を鷲掴みして大胆に揉み始めると、言葉を続けた。


「……俺がこの女になりきって、お前に暴行されたって主張したらどうなるんだ?」


 俺は自分の顔から血の気が引くのを感じた。

 普段の先生を知る人なら全員、その主張を全く疑わないだろう。

 そうなれば少なくとも、この学校には居られなくなる。

 最悪、社会的に抹殺されることになるかもしれない。


「でもまあ『視える』っていうなら話は別だ。覗き見したことは忘れてやる。その代わりちょっと付き合ってもらうぞ」


 そう言うと、こちらの返答を待たずに荷物の中からスマホを取り出し、いずこかへ電話をかける。


『……はい……』


 スマホから若い女性の声が流れた。


「おう、麗奈、俺だ。例の場所へ車を回せ!……おっと忘れるところだった、客を一人連れていく」


『かしこまりました……』


 電話に出た女性に指示を終えた由依菜先生――正確には乗り移った男の霊体に操られた由依菜先生の体――は荷物を持つと立ち上がった。


「一緒に歩いてるとお互い目立つから、少し離れてついてこい」


 俺は急いで教室から自分の荷物を担いでくると、指示された通りに、少し離れて由依菜先生の後を追い始めた。



 校外に出てしばらく歩くと、近所にある公園の前に1台のバンが停まっていた。

 窓ガラスは全てマジックミラーのようで、外から中の様子を見る事はできない仕様のようだ。

 誘われるまま後部座席に乗り込む。


 車内は、まるで室内であるかのように改造されていて、向かい合って設置されているソファのようなシートに向かい合って座って、足を伸ばしてくつろげる広さをもっていた。

 中で待っていた人物は3人。

 目を閉じて瞑想してるような中年の男と、彼を守るように隣でこちらに警戒した鋭い視線を投げかけてくる女豹のような印象の美女、そして前の運転席にメガネを掛けた女が座っていた。


 由依菜先生が男の前の席に座ると、自分の隣の場所を軽く手でたたいた。

 俺は居心地悪さを感じながらも、こちらを見つめる女性の前に、向かい合うように座る。

 

 先生はそのまま座席に背を預けると、突然意識を失ったようシートにもたれかかる。

 するとその体から魂が抜け出てきた。

 先生の姿をした霊体が俺に振り返ると、その表情にニヤリと笑みを浮かべる。

 それが合図だったかのように、その姿が歪み始め、次の瞬間には男の姿に戻っていた。

 その霊体の姿と座席に眠る中年の男の姿を見比べて、同一人物であることを俺は確認した。

 突然、男の霊体がその場に屈みこんだ。

 何事かと思ったが、次の瞬間、俺は思わず目を背けそうになる。

 男の尻から別の霊体が、まるで排泄物のように垂れ流れて床に溜まっていく。

 それが何なのか、なんとなく察した俺は吐き気を催すが、かろうじて顔をしかめるだけに留める。

 全てが排出されると、その霊体の塊は擬態するスライムの様に立体的に盛り上がると、人の形をとる。

 すぐに女性の柔らかい輪郭を手に入れたソレは、段々と細部が形成されて行き、やがて美しい女体の姿となった。


(……ああ、やっぱり由依菜先生だ……)


