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乙女心は空のよう。(1)

勢いで書く着地不明なまことちゃん現世編です。 *****  1867年11月15日、京都河原町の近江屋にて坂本龍馬と中岡慎太郎が何者かに襲撃される。龍馬はその日のうちに亡くなり、慎太郎も襲撃2日後に亡くなるという事件である。このことを那賀岡まことは知っていたにもかかわらず、それを本人たちに伝えることが出来ずにいた。というのも、その事を誰かに伝えようとすると身体がいうことをきかなくなったのだ。 (歴史が変わってしまうおそれがあるからだろうか……。でもこの世界は作りものの世界だというのに) そう。那賀岡まことはこの世界の住人ではない。  彼女は高校2年、ごく普通の女子高生である。まことはある日突然、自身が通う学校の先輩である棚久花という生徒がプログラミングし作成した幕末モチーフのゲームの世界へ吸い込まれてしまったのであった。久花はまことが所属する生徒会をとある件で恨んでおり、その復讐としてまことたち生徒会員の一部生徒に『幕末時代を体験できるバーチャルゲームを作ったのでテストプレイをしてほしい』と依頼したのがすべての始まりであった。 テストプレイに参加したのは生徒会長の武智瑞希、副会長の阪元すずか、まことの後輩である芳村琥々、まことの4人である。瑞希とまことは以前から久花のことを怪しんでおり、テストプレイの提案に対して嫌そうな表情を浮かべていたが、すずかと琥々が面白そうとはしゃぎながら久花お手製のVRゴーグルを装着しているのを見て渋々とゴーグルを受け取った。 テストプレイははじめは問題なく出来ていたが、プレイ中に突然意識が遠のいていき、4人とも気を失ってしまった。 まことは意識だけゲームの世界にもっていかれていると解釈し、元の世界に帰るための手がかりを探し始めた。 (早くこの世界から脱出しないと最悪の場合……。いや、あたしはいいんだ。あたしより琥々や先輩たちが心配だ)  まことはこの世界から出るための手がかりを探していると、中岡慎太郎と出会い共に行動することになった。 慎太郎と共に行動している中ですずかに再会することができたが、瑞希と琥々とは再会することができなかった。すずかが身を置いているという坂本龍馬が率いる海援隊という組織にいた志士の中に琥々に会ったことがあるという者がいた。その者の話によると、琥々は天誅組という武装集団と共に行動していたが、天誅組壊滅後行方が分からないという。琥々と共にいたという吉村虎太郎という男も琥々と同じく行方不明になっているという。 「まことが探しゆう琥々もじゃが、武市先生と一緒におった瑞希も先生が亡くなった後行方が分からん」 慎太郎からの情報を聞いたまことは眉間にしわを寄せるがひとつの仮説を立てた。  琥々と瑞希が消えたとされるタイミングが吉村虎太郎と武市瑞山という琥々と瑞希の名前に似ている志士の命日のタイミングであること。つまり自分の名前と似ている志士、中岡慎太郎が亡くなるタイミングで自分もこの世界から離れることが出来るのではないか、というものだ。 もし、この仮説が正しい場合、近江屋事件で龍馬が殺害されたタイミングで、すずかが行方不明になるはずである。  近江屋事件が起こる1週間前にまことは片岡盛馬と2人で出かけた。 片岡盛馬。土佐出身者で陸援隊士である彼は誰に対しても優しい男である。紅紫色の髪の毛で長いもみあげの先は少し巻かれている。まぶたには薄紫色のアイシャドウ、見た目が少々派手である。陸援隊士の中でも年長者な彼は何度か新選組と対峙しており、両者共に酒を帯びている状態にはなるが、あの沖田、永倉、斎藤という面々と斬り合いになったこともあり、斬り合いの中で重傷を負ったものなんとか生き延びたという運の良い男だ。 まことは得体の知れない自分を気にかけてくれた優しい盛馬に恋をした。 それはまことにとって初めての恋だった。 近江屋事件が起こる前までに想いを伝えようと思っていたが、彼女は告白する勇気を出せなかった。今日も言えそうにないと俯くまことに盛馬は匂い袋を見せる。 「良い香りだろう? 小間物屋で見つけた。君に合うと思ったのだが、受け取ってくれるかね」  まことは盛馬を見上げて何度も瞬きをしながら両手で匂い袋を受け取った。金木犀の優しい薫りにまことは「これがあたしに合うんですか?」と問いかけると盛馬は頷いた。 「ずっと考え事しているように見えたのだが、何か悩みでもあるのかね。僕でよければいつでも聞こう。1人で抱えるのは君の悪い癖だ」 「あの、今までありがとうございました」 「おや、どうしてそんな事を言うのだね。まるで最後のようではないか」 「……なんとなく言っておいたほうがいいのかなと思っただけです。盛馬には迷惑をかけてばかりだったから」 困ったように笑うまことに盛馬は不審に思ったが、それ以上何も聞かないという選択をした。  近江屋事件が起こる当日、まことは慎太郎を見送ると布団の上で盛馬から貰った匂い袋を両手で大事に握りながらぎゅっと目を瞑っていた。金木犀の優しい香りに包まれているうちに眠りに落ちた。 彼女が次に目を覚ました場所はゲームの中の世界ではなく、病院のベッドの上だった。 「……あ」 「まこと先輩!」 まだきちんと目が覚めていないのかぼーっとした表情で声のほうを見ると大切な後輩である琥々の姿があった。 「琥々……ああ、よかった。無事だったんだな……」 「まこと先輩も無事でよかったあ!」 琥々はわっと泣き出す。