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“東凶魔京”「魔群胎動」①


妖魔に対峙する組織は数多くある。

警視庁の“退魔特捜部”。“朱雀の巫女”率いる“朱宮神社”。西条麗華がオーナーを務める“西条退魔社”。

そしてここ…“剣の姉妹”。この四つが有名なところである。

“剣の姉妹”は修道女により構成された退魔師結社であり、その母体はバチカンにある。

世界的に見ても著しく正邪のバランスが狂った東京の惨状を重く見て、邪悪の監視と信徒の安全の確保を目的に彼女たちは派遣された。

その実力は高く、瞬く間に他の組織の、そして妖魔たちの注視することとなる。

中でも最強と称えられるエージェント、システィナ=マーレィに火急の任務が舞い込んだのは数刻前のことだった。


彼女が朝の祈りを捧げるために教会を訪れると、扉の前に一人の男がへたり込んでいた。

システィナに気づき、起こしたその顔は憔悴しきっていた。

涙でボロボロになりながら、彼はシスティナの足にすがりつく。

「た…助けて……ください……うあぁああッッ!!」

前後不覚の男をシスティナは宥め、ひとまず教会に招き入れる。膝を抱えたまま震える男を、システィナは傍らで見守り続けた。

ようやく気を落ち着かせたのか、視線の定まってきた彼は少しづつ話し始めた。

「…俺は、ここから離れた漁村の漁師です」「何があったのですか?」

「…妖魔に、村がやられました。今頃ァ…全滅してるかもしれねぇです…」

システィナの表情が強張った。「襲撃を受けたのですね」

「襲撃?いや違ぇ…あいつら、地下道からでも海からでもなくッ…ッひ、“人の中”から出てきやがった!!お、俺ぁ恐ろしくて!全部捨てて一晩中走って逃げてきたんだッ!!う…うわあぁあぁッッ!!」

男は再び恐慌状態に陥ってしまう。これ以上の話は難しそうだ。

「お話ありがとうございました。辛いことを思い出させてしまって、ごめんなさい。貴方の身は“剣の姉妹”が責任を以って保護しますわ」

システィナは上役と連絡を取る。

すぐに討伐隊を組むことを要請し、自分が斥候を務めるために先に現地入りする旨を伝えた。

他のエージェントが教会に現れると、システィナは漁師の男を託して出立した。


一晩中走ったといっても、人の足でのこと。然るべき交通手段を使うことで、半日足らずで目的地付近に到達できた。

この辺りは数年前からゴーストタウンとなっている地域だ。

件の漁村まで数キロメートル、妖魔に気づかれることを避けるためにも、ここからは徒歩で向かおう。

「!…あれは…」朽ちたガソリンスタンドの横に、大型のバイクが捨てて…いや、置いてあった。

逃げてきた村民のものだろうか…?それとも…。「いえ…今は進みましょう」

システィナは慎重に村へと近づいていく。妖魔にも人にも遭遇しないまま、潮の香りの届く距離まで来た。


そこで突然、何かの気配を物陰に感じた!妖魔か…?

システィナは息を殺して近づき、仕掛けた。

“相手”も同じタイミングで武器を振るい、お互いの身に届く直前で止めた。知ってる人間だった。

ライダースーツのジッパーを臍が見えるまで降ろした黒髪の美女。見紛うはずもない。

「不動遼子。お久しぶりですわね」

「血の臭いが漂ってきたから、妖魔と思って斬るところだったわ。“剣の姉妹”の処刑人、システィナ=マーレィ」

退魔師の勢力間は決して一枚岩ではなく、結果、こうして任務がバッティングすることもあるのだ。


先にシスティナが愛剣を鞘へと納めた。遼子もフンッと鼻を鳴らして準じる。

「あのバイクは貴方のものでしたか。ここへ来た目的は…というのは愚問ですね。どこまで掴んでますの?」

「…期待させて悪いけど、たぶんわたしは、アンタより情報を持ってないよ」

「貴方のところにも、逃げのびてきた方がいらしたのですか?」

「いや…。この先の村には、以前わたしが仕事を請け負ったことのある客がいるんだ。その人から今朝、電話で緊急の要請があった。“村が食い尽くされる、助けてくれ”ってさ。詳細を聞こうと思ったけど、すぐに通じなくなった」

