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ドーン
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【小説】アミュスフィアを通して全てが奪われる話 リーファ+α編


「お兄ちゃん、牛乳とって~」


「……ああ……」


 『アタシ』の言葉にワンテンポ遅れて返事をした兄は、側にあった牛乳パックを渡してくれた。

 そして兄—―桐ケ谷和人ことキリト君、いや逆だっけ—―は、向かい合って遅めの夕食を摂っていた『アタシ』――リーファこと桐ケ谷直葉――に尋ねてきた。


「なあ、スグ。アスナから何か聞いていないか?」


「んー、特に何も聞いてないよ?」


 どうやら兄は最近、彼女であるアスナさんとすれ違いが多いようで、かなりしょぼくれている。


「全然連絡が取れていないわけじゃないんでしょ?」


「うん。だけど、何て言うか……心ここにあらずって感じで、いつも反応が薄いんだ」


 アタシが尋ねると、やはり元気なさそうに答える兄。

 そんなに心配ならズバッと本人に尋ねれば良いんじゃないかとも思うが、自分の彼女に対してもプライベートにはあまり触れようとしない繊細な部分がある事を、妹として良く知っている。

 これは慰めた方が良さそうなので、ぱっと思いついた理由を挙げてみる。


「う~ん、フレンドリストで見てる限りだと、最近はリズさんと一緒に行動することが多いみたいだよね~。きっと女子同士でワイワイやりたい時期なのよ。男の人でもあるでしょ?男同士で遊びたい時って。きっとそれよ!」


「そうなのかな。でも、どこかアスナらしくないというか……ちょっと心配だな」


「気のせいじゃないの?大丈夫だよ、アスナさんは」


 あのアスナさんに限って心配するようなことは無いと思うので、兄のネガティブな思考を否定しておく。

 そもそもゲームバカの兄に、あんな素敵な彼女がいること自体が奇跡なのだ。

 そんなことを考えながら食事を進めていると、テーブルの上に置いていた端末にメールが届いた。

 そのメールを開いてアタシは笑みを浮かべる。


「噂をすればアスナさんからのお誘いだよ。お兄ちゃんを通してでないということは、アタシの予想が当たっているのかな?」


「だといいけど……」


「ま、まあ、とにかく今からALOに入って会うから、それとなく探りを入れてくるね。優しい妹に感謝してよね!」


「ああ……」


 さすがにここまで落ち込まれると、こちらの調子も狂うし、妹としてやれることはやるべきだとも思う。

 アタシは自分の部屋に戻ってベッドに寝転がると、アミュスフィアを装着した。





「あれ?」


 ALOにログインして、ホームであるキリトとアスナの所有する家にリーファとして出現したのだが、てっきりそこで待っていると思っていた2人の姿が無い事に首を傾げる。

 するとすぐにアスナさんからのメッセージが飛んできた。

 だが、そこに書かれていた内容を見て、更に困惑する。


(なんで、こんな場所で待ち合わせなんだろう?)


 そう思いながらも、外に出ると背中に羽根を生やし、空へ舞い上がった。




「よし!」


 目の前に開いている迷宮への入り口を見つめてアタシは呟く。

 約束の場所は、この中の安全地帯だ。

 一応モンスターのポップもあるのだから軽く気合を入れてから内部に踏み込む。

 低下層の迷宮でマッピングも終わっていたので、独りでも易々と進むことができた。


(それにしても……どうしてここなのかな……あ!もしかして何かのサプライズとかかな?)


 現状それしか思いつかなかったので、待ち合わせ場所が見える角にまで来ると、一度立ち止まって覗き見てみる。


(あ、あれ?)


