「媚薬が作りたいだと?」 洪堂は眉間にシワを寄せて紗良を見つめる。洪堂の視線に耐えきれなかった紗良はおれの後ろに隠れた。 紗良曰く、まことの恋を応援したいとのこと。他の案もたくさんありそうなのにどうして媚薬なんだろうか……?とおれと洪堂、そして謙吉が顔を見合わせた。海援隊の中で医術に長けているのはおれたち3人なのは違いない。だけど、そういったものはもちろん作ったこともないし、作成できるかもわからない。 「何故媚薬に頼ろうとする? 那賀岡ならあの見た目だ。言い寄れば問題ないだろう?」 「洪堂さん、甘いですよ……!まこちゃんが可愛いのは分かります。だけど今まで一度も恋愛したことがないまこちゃんが好きな人にアプローチ出来ると思ってるんですか!? その人の顔みるだけで上手く話せなくて顔真っ赤になっちゃうのに……うう、まこちゃん初々しすぎて可愛い…じゃなくて!後押ししてあげたいじゃないですか!?」 「ヨダレ垂らしながら力説されても困るんだが」 洪堂に指摘された紗良は慌てて口元を拭う。 「那賀岡さんの後押しをしてあげたいのはわかりましたが、我々そういったものは扱ったことがないので、もし作っても効果的かどうか分からないんです。紗良さんには実験台になっていただくことになりますがよろしいのですか……?」 さすがに媚薬の実験台にはなりたくないだろうし謙吉の提案は断るであろう、おれたちはそう思った。が、紗良は目を輝かせて「もちろんやります!」と片手を上げて大きく返事した。 そうだった、紗良はちょっと抜けているんだった……。 洪堂がコイツは本当に阿呆なのか……?!と言いたげな顔で紗良を見下ろしながらひいていた。謙吉は困った表情を浮かべながら静かに立ち上がると部屋のすみにある本棚をあさりはじめた。 「媚薬について載っている本が謙吉さんの部屋にあるんですか……?も、もしかして作る予定があったんですか!?」 「なっ、わ、わしはそないなもの作らんがよ…!?こほん、違います。そういったものの記載が何処かにあった記憶がありまして……」 紗良の言葉に動揺した謙吉の口調がいつもと異なっていたがすぐに立て直していた。洪堂もため息をつきながら謙吉の隣に立って書物を手に取りぺらぺらとめくる。 「俺と長岡はとりあえず書物を読みあさる。石田は馬鹿と一緒に外で情報集めをしてくれ」 「分かった。何も情報を得られなかったらごめんな」 「もしもし洪堂さん? 馬鹿って私のことですか?」 「お前以外に誰がいるんだ」 「くうっ……認めざるをえない……」 ******** おれと紗良が向かった場所は丸山遊郭だった。日本三大花街のひとつである長崎丸山。なぜここに向かうことにしたのか、それは薬屋に行くよりもこういった場所の方が情報を得られそうな気がしたからだ。ただ、紗良と並んでこの花街を歩くのは少し変な気分だった。 建物の上の方を見ると遊女たちが誘うように目線を送ってきたが、紗良の姿をとらえるとふいっと目をそらされた。 「私丸山遊郭来るのはじめて」 「あー、そっか。おれたちが花月でのんだりしているとき紗良は剛八と社中で留守番していたもんな」 「うん。ここってあれでしょ? 陽之助がたくさん女遊びしてるとこでしょ?」 「お、おおう……そういう認識か。まあ間違いではないかもな」 「陽之助も口は悪いけど顔は整っているから女の人も声かけちゃうかも。英吉さんも女遊びするの?なんて、想像できないけど…綺麗な女の人いっぱいだし……」 「おれは紗良のほうが綺麗だと思うけど」 「えっ?」 「あっ」 しまったと口を手のひらで押さえる。紗良をちらりと見ると頬を真っ赤にして困ったような顔でこちらを見上げていた。紗良のこんな表情を見るのは初めてでドキッと胸が弾んだが慌てて目を逸らした。 「え、えっーと……その、花月ってところで情報を集めるの?」 「そ、そのつもり。あそこは顔見知りが多いからちょっとだけお邪魔させてもらおうかなと思ってる」 「じょ、情報得られるといいですね……?」 ギクシャクした会話をしていると店に到着した。店主はおれの顔をみると坂本さんとこの!と言ってきたので用件を伝えた。その後店主は1人の遊女を連れてくると遊女は紗良になにかを渡した。 