 元の姿に戻って、中年の霊体の前に立つ女性の霊体の顔を見て、俺は暗い気分になる。

 男の霊体の中で一度消化されて再形成されたであろう霊体が、まともなものとは思えなかったからだ。


 そんな俺の心中を無視して、男の霊体は由依菜先生の霊体を掴むと、シートにもたれて意識の無い彼女の体に押し込む。

 全ての作業が終わると男の霊体も本来の体に戻っていった。

 中年の男が目を開けると同時に先生の意識も戻る。

 男が口を開いた。


「さあ由依菜、これからは俺がお前のご主人様だ。お前は俺に奴隷として仕えるんだ、わかるな?」


「はい、ご主人様」


 落ち着いた声ではっきりと返答する神楽由依菜。


「それじゃあ……まずはこいつをしゃぶってみろ」


「……はい……」


 男が股間からイチモツを取り出しながら命じると、神楽由依菜は顔を赤らめながらも従順に返事した後、男の前にひざまずき、口で奉仕を開始した。


「さすがにフェラチオは知っていたようだが、やはり下手だな。まあ、仕込みのし甲斐はあるがな……もういいぞ!」


「……はい、失礼しました……」


 由依菜は奉仕を止めると、自分の席に戻って座る。

 そして次の命令を待つ忠実な犬の様に、自分の主人を見つめ始めるのだった……。



 男は自分の下半身を元に戻すと、一連の様子を唖然として見ていただけでまだ一言も話すことができない俺に向かって、口を開いた。


「まずは簡単に紹介しておこうか。運転席に居るのが麗奈。俺の秘書をさせている」


 戸惑いながらも、その女性を見つめる。

 知性的な雰囲気を持つ美女だ。

 視線が合うと会釈をしてきたので、こちらもぎこちなくだが返しておく。


「見た目通り頭が良くてな。弁護士をやっている」


 男の説明に俺はあっさり納得する。

 次に男は自分の横に座る女性を指さす。


「こっちは冴子だ。主にボディガードをさせている」


 俺が視線を向けても特に反応することなく、相変わらず冷たい視線を浴びせてくる。


「いろんな格闘技を修めていてな。もし俺に危害を加えようとしたら、3秒で1ヵ月の入院生活を約束しよう。まあ、一応忠告だ」


 どちらの女性にも共通して言えるのは、タイプは違えど由依菜先生と同じかそれ以上の美貌と、スーツ姿が美しく映えるスッキリとしたスタイルの持ち主であることだった。

 男はニヤニヤ笑いながら続ける。


「あと俺の事は、そうだな……『D』とでも呼んでくれ」


 そして顔を真面目に戻すと切り出してきた。


「さて本題だ。単刀直入に言うぞ。俺の仲間になるんだ。お前に拒否権はないし、裏切ることもできないことくらいはもう理解できているだろ?」


 その時は憧れていた女性に社会的・精神的に抹殺されるということだろう。

 俺は苦い思いを飲み込んで首を縦に振った。


「まあ、そんな顔をすることはないさ。お前もきっと後で良かったと思うさ。で、何か聞きたい事はあるか?今こたえられる事なら答えてやるぞ?」


 俺は疑問に思っていたことを尋ねた。

 なぜ由依菜先生なのかと。

 他にも芸能人やモデルなどメディアに出ている美しい女たちがいるではないかと。

 男の解答は苦味を含んでいた。


「ああ、あいつらは駄目だ。全員、どこかの組織の所有物で、所属事務所に貸し出されてるだけだ」


「えっ!みんな同じように霊体を改変されてるってことですか?」


「いや、詳しい手法は分からないが、なんらかの手段で支配され管理されているのは間違いない。程度の差はあるだろうがな。所属事務所に忠誠を誓うように暗示を与えられた程度のやつもいるだろうし、起きている間の行動は完全に管理されて、自由なのは夢の中だけってレベルの奴もいるだろうな。いや、夢さえも管理されてるかもな」


「……」


 メディアで見かける美女たちの現実を知って、俺は言葉が出ない。


「だから俺みたいに個人レベルで行動してると、この女みたいに狭い範囲でしか認知されてない上物を『収穫』するしかないのさ」


 男の回答が終わると、俺は車から降ろされた。

 由依菜先生はこのまま連れて行かれるようだ。

 憧れていた女性のこれからの人生を想像して、俺は再び暗い気分になる。

 そんな俺を見て男は最後に言った。


「たぶんお前の心配は的外れだぞ。少し考えてみれば分かることだ。この女の人生をぶち壊したところで一時的な享楽は得られるかもしれないが、その後がこっちにとっても面倒すぎる。女にはちゃんと普段の生活を送らせて、こちらの用事があるときは優先的に働かせる。これがベストだ。まあ、若干の仕込みは必要だがな……」


 俺はその場に立って、走り去る車の姿が消えるまで目で追う事しか出来なかった。




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