 そこには確かにアスナとリズベットの姿があったのだが、何か様子がおかしい。

 ふたりとも会話をすることも無しに無表情で立っているだけで、何か人形のような印象を受けたのである。


(……ここに居ても埒があかないわ。とにかく行ってみよう……)


 そう考えて角から出来るだけ自然な感じで出ると、軽く手を振ってみる。

 すると、それに気づいた2人は普段のように笑顔を浮かべて手を振り返してきた。


「あ!リーファちゃん!こっちよ~」


 アスナさんの明るい声が響いた。


(アタシの考えすぎだったみたいね。お兄ちゃんの事、言えないわ)


 慎重になりすぎていた自分に反省しながらこちらも笑顔になると、2人の傍まで歩く。

 それにしても奇妙な場所に呼び出されたものだと思う。

 モンスターのポップが無い安全地帯ではあるけど、通信やフレンド機能に制限の掛かる場所で何故待ち合わせなのかが分からない。


「えっと、なんでこんな場所にしたんですか?」


「それはねぇ~、キリト君の邪魔が入らないようにするためよ」


 アタシが率直に疑問を口にすると、アスナさんが明るく返事をした。


「え?どういうことですか?」


「実は私たち、キリト君にサプライズを仕掛けるつもりなの!今日はその打ち合わせで、リーファちゃんにも協力して欲しいのよ」


「あ、そういうことだったんですね……」


(なんだ、本当に何も心配することないじゃない、お兄ちゃんは心配性すぎるよ……)


 兄の疑問に対しては納得できる答えが得れたので、続けてその内容を聞いてみることにした。


「で、どんなサプライズですか?」


「ふふん、実はとっても面白いアイテムを手に入れたのよ」


 その質問に答えたリズベットが、自慢げにストレージを操作して取り出したのは……カメラだった。


「それが?記念撮影用のカメラじゃないんですか?」


「ふふん、それが違うんだなぁ~。それじゃあ見ててよ!ほい!」


 リズベットがカメラを操作すると、目の前にもうひとりのアスナが忽然とあらわれる。


「え!なにこれ?凄い!」


 アタシは、側にいるホンモノのアスナさんのアバターと瓜二つだが、棒立ちで身動きしないソレを、まじまじと見つめる。


「どう?凄いでしょ?これを使ってアタシたちの偽物を作って、キリトの奴を驚かせてやろうよ」


「……これって、どうやって作るんですか?」


「簡単よ。このカメラで撮影してアバターのデータを取り込めばいいの。リーファも勿論協力してくれるでしょ?」


「え?あ、うん……」


 愉快そうに聞こえる提案だが、どこか嫌な感じがして言葉を濁す。


「それじゃあ、早速撮影ね!ささ、ポーズとって、リーファちゃん!」


 そんなアタシの様子をみたアスナさんが、流れを戻すように明るく話しかけてくる。

 仕方なくポーズをとったのだが、リズさんがカメラを構えてシャッターボタンに指を掛けた瞬間、アタシの視界に派手な装飾の警告が現れる。


「……えっと、なんか凄い警告が出たんですけど……これ、ヤバイんじゃないですか?」


 不安になって問うと、2人はより一層笑みを増し明るく答える。


「ああ、それね。大したことないから、許可しておいて」


「そうよ、私たちのことなら信用できるでしょ?大丈夫よ、すぐ終わるから」


 リズさんとアスナさんが口々に気軽な言葉を掛けてきたが、アタシは全く別のモノを感じ取っていた。


(アタシ……この2人から害意を向けられている……)


 旧ALO時代から数知れないPVPをこなしてきた上に、リアル世界でも剣道で鍛えているせいか、視線や細かい仕草から、相手がどんなことを考えているのかが、なんとなく察することが出来るようになっていた。