まことはゆっくりと体を起こすと腕に刺さっていた点滴の針がちくりと痛んだ。  その後2ヶ月の間意識を失っていたことを聞かされた。琥々と瑞希はまことやすずかより早く意識が戻り、瑞希の回復後、元凶である久花を捕獲してゲームから強制脱出させるプログラムを組ませていたが、なぜかうまく組み込むことが出来なかったそうだ。 「久花、下手したら犯罪よ」 瑞希が紐で縛られ床に横たわっている久花をぎろりと鋭い目つきで見下ろす。 「も、元はといえば生徒会が超天才なボクへの予算なくしたのがいけないんでしょ!」 「部として成立していないのに予算を割くわけがないでしょう。それの恨みでこんな最悪命に関わるようなバーチャルゲーム……許すわけにはいかないわ」 「く……でもキミたち、いい経験したんじゃないのぉ?例えば『恋』とかさあ?」 にまにまと笑う久花にびくりと反応するまことと琥々。 「架空の人物に恋したってねえ~?いいザマだよ!」 琥々はぎゅっと目を瞑ると部屋を飛び出して走り去ってしまった。その姿をみた瑞希は竹刀を久花の目の前に勢いよく振り下す。 「ひえっ」 「お前は3ヶ月学校に入らせないわ。反省しなさい」 「……っ、別にいいけど?天才の気持ちなんて凡人にはわからないもんね?」 「なんと無礼な!」 「無礼はどっちだ! キミボクより学年下のはずだよね!?」 「まこと、いいわ。すずかも回復したみたいだし私は先に帰ります。貴女も自分のタイミングで帰宅なさい」 「久花は、」 「放っておきなさい」 「はあ!?ちょっとお前……っ」 「わかりました。あたしも帰ります」 「こらあ!ボクを置いていくなー!!」 久花の声は空しく響くだけであった。  まことは帰る途中琥々の家に寄るか迷ったが、自分の体調のこともあり、まっすぐ帰ることにした。もう二度と盛馬に会うことはないという事実が、まことにとってとてもつらかった。肩を落としながら歩いているとふわりと金木犀の香りがした。まことは辺りを見渡すが金木犀はどこにもない。 「まさか、」 まことは恐る恐る自分のカーディガンのポケットに手をいれると何かが入っていることに気が付きそれを取り出す。手のひらをゆっくり開くと盛馬から貰った匂い袋があった。 「なんでこんな……。肉体はこちらの世界だったじゃないか……」 まことは匂い袋を大事に両手で包みこむ。 「……嬉しい」 涙が溢れそうになるのをぐっと我慢してまことは帰路を急いで借りているマンションに到着した。久しぶりに帰ったからかポストにはたくさんの封筒や情報誌が入っている。まことはそれを抱えて自分の部屋のドアを開けるとなぜか電気がついていた。まさか泥棒か?とまことは警戒しながら玄関で靴を脱ぐとばれないように足音を立てずにリビングへと進んでいく。玄関に置いてあった傘を構えてリビングに入るとまことに気づいた人物が振り返る。 「おや、久しぶりだね。……ところでここはどこかね。見慣れないものしかなくて困っていたのだよ」 まことは構えていた傘を床に落として小刻みに震えていたが力が抜けたのか床に座りこんでしまった。 「盛馬……?うそ、なんでいるの……?ええ……?」 「ずいぶん混乱しているように見えるが僕にも何が何だか分からないのだよ」  盛馬はまことの傍で腰を下ろして優しく微笑むとまことは弾かれたように盛馬に勢いよく抱きついた。盛馬ははじめは驚いていたが、まことの背中を優しく撫でた。  まことが落ち着いた後、2人は二人掛けのソファーに並んで座るとあの日のことを互いに話し始めた。 盛馬の話す内容はまことが知っている史実と同じだった。両隊長が亡くなり海援隊と陸援隊の残党が天満屋に討ち入りをしたが、どうやら盛馬は参加しなかったらしい。 「どうして参加しなかったんですか?」 「両隊長が殺害されみな冷静でなくなってしまっていてね。海援隊士たちはいろは丸事件の恨みで紀州藩の仕業だの、新選組の仕業だの歯止めが利かなくなってしまったんだ。僕は判断材料が足りないという理由で参加はやめたのだが、その討ち入りで庄さんが亡くなってしまった。それだけでなく相手を仕留め損ねてしまって何も得られず終わってしまった。結局犯人が誰なのかわからないままさ。……あの日両隊長が襲撃される事、君は知っていたのだろう?」 盛馬に言われまことは俯きながらすいませんと謝罪した。 「君のことだ、何か理由があったんだろうと思ったから大丈夫さ。まこっちゃん、自分を責めてはいけないよ」 「……はい」 「……この話は終わりにしようか。さて、まこっちゃん。僕の最初の質問に答えてもらおうかね。『ここは一体どこなのか』の答えを僕に聞かせてくれるかい?」 「ここはあたしが元々いた世界です。そしてここはあたしが借りて住んでいるマンションです」 「ふむ。ひとりで住んでいるのかい?」 「ええ、そうですけど……」 「ならばここに身を置いても問題はなさそうだね。世話になるよ」 「え……え⁉ ちょ、ちょ、ちょちょっと待ってください! それはその、こ、困ります……」 ごにょごにょと小さく答えるまことに盛馬は小首を傾げた。 「何故困るのだ?」 「そ、それはその……だ、男女がひとつ屋根の下で生活など……」 「陸援隊屯所で共に生活していたではないか。何を今更」 「そ、それは、」 「他に頼れる者がいないのでね。まこっちゃん、諦めてくれ」 「そんな急に……っ!」  待ってください心の準備が!という叫びは空しく、まことと盛馬の2人暮らしが始まるのであった。

乙女心は空のよう。(1)

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