『思わぬアクシデント』
とある森の中、冒険者の『ティンフラ』は狂暴化した魔物の討伐依頼でこの場所に訪れていた。すでに目標に魔物を倒した彼女は程なくして帰路に着こうとしているところだった。
「ふぅ…討伐完了っと。聞いていたよりは強くなかったかな。むしろ探す方に手間がかかったくらい…ていうか、冒険者ギルドの低ランク依頼って内容がざっくりしててちょっとわかりずらいのよね。魔物の特徴とかも『目が赤いオオカミみたいな魔物』って…結構居るって。その辺に。まあ、倒した奴は明らかに他の魔物と雰囲気が違ってたから多分コイツで合ってると思うんだけど……一応、『記録水晶』に記憶させとこっと」
水晶を取り出すため、戦闘前に投げ捨てた鞄の元に駆け寄った瞬間、ティンフラは肌がピリピリするのを感じた。
「この森、所々マナが濃い場所がある…多分、そのせいで狂暴化する魔物が増えてるんだ。この辺りもマナの異常が起きてるのね…とにかく、ギルドに報告しよう」
ー数分後ー
「迷った…」
そこまで奥まで来たつもりはなかったが、いつまで歩いても入ってきた場所にたどり着けなかった。
ティンフラはふと視線を下に向ける。いつもであれば足がしっかりと見えるはずの視界を遮るものがあった。
「まずい…この辺りもマナの濃度が高いんだ…」
マナは生命の源であり、生物は皆、生命活動に必要な分のマナを自然と吸収しながら生きている。
しかし、ティンフラは普通の人とは違う特殊な体質をしていた。マナを過剰に吸収してしまい、それにより何故か『体が変化する』という不思議な体質をしていた。そのマナの濃度が高ければその分、吸収量も増える。そして『体が変化する』とは言うが、主に変化があるのは体のとある一部分であった。
「胸が大きくなってる…」
視界を遮るものの正体、それは膨らみを増し大きくなった自身の胸だ。
「私の身体…なんで…胸が大きくなるの…?こんなの、恥ずかしくて誰にも相談できないのに…とにかく、これ以上大きくなる前にここから出なきゃ」
ティンフラが歩き出すと、ムギュッっと何か踏んだ音がした。焦りと大きさを増した胸の影響で足元の注意が疎かになっていた彼女は恐る恐る足元を確認する。そこには明らかにヤバそうな色をしたキノコがあった。
「げっ……」
─プシュー
すると、踏みつけたキノコの丸い風船のような傘から勢いよく紫色の胞子が噴き出し始めた。ただならぬ雰囲気を感じたティンフラは慌てて口を塞ごうとしたが、すんでの所で間に合わず胞子を吸い込んでしまった。その胞子が非常に甘い匂いをしていると感じたのを最後に彼女の意識は遠のいていった。
「あ、ヤバい…か………………も…」
―――――――――
「うぅ………」
どれくらいの時間倒れていたのだろうか。意識を取り戻したティンフラは上体を起こし、木々の隙間から空見る。視界がぼやけてはっきりは見えないが日は落ちている様子はなかった。
「…うぅ…なんか変な感じ…頭の中がふわふわしてるみたい…けど、それ以外はなんともない…?毒じゃなかったっぽい?」
ティンフラは手を握ったり開いたりして体に痺れなどがないか確認する。
「よかった…失神か催眠系のキノコだったのかも……はぁ…ちゃんと勉強しとくんだったわ。こういうの。森は危険なんだから…今回は運が良かったけど、下手したら…」
自身の不甲斐なさをぶつくさと呟きながら立ち上がるが、少しふらついてバランスを崩しそうになる。
「おっと…まだちょっと変なかんじ…毒じゃなかったけど、なんか…体がだるい………というか、体が…重い…?」
ティンフラは下を向く。
「え…」