 兄であるキリト君が提唱するシステム外スキルの1つになるのだろう。

 そして、その感覚は告げていた……ここは従ってはならないと。

 もちろん2人のことは近しい友人として信頼している。

 だが、最初に見た時の2人の様子がおかしかったこともあり、保留するべきだとアタシは判断した。


「ご、ごめんなさい。やっぱりアタシは気が乗らないのでやめておきますね」


 断りを入れてから出口に向かって引き返そうとする。


「ダメよ!」


 半ば叫びながらアスナが肩を掴んだので、それを素早く振り払う。


「ふたりとも何かおかしいですよ?何があったんですか?」


「いいからその警告を解除してアクセス許可を出しなさい、リーファ!」


 返答の代わりにリズベットが強い口調で言って来た。

 その剣幕を見て、この場での話し合いは無理と判断する。


「とにかく後で謝りますから、今日は帰らせてもらいますね」


 そう言い放って、アタシは走り始めた。


『待ちなさい!!!』


 2人が形相を変えて追いかけてくるが、無視して走る。

 うろ覚えで出口に向かっているつもりだが、道を間違えてしまえば2人に追いつかれてしまうだろう。

 だが、全力で走りながらではマップを落ち着いて見ることができない。


「こっちです!」


 焦るアタシに聞き覚えのある幼い声が掛けられた。

 声の方に振り向くと、そこには羽の生えた妖精が宙を飛んでいた。


「ユイちゃん!」


 キリトとアスナの娘であるピクシーの姿を見つけて、彼女の差す方向に向かって一緒に走る。


「どうしてここにいるの?」


「……ママの様子がおかしかったので、ずっと見張っていたんです」


 アタシの問いかけにユイは悲しそうな表情になって答えた。


「……とにかくお兄ちゃん……キリト君に連絡しよう!そのためにも急いでここを出ないと!」


 ユイの案内に従って駆けながら、アタシは呟く。


「はい!パパならなんとかしてくれるはずで……きゃぁぁぁぁ!」


 突然ユイが苦しそうに悲鳴を挙げた。

 その姿が時折ぶれるように明滅している。


「ああっ……ママが……私を消そうとしています!このままでは私は出てこれなくなります!リーファさん、お願いです!私を一時、リーファさんのアミュスフィアに避難させてください!」


 前に聞いたことがある。

 SAOでユイが消されそうになった時に、キリト君のナーヴギアのメモリーに一時避難した話を。

 目の前に先程と同じような警告とそれを解除するボタンが現れる。


「お願い……はやく……」


 ユイの明滅の速度があがり、その声ににじむ苦しさも増していた。

 もしも冷静に判断する時間が十分にあったなら気付けたかもしれない……この時、ユイからはあの2人より強い害意が向けられていたことに……。

 だがアタシは迷わずボタンを押し、許可を出してしまった。


「ありがとう、リーファさん……」


 何故か明るい声に戻ったユイを不思議に思って見ると、その手には妖精の体に合わせたサイズのカメラが握られていて……。


【カシャ!】


 シャッタ音と共に、アタシのアバターと意識は闇の中に落ちたのだった……。



…………



『えっ!?なにこれ?』


 次に気が付いた時、アタシは四角い空間に閉じ込められて宙に浮いていた。

 そして驚いたことに、自分の体に厚みが無かった。

 うろたえながらも周りを見渡すと、自分と同じ大きさになったユイが、アタシを愉快そうに眺めている。

 追いついたアスナとリズベットも立っていたが、こちらは巨人のように大きくなっていた。


(いや、違う!アタシが小さくなっている?)


『ユイちゃん、一体何をしたの!?』


「リーファさんは、写真の中に封印されたんですよ。気分はどうですか?」


『なんで?どうしてこんなことをするの?』


 困惑したアタシが問いかけるが、ユイはそれを無視して手に持ったカメラを操作した。

 するとその姿が歪むと同時に次第に大きくなっていき、それが収まると見覚えの無い男が立っていた。

 アバターはシルフで、端正に整っているはずの顔は、今は下品な笑みを浮かべて歪んでいる。


「へっへっ!二重に罠を張っておいて良かったぜ!あいつら、あんまり融通が利かないからな」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら男が呟いた。


『あなたは誰?ユイちゃんはどうしたの?』


「ん?俺が誰なのかはともかく、あのナビゲーションピクシーならそこに居るぜ?」


 男が指し示す方を見ると、アタシが閉じ込められているのとは別の写真がいつの間にか宙に出現していた。


『リーファさん……ごめんなさい……』


 その中にアタシと同じように閉じ込められているユイが泣きながら謝ってきた。


『どういうことなの、ユイちゃん?』


『あのカメラ……キャラクターをその人格ごと写真の中に封印するんです。そして、その写真を使って封印したキャラクターになりすませるみたいなんです。実際、さっきまでの『私』はこの男に好き放題に使われていた私なんです……』


