SakeTami
ミナミ・シン
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感覚という漢字の面白さ

ふと「感覚」という漢字を見たら、面白いなぁと思った。

面白いというか、「よくできている」という。


 感覚という文字を分ければ「感」と「覚」で、「感じ」を「覚える」となる。

 つまり「○○を」「○○する」という形になっている。


「感」というモノには触ったり撫でられたり、それこそ雰囲気を感じる”感”だ。

 そして人間の「感」というのは単純なセンサーでは測れないほど高精度だ(ただ面倒なことに個人で大きく振れ幅のあるので共有は難しい…)

 体感、経験の話だがそれこそ一般に「物理的に見えないもの」や、「この世には居ないモノ」を感じたりする。(そもそも感があるので居ると言えば居るのだけど)

 例えば夜、山間部を車で走っていると、突然「あ、ここ曲がったら何か生き物がいるな!」と解って速度を落としたり等警戒することがある。大体当たる。

 自分が最も感が広がった、高性能になったときは、壁で仕切られている隣の部屋にいる人数がわかったりもした。

 一部屋に4人以上(それこそプールくらいのおおきさの部屋でもだ)がいると、その人間が発する情報量を感じて、頭がパンクすることもあった。

 隣に座った人の体温が熱すぎて、離れたりもした。

 良くも悪くも、感というものは、とてつもないものだ。

 それの育て方はいろいろあるけど…まぁはっきり言うと「生命の危険」と隣り合わせになったときに一番鍛えられる。山籠もりとかまぁ人が居ないところで生命の危機を感じた入りするとやっぱり感覚が研ぎ澄まされるというか「解放」されて何かしらを感じれるようになる。

 それを「覚える」。この感はどんな意味なのか?この感は何によって引き起こされたのか?

 「感」を「覚える」。そこまで行ってこそ、意味がある。


 多分昔の人、この漢字を組み合わせた人は「感」を「覚える」ということをちゃんと理解して組んだんだと思う。

 その凄さと、言葉の組み合わせに”感動”と”感心”を”覚えた”。


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