「お嬢ちゃんにあげる」 「あ、ありがとうございます。これはなんですか?」 「これかい? これはアンタらが求めてる媚薬さ。使い方は中に紙が入ってるからそれを読むんだよ。アンタの恋、うまくいくといいね。坂本さんに宜しくね」 そういうとすぐに去っていってしまった。店主に礼を行って足早に丸山を後にした。紗良が貰った媚薬、それは『長命丸』だった。 「長命丸はさすがに駄目だよなあ」 「えっ、なんで?」 「これの使い方は男性の性器に塗りつけて使うものだからな。つまり、まぐわい前提ってことだ。ということでこれはおれが没収するよ」 「そ、そっか。それはさすがに駄目だよね……」 しょんぼりと肩を落とす紗良はおれに長命丸を渡す。先ほどの件がまだ頭にあって、紗良の顔をみると胸の鼓動がはやまる。 「……なあ紗良……。長命丸、試してみるか?」 「え……?」 顔を真っ赤にさせて戸惑う紗良が可愛くて、どうしようもなく愛おしい。どくんどくんと心臓の音がうるさい。誰も通らない路地裏に紗良を追い込む。逃げ場がない紗良は不安げにおれを見上げていた。 「紗良はおれの事嫌いか……?」 「そ、そんな捨てられそうな仔犬みたいな表情でずるいですよ!?き、嫌いとかじゃなくて、その……。私と英吉さんは、違う世界の人間だし……」 遠回しに断られているような気がして若干傷つきながら紗良からゆっくりと離れる。 「いつ別れがくるか分からないから好きな人は作らないようにしているんだけど、まこちゃんの恋は応援したいんだよね」 困ったように笑う紗良。 おれは未来よりも今を、この気持ちを大事にしたい。ただ紗良が元にいた世界に帰ったとき寂しくなっても隣にいてあげられないなら紗良の言うとおりやめたほうがいいかもしれない。 ……信吾さんは琥々にどんな言葉をかけたのだろうとふと疑問に思った。 「とりあえず帰ろう。あまり遅くなると謙吉も洪堂も心配するだろうしな」 「う、うん」 歩き出すと紗良がきゅっとおれの袖を握る。このなんともいえない距離感と雰囲気にどうしたものかと少しだけ困ってしまった。 ****** 「……何かあったのか?」 開口一番洪堂に言われた言葉で紗良がひどく狼狽えた。 「うえっ!?そそそそそんなことないデスヨ…!? 」 「お前嘘つくの下手くそすぎるだろ」 「ひーん謙吉さん、洪堂さんが相変わらず辛辣……」 紗良は謙吉に寄ると謙吉は苦笑しながらよしよしと頭を撫でていた。 「何か情報を得られましたか?」 「いや。なかなか難しいな、媚薬ってものは」 「ですね……。こちらは媚薬というかおまじないのようなものならありまして……これなら試せそうだなと思ったものですがいかがでしょうか?」 謙吉が本を指差す。おれと紗良が覗き込むとそこに書かれていたのはイモリの黒焼きというものだった。 「イモリの黒焼きを粉にしたものを意中の相手に粉をふりかけ自分にもふりかけると惹かれあう、そんなおまじないのようなものですが、媚薬として扱われています。効果はどれほどかわかりませんがこのおまじないであれば那賀岡さんも試すことが出来るのではないかなと」 「ちょうどイモリの黒焼きを粉にしたものはあった。こっちが雌、こっちが雄のものだ。間違えないように」 「わあ! 謙吉さんも洪堂さんもありがとう! じゃあさっそくまこちゃんにこれを、」 「試すのはどうした?」 洪堂に問われて紗良のからだがびくっとはねた。それを見た洪堂はあきれた表情で「那賀岡の応援をしたいなら効果があるか試してからやるべきだろう」と言った。確かに洪堂の言う通り、効力がなければ意味がない。紗良は困り顔で部屋から去っていった。 「一体誰に使うつもりなんだアイツは」 「このおまじない、相手にバレては失敗してしまうらしいですからね。それにしても英吉大丈夫ですか?先程から少々様子が気になります。紗良さんと何かあったんですか?」 「あったといえばあったけど…謙吉…おれ失恋したかも」 「えっ」 「紗良に振られたのか?よかったな」 「洪堂冷たすぎるな」 「ふふ、もしよければお話し聞かせてください。お茶でも飲んでゆっくりしませんか?」 微笑みながら提案する謙吉に礼を述べた。