『え?嘘……』


 自分から説明を求めたものの、突拍子もない話を聞かされて、更に頭が混乱する。

 ユイの説明が続く。


『おそらくなんですが、旧ALO内で須郷たちが行っていた研究が関与しているのだと考えられます……他にどんなことが出来るのかは分かりませんが……』


「ああ、それなら俺が説明してやるぜ、実践でな!」


 今まで黙ってアタシたちの会話を聞いていた男が声を挙げた。

 男がニヤニヤと笑いながらストレージを操作すると、目の前にシルフの女性のアバターが現れた。

 非常に整った美しい顔立ちで、体つきも大多数の男性に好まれるかのように凹凸のしっかりとある魅惑的なラインをしていた。

 あまりに完璧すぎて人形のような印象を持つが、実際、出現してから無表情のまま棒立ちなので、見た目通りの人形に近い存在なのだろう。


「こいつはこの世界のダッチワイフでな、専用のAIで動いて俺様に従順に奉仕してくれるんだ。それじゃあまずは……そっちのピクシーの方からいくか!」


 楽しそうに呟きながら男がカメラを操作すると、ユイが閉じ込められた写真が消える。

 同時にダッチワイフの姿が蜃気楼のように歪み、徐々に背丈が縮んでいく。

 そして、再び人の姿を取り戻した時には、白いワンピースを着た幼い少女の姿をしていた。


『ユイちゃん?』


 それはユイが人間の少女の形態をとった時の姿だった。

 だが人形のように無表情で、アタシの声も聞こえてないかのように無反応だ。


「おい、アスナ、こいつの操作権限をよこせ!」


「はい」


 命じられたアスナはコンソールを出すと、素早く操作する。


「譲渡、完了しました」


「よし!俺はロリコンじゃないからな。ちょっと弄らせてもらうぜ。確かパラメーター変更が……あった!これだな!」


 アスナの報告を受けて、自分のコンソールを出して男は操作を始める。

 するとユイの姿に変化が起こり始めた。

 背がどんどんと伸びていくと同時に、全体的なシルエットが柔らかい曲線を持ち始める。

 顔つきも大人びたモノに変わっていき、髪も黒いツヤを保ったままゆっくりと伸びていく。

 着ている質素なワンピースも体の成長に合わせて大きくなっていき、胸の部分には膨らみが浮き始める。

 可愛らしい幼女が美少女へ変わり、その変化は更に続いた。

 やがてそこに立っていたのは、幼女ユイの面影を残した、長い黒髪が印象的な、清楚な大人の美女だった。


(え?何?一体何が起こっているの?)


 アタシは黙って見つめる事しか出来なかった。


「思った通りだ!アスナとは違ったタイプの清楚系超上玉になりやがった!へへっ、気に入ったぜ!ほら、さっさと奉仕しな!」


「はい、かしこまりました……」


 先程まで無表情だったユイの面影がある美女は、男の声に反応するとその美しい顔に微笑みを浮かべ、淑女のようにしっとりとした仕草で返事をする。

 そして、右手を軽く振ると、身に着けていた衣類が全て光の粒になって消え、その裸体が晒された。

 胸や腰のボリュームは控え目ながらも、柔らかくて美しい凹凸のラインを持った綺麗な体だった。

 肌の色も真っ白で、見るだけでそれがスベスベであることが容易に分かる。

 男もその姿に満足したように頷くと、コンソールを操作して、自分のアバターも全裸にする。


『な、なにを始める気なの!』


 言葉にはそう出しながらも、アタシはこれから何が起こるかは想像できていた。

 そして、その悪い予想を裏切ることなく、黒髪の美女は男の前に跪くと、その股間にあるモノを愛しそうにしゃぶり始めた。


「はは、たまんねぇな!この清楚な容姿で、こんなねちっこいフェラかよ!ギャップ萌えにも限度があるぜ!ほら、次は四つん這いになりな!後ろからぶち込んでやる!」


 男の股間のモノを咥えたまま顔を微かに上下させて頷いた黒髪の美女は、その場で体を反転させ、男に背を向けて四つん這いになると、その綺麗な形の尻を男に突き出した。

 男はニヤニヤと笑みを浮かべながら彼女の腰を両手で掴むと、自分の股間のモノを美女の股間に挿入する。


「おお!凄く具合がいいぞ!まさかナビゲーションピクシーまでこんな逸品を持っているなんて思ってなかったぞ!すげぇ!」


「あひぃん!あっ、あっ、あっ!いいです~!」


 腰を振りながら楽しそうに呟く男と、男の行為を受け入れて気持ち良さそうに喘ぐ女性を、アタシは呆然と見つめていた。

 おそらくユイが変身した美女が、目の前で男の玩具にされている様を見せつけられていても、しばらく声の無かったアタシだったが、やっと頭の理解が追い付いた時には、怒りで満ちていた。