そこには自身の頭ほどもある2つの大きな膨らみが最早、足元どころか足先すら完全に見えないほど彼女の視界を遮っていた。ティンフラは恐る恐るその膨らみに触れる。その瞬間、漠然としていた彼女の意識が自身に起こっている異変にようやく気づいた。
それは紛れもない自身の胸だった。
「な⁈なんで…こんな大きさになるほど時間は経ってないはずなのに…」
あまりの大きさにたじろいでいると下半身にも違和感を覚える。胸を避けるように側面から下を覗くとおしりが大きくなっていた。というよりも腰回り全体が僅かながら広がり、それに伴っておしりの厚みが増していたのだった。ふとももも肉付きがよくなっており、下半身全体のボリュームが物凄い事になっている。
総じて、ティンフラの身体は酒場の踊り子も顔負けな非常にグラマラスなものに変貌していた。
「お、重い…こ、こんなに大きくなったのは初めてだわ…しかも下半身まで…」
ティンフラはその特殊体質ゆえに少しでも体に変化があればすぐに引き返していた。そのため、ここまで巨大化した自身の胸を見るのは初めてだった。
「手のひらサイズまで大きくなったことはあったけど、あれはここよりも高濃度マナが溢れてる所だったし…空を見る限り、あれからそんなに時間は経ってない。じゃあ、なんでここまで………いや…とにかく、今はここから離れなきゃ」
ティンフラは焦りつつも、再びあのキノコのような危険物を踏んでしまわないように注意深く歩みを進める。
「…下が全く見えないから…ちゃんと先を確認して歩かないと…」
体を動かすたび、大きな膨らみがゆさゆさと揺れ動き、乳房が弾む度にズシズシとその重量を噛み締めるようであった。
(酒場でこのくらいの胸をした踊り子を見たことあるけど、こんな重いものをぶら下げた状態で踊ってるの…?この状態で魔物に出くわしたらまずいかも…)
―――――――――
再び歩み始めてから少なくとも1時間は経っていた。しかし、いくら進んでも一向に森の終わりが見えず、むしろ木々の茂りは深くなっていく。
「はぁ…はぁ…なんで…?ここはそんなに広い森じゃない。最悪まっすぐ進んでれば森から抜け出せるはずなのに…」
さらに、巨大な胸の重さでいつもの以上の体力が持っていかれる。
「空が見えなくなった…まだ日は落ちてないけど、薄暗いわ…方向間違ったかなぁ…けど、今更引き返すわけにも……それに…」
ーガサガサッ
「!?」
後方の茂みから何かの音がした。風ではない。ティンフラはすぐさま振り返り、腰の剣に手を伸ばす。刹那。音がした所とは別の方から黒い影が飛び出した。
「くっ…!」
ギリギリで身をかわしたティンフラは体勢を整え、黒い影と対峙する。
「なんだ、今回の倒した奴と同じ魔物じゃない」
それは、4足歩行のオオカミに似た体毛の黒い魔物。非常に身軽で素早い動きを得意とする。だが、同じくスピードが自慢のティンフラにとっては大して脅威なる相手ではなかった。
そう、いつもの彼女であれば───
ーガキンッ‼
「はぁ…はぁ………くぅっ…!」
薄暗い森の中を縦横無尽に駆け回り、あらゆる方向から攻撃を仕掛けてくる魔物。息を切らしながら、なんとか攻撃を捌くティンフラに余裕の表情は無い。いつもならば互いの刃を交えることなく身をかわし、相手の背後にまわる手腕を発揮するところだが、今の彼女はそれが出来なかった。
(身体が…重い……思うように動けない…)
相手に攻撃を仕掛けようものなら、肥大した乳房が体を動かすたびに激しく揺れる。そして巨大化に伴い、その重量もズッシリ増した胸は彼女の重心を乱し、彼女の体をあらぬ方向へと誘ってしまう。厚みを増した下半身と相まって、今の彼女の身体は持ち前の素早さ、身軽さを完全に殺してしまっていた。
「んっ…っ……くっ…」
(で、でも…速く動けないだけで、攻撃を見切れなくなったわけじゃない…剣が振れないなら!)