「村が…食い尽くされる…?」

「そうだ。妙な言い回しだと思うよねぇ。“襲われてる”とかならわかるけど…」

「わたくしの元に逃れてきた方は、妖魔が“人の中”から出てきたとおっしゃってましたわ」

「………」


二人は村の方角を見遣った。怒号や悲鳴が聞こえることはない。それが不気味だ。

「現地に行く以外、真相を確かめる方法はなさそうだな…と、言いたいけど、アンタは支障あるんじゃないか?

“剣の姉妹”は、“特捜部”や政府に関わる他の退魔師との馴れ合いはタブーなんだろ?」

「…貴方と直接対立してるわけではないので、問題はないかと。それに、助けを待つ人々がいるのに、組織の体裁にこだわっている場合ではありませんわ」

「へぇ…いいだろう。ここからは共同戦線を張ろうか、システィナ」

「心遣いに感謝しますわ。急ぎましょう」


遼子という同行者を得て、システィナの行軍ペースは上がった。

二人になったことで、カバーできる警戒範囲が広がり、死角から奇襲されるリスクが減ったからだ。

もっとも、それは遼子がシスティナと同等の技量を持っているからであって、その辺の退魔師ではかえって足枷になっただろう。


村の入り口に着いた。人の往来はやはり、ない。

たち込める妖気と、潮に微かに混じった血の臭いが、希望を削ぐ。

遼子が無言で地面を顎で示す。血だまりがあった。システィナは眉をひそめる。

量を鑑みるにこの場所で、少なくとも住人が一人は餌食となったと見て間違いない。

血の主は持ち去られたのだろうか。

遼子は視線だけで、システィナに進行を促した。


入り口から最も近い民家の庭先に足を踏み入れた。遭敵を前提にして、二人はすでに剣を抜いている。

遼子が戸をゆっくりと引いていき、システィナがその反対側で構えた。


カラ… カラ… カラ… 


完全に開き切り、陽光が室内を照らすが、何もいない。

生活感漂う居間に、晩ごはんらしきものが四散していた。

開きっぱなしだったらしい勝手口へ、風が吹き抜けていく。

「………!」家族写真がある。

システィナには見覚えのない顔だったが、「…わたしの依頼人だ」遼子が呟いた。

コードレスフォンが床に転がっている。

ここでは有力な手掛かりは得られない。二人は家を後にする。住人達はどこへ行ってしまったのか。

妖魔に襲われたことは揺るぎない事実だろうが、不可解な点が多過ぎる。


ガサ…


「!!」

その思考にノイズが混じる。物音。明らかに生物の発した音。二人の間に緊張が奔る。

音源を探ると、庭の片隅に積まれた干し草の陰に、何かがうずくまっていた。

システィナが武器を構えようとするのをよそに、遼子はズカズカと距離を詰めていく。

「ま、待ちなさい!」

遼子を呼び止めるシスティナの声に反応したのか、“それ”は振り返り、口を大きく開けたが、直後に遼子に塞がれた。


「んんッ!!むぐぐぐッッ!!」

「待て、騒ぐな!わたしだ、不動遼子だ!以前君とも会ってる。覚えてないか?助けに来た!」


その正体は幼気な少女。システィナも気づいた。

つい先刻見た家族写真に写っていた子。オーバーオールがよく似合う健康的な小麦色の肌と、天真爛漫な笑顔が印象的だったが、怯えきった今の表情は別人のようだ。

「ふー…!ふー…!」

遼子の懐で少し落ち着いてきた少女だったが、全身は震え、瞳からは断続的に涙が零れ続けている。

「システィナ、一度撤退しよう。とても話せる状態じゃないし、この子を連れたまま任務の続行は危険すぎる」

「そうですわね。わたくしが殿を務めます。貴方はその子を護ってくださいませ」

「ありがとう」


妖魔に遭敵することもなく、一行は村の入り口にまで辿りついた。