『あんた!なにやってるのよ!すぐにやめなさい!』


男に向かって罵声を浴びせた後、今度は女性に向かって訴えるように話しかける。


『貴女、ユイちゃんなんだよね?そんな男の言う事を聞かないで!お願い、正気に戻って!!!……』


 アタシは力の限り叫び続けたが、その声は男はおろか、ユイらしき美女にも届いて無いようだった。


 しばらくして男の方が満足したかのように動きを止めると、美女の腰から手を離す。


「ふぅ……。いやぁ~思わぬ拾いモノだったな、このピクシーは。でもまあ、次が待っているわけだし、今回はこのくらいにしておくか」


 男はあのカメラを取り出し、再び操作する。

 すると、女性の姿が元のシルフの姿に戻り、すぐにストレージに収納されて消える。

 同時にユイを封印した写真が再び空中に現れる。

 写真の中のユイは、打ちひしがれたようにうずくまっていた。

 けれどアタシは何が起こったのか知りたくて、無理を承知で問う。


『ユイちゃん、今のは何が起こっていたの?辛いだろうけど、アタシに教えて欲しいの』


 するとユイは気丈にも顔を上げて、口を開いた。


『今さっきの私は……パラメータを操作されて大人の姿にされた上で……あの人の出した人形のAIを入れられて操られていたんです……』


『なっ!そんな!』


 泣き声のユイの説明に絶句する。

 だが、それなら説明のつく事があることに気付く。


『それじゃあ、アスナさんとリズさんは、もしかして……?』


『……はい、たぶんママとリズベットさんは、同じようにAIを使って操られているのだと思います……どこまでかは分かりませんが……』


(どこまで?)


 アタシの質問に返って来たユイの答えは、ただでさえ恐ろしい内容なのに、更に気になる言葉を告げられる。

 実際、ユイ自身も何かを酷く恐れているようで、その声は震えていた。


「そろそろこれの凄さに気付いてくれたかな?それじゃあ次は自身で体験してもらうとしよう~」


 明るい声で会話に割って入って来た男が、アタシに視線を向けるとカメラの操作を始めた。

 アタシは背筋に寒いモノが走ると同時に意識が暗転した……。



…………



(あれ?アタシ……元に戻れたの?)


 気付いた時には地面の上に立っていた。

 視線の高さも目の前のアスナやリズベットと同じに戻っている。

 しかし、まだ写真の中に囚われているユイだけは、その顔に恐れに似た感情を貼り付けていた。


(そういえば、あの男の姿が見えないわ……)


 ユイを玩具のように操って、やりたい放題した男がどこにいったのかは気になるが、とりあえず元の姿に戻れたことに安堵する。

 いまだ表情の硬いユイを安心させようと口を開こうとするとするが、その瞬間、別の誰かの意思に従ってしまう。


「ふふふ、そんなに怖い顔してどうしたの、ユイちゃん?」


 【アタシ】は何故か笑みを浮かべて、ユイにからかうような言葉を掛ける。


(えっ!今のは何?なんでアタシ、こんなこと言ってるの?)