ティンフラは左手に魔力を集め、魔物が突っ込んできたタイミングで解き放つ。
「『ウィンド』!!」
ーブワッッ‼
彼女の手から凄まじい突風が発生し、魔物は後方へ勢いよく吹っ飛んだ。その勢いで木に衝突した魔物はそのまま気を失ったようだ。
「はぁ……はぁ………危なかった…せ、戦闘が…こんなにもキツイなんて…勢いで動いたら自滅しかねないわ…早くここから出ないと、体力が持たないって…」
―――――――――
それからもティンフラは真っすぐに森の中を歩いていく。何処に出るかは分からないが、真っすぐに進んで行けば必ず森を抜け出せる。そう信じて─
「大丈夫、大丈夫…ここに来たの初めてじゃないんだし…そのうち見知った場所に出れるって…」
…ドクン
(……変な感じがする………うまく言えない…けど、なにか嫌な予感がする………ううん、今はとにかく進まなきゃ)
しかし、そんな彼女の切望とは裏腹に森はどんどん深みを増していく。次第に周りの木々が騒がしくなっていった。風は吹いていない。動物か魔物かは分からないが、明らかに生き物の気配が増えた。
「…絶対なにかのナワバリだって…さっきからずっと周りでガサガサ音するし……」
─パキ
「!?」
後方から物音が聞こえ、振り返るとそこには先ほどの魔物が身を潜めていた。
「バレバレだって。出てきなさいよ」
すると、茂みから1匹、2匹…とぞろぞろと魔物が喉を唸らせながら出てくる。
「…2…3……3匹か…魔力はまだあるし、多少この身体のバランスにも慣れた。大丈夫よ」
―――――――――
確かに討伐自体は余裕ではあった。しかし、進む度に魔物の襲撃を受けてまい、全くと言っていいほど前進できずにかれこれ1時間は経とうとしていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…もう15体は倒したって…き、キリがないって…!!」
焦りと憤りを感じていたティンフラは、新たに現れた16体目の魔物に怒りをぶつける。
「もうっ!しつこいっ!『ウィンド・ダーツ』!」
ティンフラは小さな風の矢を放つが、魔物はすでに魔法の射程から外れ、何処かに身を隠してしまった。
「はぁ…はぁ…はぁ…………くっ…はぁ…はぁ……ま、間に合わなかった…?…アイツの動きに合わせて打ったのに…わ、私の動きが間に合ってなかったんだ……」
ドクン…
(変だ…体の疲れ方が普通じゃない…この胸のせい?……それもだけど…それだけじゃない気がする……疲労で動きが鈍ってるっていうよりは……純粋に身体が…………重く…)
まるで体に次々と重りを足されていくかのようで、踏み込む度に足にかかる負担が増していくのを感じていた。
ドクン…
(まさか、また胸が大きく…!?)
ティンフラはすぐに視線を下に向け、胸を確認するがその大きさにほとんど変化はなかった。
(違った…全然変わってない………変わってない?…ん?)
ティンフラは巨大な胸の向こうから顔を覗かせる自分と同じ肌の色をした『何か』が視界に映る。
ドクン…
(…?)
確かめるようにゆっくりと手を伸ばす。そして、その『何か』に触れた瞬間─
それが自身のお腹だと理解した。
「…え?」
ドクン……ドクン……
胸で遮られその全容は見えないが、手で触れただけでもその大きさが普通ではないことに気がつく。
「なに…これ……なんで…お腹がこんなに膨らんでるの…?!」
─ガサッ!!
ティンフラがお腹の異変に戸惑っていると、先ほど身を隠した魔物が再び襲いかかってきた。
「きゃっ!?」
自身の身体の変化に気を取られ、突然の襲撃に対応出来なかったティンフラは完全にバランスを崩して倒れてしまった。
「イタッ!?ま、まずい!」
急いで立ち上がろうとするが、巨大な胸とお腹でせいぜい上半身を起こすのがやっとだった。
「んぁっ!身体が重くて…んっ!………た…立ち上がれない………ま、魔物は!?」
辺りを見回すが、また身を隠したのか魔物の姿は無かった。
「居ない?…とりあえず、い、今のうちに…んっ!…」
近くの木を使い、重い身体をゆっくりと持ち上げる。
「ふぅ、ふぅ…こ、このお腹…すごく…重い…っふぅ…」
─シュー
「え?」
その何かを吹き出すような音には聞き覚えがあった。悪寒を感じたティンフラは倒れていた場所を確認する。そこには自分が気絶するきっかけとなった丸い風船の形をしたキノコが今にも胞子を吹き出しそうになっていた。
「もうっ!次から次にっ!」
重い身体で懸命走り出すティンフラ。その甲斐あって胞子が噴き出す前に場を離れる事に成功するが、一心不乱に走り出した彼女はすでに難を逃れている事に気づく余裕は無かった。
―――――――――
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……」
気が付くとティンフラは小さな湖にたどり着いていた。
「はぁ…はぁ……み、湖…?この森に…湖なんてあったっけ…?」
その水は非常に澄んでおり、ティンフラが湖に近づくと水面に自分の姿が鮮明に映し出される。ようやく自身に起きている異変を目の当たりにしたティンフラは驚愕する。
その姿はまるで、出産を目前に控えた妊婦の様だった。
「…どうなってるの?…妊…し……いや…ありえない……だって私…」
水面に映る自分の姿を受け入れられないティンフラはひたすらにお腹を確認していた。脂肪のようなぷにぷにした柔らかさではなく、水風船のようなぱんぱんに張り詰めてはいるが弾力があるような、そんな柔らかさが彼女の不安を加速させる。
そして─
ドクン…
「えっ…」
ドクン………ドクン………
最初に触った時は分からなかったが、自身のものとは別の脈動が確かにお腹の中から響いていた。
「…妊娠してるの……?…私…」
─ポコンッ
「…⁉」
まるでその問いに答えるかのように何かがお腹の表面を揺らす。
「…そんな……どうして…」
ドクン…
仮に本当に妊娠していたとして、経験のないはずの彼女のお腹にいるのは果たして人の子なのだろうか。
ドクン……
噂では処女懐胎をした人が協会にいると聞いたことがあった。しかし、それ以外に魔物に孕まされたという女冒険者の話も聞いたことがある。
ドクン………
それにしても巨大だ。人ならば3つ子を孕んでいるような大きさだった。たった数時間でここまで巨大に成長するなんてありえなかった。
「…私の身体…どうしちゃったの……」
ドクン!