「………?」

突如、少女の動きが止まった。目を見開いたまま、身じろぎひとつしない。

「!!………ッ」

システィナは嫌な予感がした。それに応えるように、少女の身体がビクンビクンと律動して、仰向けに倒れた。

「どうしたッッ!?」「何ですの!?」

後方より追随していたシスティナと天地逆さのままの少女の目が合った。


「た…たすけ…て…ッッ!?ぐッ…ぎゃあアアああァあッッ!!」


とても少女の口から発せられたとは思えない、獣のような咆哮。

彼女の腹が、オーバーオール越しにモコモコと激しく変形し始めた。

成す術のない二人の前で、白目を剥いてバタバタともがく少女。

一瞬だけ、嵐の前の凪のように、その暴虐が収まった次の瞬間、未成熟な膣口を突き破り、全長二メートルほどのワーム型の異形が、少女の身体から産みだされた。


予期せぬエンカウント。しかし二人は鍛え抜かれた戦士であり、即座に迎撃の体勢をとる。

低い唸り声とともに全身をのび上がらせ、彼女たちを揚々と見下ろす妖魔。

その向こう側に、病的に痙攣する少女が映る。

一瞬の逡巡の後、システィナはワーム型の脇を抜けようと奔る。

「システィナ!」「!?」

ドスゥゥ…ンッ

その進路を妖魔の巨体が塞いできた。

「どきなさいッ!!」

「ダメだ、システィナッ!先にこいつを始末するぞ!」


遼子が仕掛けた。

全身をしならせ、錐もみに回転しながらワームを尾から切り刻む。

ザシャシャシャシャッ 「ギョオオオオッ!!」

初めて味わうであろう激痛に、異形はのたうち回る。

怒りに任せて傷ついた尾を薙ぎ払うが、彼女は易々と垂直の跳躍で躱す。

「フンッ…いくら強靭な肉体があろうと、産まれたてのケダモノ。知性も経験もないお前が、わたしに適うか」


「ギュロロロ…」「む?」

標的を変えたのか、ワームの向いた先にはシスティナが。

遼子が戦うスキに少女の元へ辿りついて、回復の聖法を施していたようだ。

「行ったぞ、システィナ!」「………」

頭から丸呑みにせんと、再びのび上がって襲い来る妖魔に対し、システィナは胸元で十字を切ると、彼女の剣が光を帯び始めた。

加護を受けた神速の剣戟は、真一文字、そして縦に天から地へと、それは遼子の動体視力をもってしても一瞬で二太刀を重ねたようにしか映らなかった。

十字架を刻みつけられた妖魔は四つに分かれ、粒子となって散り失せた。


「………」システィナは終始無言だった。

「聖剣“クリスクロス”か。噂には聞いていたが、すさまじいな。…システィナ、その子は?」

「…間に合いませんでしたわ」

「…そう…か。…その子を、妖魔に見つからない場所に隠して、今一度探索に戻ろ…!?」

突如、遼子にシスティナが詰め寄る。

「どうして…そんな冷静でいられるのですッ!!…どうして………ッ!」

仏頂面のままの遼子の固く握られた手から、血が滲んでいた。

「…不動遼子、あなたは……ッ」

遼子の瞳に宿る悲愴なまでの覚悟。

彼我を問わず、甘さを赦さない強固な意志に、システィナは気圧され、二の句を告げなくなった。


問答を止め、彼女たちは少女の亡骸を妖魔の手に渡らないよう、一時的に埋葬した。

任務を遂行し終えたら、正式に弔うつもりだ。

「行きましょうか、不動遼子」

「遼子でいい。いちいちフルネームじゃ、呼びにくいだろ」


二人は村の探索を再開した。

あの少女の犠牲を経て、謎の一端は明らかになった。

教会へと避難してきた漁師の言葉、“人の中から妖魔が出てきた”とは、まさに彼女の身に起こったことだろう。

人の身に潜伏する種の妖魔。それがこの小さな漁村を蝕む害悪。

慎重に、最大限の警戒をもって調査を進めながら、断片的な情報から事の全体像を組み立てていく。