 意図しない言動をとった自分に戸惑っている間にも、『アタシの体』は勝手に動いてストレージを操作すると、目の前に全身を映しだせる姿見を出した。

 そして自分の姿をそこに映し出しながら、今度はコンソールを操作して、身に着けていたモノを全て外した。

 そう、下着も全てだ。当然、そこには全裸のアタシのアバターが映し出されていた。


「やっぱりアタシの胸、とっても大きいよねぇ~」


 そして自分の胸をじっくりと楽しむように揉み始める。

 もちろん、この一連の動作はアタシが意図してやっていることでは無かった。

 別の意思を受けたアタシが、自分の意思に関わらず、それに沿って行動してしまっているのだ。

 言うなれば今のアタシは、内に居る【誰か】の言動を、アタシらしく表現するための『翻訳機』のような存在に成り下がってしまっているのだ。


「あっ、あん!うん!ここが感じる!いい!いいわ!!!」


 表面上の言動はどんどんエスカレートしていき、今では股間に指を入れて楽しそうにかき混ぜている。

 恥ずかしさも当然あったが、それ以上に自分が自分の思うように動けない事がもどかしく、他人の意思によって動かされている事実がどうしようもなく悔しかった。


「う~ん、これは本当にいい体だわ~。まだ処女で感度がいまいちだけど、これから開発していけば良くなるよね?」


 一通り弄り終えて、独り呟いた【アタシ】は、アスナに預けていたカメラを受け取り、操作する。

 アタシの意識は再び暗転する……。



…………


 

 気が付くとまた写真の中に閉じ込められていた。


『うっ!!!』


 吐き気がする。

 たとえ仮想世界であっても、人前で性行為を行った事実が受け入れられず、周りの世界が歪んでいるようにさえ感じる。

 それが収まってくると、強要した男に対しての憎しみが沸々と湧きあがってきた。


『あ、あんた、絶対に許さない!!!』


 写真の中から男に向けて殺意を込めて睨みつける。

 だが男の方は涼しい顔でストレージを操作していた。


「はは、意外と元気だな。まあ、それくらいじゃないとこっちも楽しめないんだけどね」


 そういって取り出されたのは、さっき大人のユイの姿に変身したダッチワイフだ。


『ひぃ!』


『リーファさん!!!』


 それが何を意味するのか、直に理解したアタシとユイちゃんは同時に悲鳴を漏らす。


「おや?さっきまでの威勢はどうしたのかな?って……まあ、馬鹿じゃなければ流石に分かるか……それじゃあご期待通りに!」


 男の歪んだ笑みを目に焼き付けたまま、アタシの意識は再び闇に堕ちていく……。



…………



 アタシは再び元の大きさに戻って地面に立っていた。

 だが体は棒立ちで指一本動かせない。

 顔も表情を作ることが許されることもなく、当然、声も出せない。

 そんなアタシを、男は心底楽しそうにニヤニヤと笑みを浮かべながら眺めている。


「それじゃあ、早速奉仕してもらうとしよう。では、裸になってフェラからだ!」


「はい!」


 【アタシ】は笑みを浮かべて返事をすると、コンソールを操作して全裸になる。

 そして、男の前に跪くと、AIに組み込まれている動作に従って、股間のモノを咥える。

 舌使いや、頭を前後に振る動作など、アタシが知るはずのないテクニックが自分の体で再現される。

 嫌悪感で狂いそうな内心とは裏腹に、体は目尻を下げて嬉しそうに作業を続けている自分に、再び吐き気が襲って来た。


「よし!ではコイツをぶち込んでやるから、そうだな……お前はそのオッパイが見えるように仰向けになるんだ!」


「……はい!」


 咥えていたモノを口から離して明るく返事をすると、命令通り、仰向けに寝転がり脚を大きく開く。

 男はアタシの両脚を脇に抱えると、股間のモノをアタシの中に挿入してきた。


「あ!あん!いい、いい!!」


 下半身から突き上がってくる快感と共に、口から勝手に喘ぎ声が漏れる。

 もはや、AIに言わされているのか自分で言っているのか、区別がつかなくなっていた。

 屈辱的な状況にも関わらず、感じてしまっている自分に自己嫌悪さえ感じる。


(でも……いつかは終わってくれるはず……)


 この最悪の時間が終わる時のことだけ考えて、アタシはこの悪夢でさえ生ぬるい状況を耐え抜いたのだった。


 やがて、男の動きが収まり、両脚も解放された。


(ううぅ、やっと……終わったのね……)


 体は余韻を楽しむかのように寝転がったまま、アタシは安堵していた。


「ふう、なかなか楽しめたぜ!」


 勝手に一人でやりきったような満足そうな男だったが、今のアタシには軽蔑する気力も無かった。

 だが、続けて吐き出された言葉に、アタシの意識は寒さで覚醒する。


「アバターは現実世界の体型に合わせていることが多いって言うから、あっちでもこれが味わえるのかな?楽しみだぜ」


(え?こいつ、何を言っているの?あっちって……)