「うっ⁈ふぅっっっっっっ⁈」
突然、彼女のお腹は大きく脈動し膨張を始めた。
「な、なに⁈お、お腹が…ふ、膨らむ…!」
ドクン!ドクン!ドクン!
ぐぐぐっ…ぐぐぐぐぐ…
あっという間に4つ子、5つ子、中のものが成長してるだけではなく、まるで胎児が増えていっているかのような感覚がティンフラを襲う。
さらに胸の方にも何かが溜まっていく。
「んっ!ふぅっ!…む、胸が…あ、熱い…」
ミチミチと乳房が大きくなっていく。凄まじい速度で何かを蓄え膨らむ乳房はズッシリと重くなっていき、とんでもなく巨大なお腹と相まって、際限なく重みを増す体にティンフラの足は限界に近かった。
「…胸に……どんどん…溜まって…んっ!…あっあっあっ!もぅ……むりぃ……」
ぶしゅぅぅ!!
乳首から白い液体が勢いよく噴き出す。思わず脱力してしまったティンフラは後方に倒れてしまう。
「なんで…母乳が……」
倒れた衝撃で母乳が宙を舞い、ティンフラの顔に大量に降り注いだ。
バシャーン
「うっ⁈ぼぁっ…ゔっ⁈」
母乳が一瞬降り注いだだけなのにティンフラ呼吸が出来ず、目が開けられなかった。
(呼吸が…)
仰向けで巨大な胸とお腹に潰されているからなのか、器官に母乳が入ってしまったのかは分からないが、まるで水中にいるのかと錯覚してしまうほどだ。
(く、苦しい…う……)
次第に意識が遠のいていく。
(あ……)
……
…
―――――――――
「大丈夫ですか⁈起きてください!」
「ぱはぁっ…!げほっ!げほっ…!………はぁ…はぁ……あれ…?」
「良かった。目が覚めたんですね」
ティンフラが声のする方を向くと、そこには薄い茶色の髪で獣の耳を生やした少女が座っていた。
「あ、あなたは…?それに私は…私の身体は…」
ティンフラが下を向くと巨大に膨らんだ3つの山は無くなっていた。
「お主は『夢遊茸』の胞子を吸ってしまったんじゃ」
横にいる少女から明らかに違う別の声が聞こえた。
「今の声は?」
「あ、今のはその…なんて言うか、あたしに憑いてる妖精?みたいな…と、とにかくあなたはこの『夢遊茸』の胞子を浴びて昏睡状態になっていたんです。目を覚ますには胞子を洗い流す必要があったんです。なのでごめんなさい、水魔法で一気に洗い流すしかなかったんです。苦しかったですよね。ごめんなさい」
「いや、ちょっと驚いたけど大丈夫。お陰で助かったわ。このまま森で眠ってたらきっと魔物に襲われてたわ。本当にありがとう。私はティンフラ。あなたは?」
「あたしはキャンデって言います」
「キャンデ、いい名前ね。それでキャンデ…ちなみになんだけど、なんで裸なの?」
よく見るとキャンデと名乗る少女はボロボロ布切れで前を隠しているだけの状態で横に座っていた。
「あ、あはは…こ、これには深い事情が…」
『思わぬアクシデント』終わり
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