遼子の依頼人は“村が食い尽くされる”と云った。

繰り返しになるが、“襲われる”ではなく、他に含意のある言い回しだ。

ひとつ、踏み込んで想像してみる。

もし、先刻排除した個体が、システィナたちのいない場所で誕生していたら?

あるいはそこに、非力な一般人がいたら?

考えられるのは、貪食の連鎖。

人の身を宿とし、産み出された個体が新たな贄に仔を孕ませ、増殖を繰り返す。

だとしたら、この村は…。


「システィナ。ここで最後だ」「!」

集会所として使用されていた、村で最も大きな建造。

バリケードを張ったのか、椅子やテーブルが四散した入り口は破壊され、照明は落ちて、荒涼としていた。

物音ひとつしない内部を進む二人は、大広間の手前で止まる。強烈な死臭が漂う。

バンッっと、蹴り開けた扉の向こうに、想像通りの光景があった。


「う!!」「…くッ!!」

広間の床を死体が埋め尽くしていた。

哀れな村民たち、その多くは女性で、孔という孔を拡張され、中には下腹部や胸部を突き破られた惨い有り様のものもあった。

原型を留めず、肉片となっていた者は、逆に多くが男性と“思われる”。

室内に入り、遼子のつま先に当たった首は、彼女の依頼人だった。

「………」「う……ウェェッッ!!」

システィナは耐え切れず嘔吐した。

理解した。この村は、餌にされたのだ。

妖魔どもが同族を殖やし、育てるために、文字通り食い尽くされた!


「…出るぞ。生存者も妖魔もいなかった。事態も把握できた。ここに留まる理由はない」

遼子に引き摺られるように外に連れ出されたシスティナは、地にへたりこんでしまう。

「うぅ…ッ…わたくしは…わたくしは……」

「ああいう現場は初めてか?…そいつは、幸せだったわね」

その口振りは、責めるでも憐れむでもなく、羨望の色を帯びていた。

第一線で戦う退魔師であるシスティナは数多くの妖魔を滅し、当然その中で犠牲者も目の当たりにしてきた。

しかし、これほどまでに人の尊厳が踏みにじられた光景を見ることのなかった彼女は、確かに幸せだったのだ。


その後は、何の発見もなく、妖魔にも遭遇しないまま日が暮れる。

「妖魔の一団は、すでにここを離れたと結論づけていいな。わたしたちだけでこれ以上の探索は限界がある」

「…その点は心配ありません。すでに我が“剣の姉妹”から討伐隊が派遣されてる筈ですわ」

「そうか…では、わたしたちは到着までここで野営だな。すでに奴らの時間帯だ。たった二人で今からの行軍は危険すぎる」

「えぇ。交代で睡眠をとりましょう」




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ご無沙汰しております。前回より、少し間が空いてしまいました。

…リアルのことに、ひとつ大きな区切りがつきまして、帰ってまいりました。

これからまたエロ創作活動再開いたします!(`・ω・´)


さて、スマッシュ代作さんとの合作『東凶魔京』シリーズ、新エピソード「魔群胎動」編、開幕です。

先の四編とはまた異なる、妖魔の息吹がミストのように漂う不気味な空気感となってます。

“魔都”と化した東京では、妖魔はいつでも隣人。

退魔師も一般人も隔てなく、彼らにとっては餌であり、玩具なのです。

前エピソードから連投の遼子さんと高潔なシスターのシスティナさんの二人に、じわじわと混沌が這い寄っていきます(邪笑)



“東凶魔京”「魔群胎動」① “東凶魔京”「魔群胎動」① “東凶魔京”「魔群胎動」① “東凶魔京”「魔群胎動」①

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