「ああ、言うのを忘れていたが、その状態でログアウトすると、現実世界のお前の脳に、このままAIの思考が上書きされるのさ。だからあっちでもお前は俺様の忠実な性欲処理人形になるんだ。なに、心配することは無い。表面上はお前になりきるから、誰も気づかないさ……」


(……嘘……)


 ある意味、死ぬよりもつらい運命を告げられ、アタシの心が絶望に染まる。


(それって、もしかしてアスナさんたちも……。そんなの嫌!お願いだから、そんな酷い事しないで!!!)


 あんなに酷いことをした男に向けて、アタシは慈悲を求めるように心の中で叫ぶが、当然、その声は届くどころか発せられることも無かった。

 代わりに男の口から無慈悲な命令が発せられる。


「それじゃあ、ログアウトしろ!明日は放課後、俺の部屋まで来るんだ。分かったな?」


「はい、分かりました」


 口が勝手に返事をして、手が下に振り下ろされる。

 目の前に表示されたログアウトボタンが、終わる事の無い悪夢に自分を突き落とすボタンに見える。

 実際、男の言っている事が本当であれば、それは悪魔のボタン以外の何物でもない。そして、男には嘘をつく理由が無かった。

 そのボタンに向かって自分の手が伸びる。

 

『リーファさん!ダメです!!!』


 ユイが叫び声を挙げるが、それは誰の耳にも届いていなかった。


(嫌っ!!!て、手が勝手に動く?!お願い、やめて!!!助けて、お兄ちゃん!!!)


 悲痛な想いは誰にも届かず、アタシの手はログアウトボタンを押し、アタシの意識は暗闇へと沈んでいったのだった……。



…………



 『ワタシ』は現実世界のベッドの上で意識を取り戻し、頭に装備していたアミュスフィアを丁寧に取り外す。

 そして、体を起こすと無表情のまま、周りを見渡す。

 ここは『桐ケ谷直葉』の部屋であることは、記憶から理解できていた。

 自分の体を確認すると尿意があることに気付く。

 『ワタシ』は立ち上がり部屋を出ると、トイレで用を足す。

 その間中、ずっと無表情であった。必要ではないため。

 そして再び部屋に戻ろうとすると、後ろから声を掛けられた。


「あ、直葉、アスナたちの様子はどうだった?」


 『直葉』の兄である『桐ケ谷和人』の声だった。

 返事をするべく振り向いた時には、普段『直葉』が彼に接する時のように、『ワタシ』の顔には笑みが浮かんでいた。


「別に何もなかったよ?心配しすぎだって、お兄ちゃん」


「そうか……ならいいんだ……」


「もう、元気出しなよ。それじゃあアタシは寝るから。おやすみ、お兄ちゃん」


「ああ、おやすみ、スグ」


 『直葉』としての会話を終えた『ワタシ』は、『桐ケ谷和人』に背を向けると、再び無表情になって部屋に入る。

 時計を見ると時刻は0時だった。

 メンテナンスの時間だ。

 『ワタシ』は着ているモノを全て脱ぎ捨て姿見の前に立つと、自分の体を隅々まで点検する。

 ご主人様を不快にさせるような傷やシミがないかをしっかり確認した後、胸から脚に向かって丁寧に触診していく。


「ご主人様の好みに合わせるには、ウエストと脚の引き締めが必要……」


 インプットされている情報から今後の調整方針を決めると、ベッドに腰掛ける。

 そして、自分の股間に手を持っていくと、そこにある割れ目の中に指を入れて具合を確かめていく。

 まだ処女であり、開発されていないので、このままでは少しきついかもしれない。

 しばらくの間はメンテナンスの時間に少しずつ開発していく必要がありそうだ。

 後始末を終えると、下着と寝間着を身に着けベッドに横になる。


「学校の帰りにご主人様の自宅へ移動。状況の報告をしてから、こちらの世界での初奉仕……」


 明日の予定とご主人様の自宅の住所を確認し終えると、『ワタシ』は目を閉じて眠りにつくのだった。


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